「朝鮮語」学んで半世紀 兵庫・湊川高、全国に先駆け授業 韓流ブームで今や人気科目に

「よう、読めた」。金大樹先生(中央)の朝鮮語の授業は活気に満ちている=神戸市長田区寺池町1、県立湊川高校

 定時制の兵庫県立湊川高校(神戸市長田区)が全国に先駆けて「朝鮮語」の授業を始めてから、今年で50年の節目を迎えた。在日コリアンへの差別が今より激しかった半世紀前、教壇に立った詩人の金時鐘さん(94)は「よう続いた」と目を細める。今ではK-POPなど韓流ブームの波にも乗り、韓国・朝鮮語を学ぶ高校生は全国で増えている。(鈴木久仁子)

 「アンニョンハセヨー(こんにちはー)」。夕闇の迫った湊川高校の教室で、3年生たちがあいさつを交わす。金大樹先生(33)のよく通る声が響いた。「今日は数字の勉強や。買い物の会話からな」

 黒板のハングルを見ながら、生徒らは先生の後について音読していく。「これは2万5千ウォンです」-。生徒が次々と質問した。「先生! 『安くして』はどう言うの?」「私の誕生日はこの数字の読み方で合ってる?」。雰囲気はいつも和やかだ。

 同校では、朝鮮語が2年生の必修。3年生は英語か朝鮮語かを選択する。朝鮮語を選んだ3年の鎗野智寿子さん(17)は「英語より分かりやすく、もっとうまくなりたい。湊川で学べてラッキーです」と笑みを浮かべた。

 K-POP、韓国コスメは日本の若者に人気。流行歌やドラマから言葉に興味を持ち「読みたい」「話したい」と履修する生徒が増えた。金先生は「過去の歴史も忘れてはいけないが、授業を通して互いに関心を持ち、ずっと仲良くしていけたら」と話す。

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 公立高校初となる朝鮮語の授業は1973年に始まった。前日、「明日から授業に『朝鮮語』が取り入れられます」で始まる長文が全校生に配られた。

 校長室に残る資料を見ながら前川裕史校長は言う。「文章は教員たち自らが書き、配った。熱い思いが伝わってくる」

 文はこう続いていた。「朝鮮語を素直に発音し、学ぶことを通して、他の全ての民族に対し、とりわけ朝鮮民族に対し、下から上でなく、上から下へでもない水平の関係で相手を視ることが出来る…」

 当時、同校には多くの在日コリアンが通っていた。朝鮮語の授業は、偏見や差別に真っ向から向き合う人権教育の一環としてのスタートだった。

 しかし、反発もあった。「わしらが新聞くらい読めるようになってから、朝鮮語やれやっ」。生徒の怒号が飛んだと、初代教師だった金時鐘さんが振り返る。

 「日本語も満足に読めない生徒がいっぱいいたし、当然の反発やわね。きつかったね。それからは半分が日本語の授業。ことわざとかね。同じような意味の言葉はたくさんある。短い朝鮮の詩なんかも読んだ」

 日本人の教員も協力し、朝鮮のことを知る副教材を作った。「教材作りに2、3年は追われたよ」

 85年から後を継いだのは作家の方政雄さん(72)。会社員だったが教員免許を持っていたため、声がかかった。貧困や差別による疎外感から、反抗的になる生徒たちにかつての自分を重ねたという方さん。「朝鮮語は進学や就職に不要」と言われたこともあったが、退職までの31年間、生徒の学ぶ意欲に寄り添った。

 湊川高校で始まった授業はその後全国に広がり、文部科学省によると、「韓国・朝鮮語」は現在、私立・国立を含め335校、約1万2千人が履修するまでになった(2021年)。

 言語を知ることは、それを話す相手のことを知るとっかかりになる。金時鐘さんは静かに、そして強く語った。「『朝鮮』に対する好き嫌いはあっても、朝鮮語を学んだ生徒は決して人をさげすんだりないよ」

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