韓国の「1億俳優」ファン・ジョンミン傑作選! 狂気の暴力ヤクザから家族想いの男まで演じ分けた『新しき世界』『国際市場で逢いましょう』ほかCSイッキ観

『国際市場で逢いましょう』Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中発売・販売元:ツイン©2014 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED『新しき世界』Blu-ray発売中/デジタル配信中発売・販売元:ツイン© 2012 NEXT ENTERTAINMENT WORLD Inc. & SANAI PICTURES Co. Ltd. All Rights Reserved.

韓国の「1億俳優」ファン・ジョンミン

韓国では、主演作の累計観客動員が1億人を超える俳優は「1億俳優」と呼ばれる。その中の一人がファン・ジョンミンだ。

ここ日本でも圧倒的な知名度を誇るジョンミンの魅力は、なんといっても演技力。徹底的な役作りで知られ、ネットでパッと検索しただけでも“路上生活”、“1週間で20kg減量”など、ロバート・デ・ニーロも「やめとけ」と制止しそうなストイックな役作りエピソードが次々と出てくる。

過去のインタビュー記事を読んでいても、「観客が見に来てくださることに感謝し、チケット代に相当する価値がなければならない」「人の人生を簡単に真似するなんてとんでもない」と、プロ意識の塊だ。

実際、マフィアのボスから悪徳市長、祈祷師から自分自身(!?)まで幅広く演じ、その出演作は端役であろうが関係なく観るもの全てに強烈なインパクトを残す。

そして12月、CS映画専門チャンネル ムービープラスで「ファン・ジョンミン特集」が放送される。個人的に一番思い入れがある作品を挙げるなら、劇場用パンフレットに寄稿させて頂いた『ただ悪より救いたまえ』(2021年)になるのだが、とくにジョンミンの魅力が爆発した作品という観点ならば『新しき世界』(2013年)」と『国際市場で逢いましょう』だろう。

前者で演じたのはヤクザの幹部、後者は激動の時代を生き抜いた一般人と、彼の演技の幅広さがわかりやすく堪能できる2作でもある。ということで、微力ながら彼の魅力について少し紹介できればと思う。

※物語の内容に触れています。ご注意ください。

強く生きるんだ、それがお前の生きる道だ『新しき世界』

ファン・ジョンミンが演じるのはヤクザのチョン・チョン。その弟分であるイ・ジャソンを演じるのはNetflix『イカゲーム』で世界的な知名度を得たイ・ジョンジェだ。

ジャソンは実は潜入捜査官であり、自分をモノ扱いする組織に辟易しながらも「犯罪組織を一掃する」という警官としての職務と、10年以上の潜入で育まれたチョンとの友情の間で葛藤し続ける。

チョンは普段はナイスガイだが、ある日、ジャソンと同じく潜入捜査をしていた女性刑事を強姦したうえにドラム缶に詰め込み、喜々とした表情で「ブラザー、知ってたか? その女はデカだ」と、どのように拷問したかジャソンに解説。他の潜入捜査官に至っては、スコップでぐちゃぐちゃになるまで殴りつける。

このシーンの怖さは、滝のような汗を流すイ・ジョンジェのナイスアシストもあり、狂気に満ちている。血まみれで捜査官を殴りつけるファン・ジョンミンを見て、「この人はプライベートでも3人くらい家の庭に埋めているのでは」と思ってしまうほどだった。

「強くなれ、強く生きるんだ。それがお前の生きる道だ」

とくに好きなのは劇中終盤、抗争で瀕死の重傷を負ったチョンが、力を振り絞って「ブラザー、苦しんでるみたいだな。そんなに悩むな。兄貴の言うことを聞け。強くなれ。強く生きるんだ、俺の舎弟よ。それがお前の生きる道だ、わかったか?」とジャソンに語りかけるシーンだ。

その後、チョンから聞いた通りに金庫を開けると“警察官ジャソン”に関する書類が。他の潜入官に対しては容赦なく拷問して殺したチョンだが、ジャソンについては正体を知った上で「友として」彼を愛していた。

ジャソンは彼の言葉を反芻する。正義のためとはいえ人道に反する警察組織に葛藤していたジャソンに、チョンの漢気が生きる道を示したのだ。

映画の最後、出会った頃の二人が無駄口を叩きながら殴り込みに行く回想シーンが、また泣ける。はじめて観賞してから10年以上になるが、ここまで素晴らしいハードボイルド作品はなかなか出てこない。本作のファン・ジョンミンは「良くも悪くも圧倒的な男の生き方」を教えてくれた。

戦争を生き抜き家族を守り続けた男の物語『国際市場で逢いましょう』

打って変わって『国際市場で逢いましょう』で演じたのは、いたって普通の男・ドクスだ。彼の20代から70代までを、ファン・ジョンミンが一人で演じている。

釜山にある国際市場でお店を営むドクス。老いても店に立ち続け、都市開発による立ち退き要求にも応じない頑固なじいさんだ。本作は韓国の歴史を背景に、そんなドクスの一生を描く。

朝鮮戦争から現在まで、韓国激動の時代を生き抜いたドクス。朝鮮戦争で父と妹と生き別れるが、彼は「お前が家長になるんだ。どんな時でも家族を優先しろ」という父の言葉をかたくなに守り続ける。弟の大学進学資金のためにドイツに出稼ぎへ行き、妹の結婚式やお店を引き継ぐために戦時中のベトナムにも出向いた。

ドクスが頑なにお店を続ける理由や、生き別れた妹との再会など、観る者の涙腺をひたすら爆破し続ける本作。そんな涙の火薬庫のような物語なのだが、もっとも泣けるシーンは、年老いたドクスが家族が集まり賑わう家で一人、部屋に戻って亡き父の写真に語りかける号泣シーンだ。

「父さん、約束は果たしたよ。十分に頑張っただろ。でも……本当につらかった」

歴史に名を残したわけでもない、ごく普通の男が過酷な時代を懸命に生きて守った家族の未来と平和。ごく普通の幸せを守るためには苦難に負けず、働き続けなければならなかった。そんな「圧倒的に正しい男の生き方」を示してくれる作品だ。

いつも心にファン・ジョンミンを

狂気の掟と血を超えた絆に生きるヤクザと、生涯をかけて家族を守り抜いた普通の男。全く異なる2人だが、この2作だけでもファン・ジョンミンのすごさがはっきりとわかる。

誰しも生きていれば嫌なことにはしょっちゅうぶち当たるだろう。しかし、そんなときこそファン・ジョンミンを思い出してほしい。怒りたくなったり投げだしたくなったりした時、あなたの心の中のファン・ジョンミンが「頑張れ」と、あの笑顔で励ましてくれるはずだ。

なお、この記事を書くにあたってファン・ジョンミンについて改めて調べたのだが、「趣味・特技:クラリネット」「妻が早起きが苦手なので朝は自分が子供の面倒を見ている」「海外に行くときもカバンにコチュジャンを忍ばせている」といった素朴な人柄しか出てこなかったのも信頼できるところだ。

今回ムービープラスで放送される作品以外にも『ベテラン』(2015年)や『哭声/コクソン』(2016年)、『アシュラ』(2016年)、そして人気俳優である本人役を演じた『人質 韓国トップスター誘拐事件』(2021年)など、名作は多数ある。是非とも今回の特集をきっかけにファン・ジョンミン沼にハマって欲しい。

文:デッドプー太郎

『ただ悪より救いたまえ』『新しき世界』『国際市場で逢いましょう』『華麗なるリベンジ』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ファン・ジョンミン特集」で2023年12月放送

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