沖から消えるハタハタ、ズワイガニ漁にも「異変」 水温上昇影響か、落ち込む漁獲量 加工業者らに深刻打撃 兵庫

カレイの干物を生産する従業員。主力商品のハタハタは在庫がなくなってしまった=兵庫県香美町香住区七日市、蔵平水産

 11月中旬、兵庫県香美町の水産加工会社「蔵平(くらへい)水産」で、従業員がカレイの干物を生産していた。だが、二枚看板のもう一枚であるハタハタの出荷は早くも終わっていた。

 「今年は春先から全く取れなかった」と蔵野恵三社長(51)。ハタハタの漁期は3~5月と9、10月で、例年は春先に多く仕入れて保存し、通年で加工する。

 地元の香住漁港以外に近隣漁港などからも買い付けるが、春の仕入れ分は底を突いた。手に入らないハタハタを諦め、アジのみりん干しなどに力を入れる。

 同社では干物商品が売上高の約7割を占める。蔵野社長は「ハタハタの加工には自信があるだけに、本当に深刻だ。今後も取れなければ、他の魚などを考えないといけない」と話す。

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 秋田県産が広く知られるハタハタだが、1980年代以降、兵庫や鳥取が漁獲日本一を争ってきた。

 だが、2022年、兵庫県内のハタハタ漁獲量は急減した。これまでも増減はあったが、近年は相対的に少ない年が続き、漁業関係者は「ここまでの事態は初めて」と口をそろえる。

 関連が指摘されるのが、海水温の上昇だ。水産研究・教育機構の飯田真也(まさや)・底魚第3グループ長は「産卵後の1~3月の水温が関係しているのでは」とする。

 ハタハタは普段は水深200メートル程度に生息する。主な産卵場は秋田県沿岸と朝鮮半島東岸部で、12月ごろ、水深10メートル程度の浅瀬に移動して産卵し、山陰には両方から成魚が流れ込む。

 気象庁によると、朝鮮半島東岸部を含む日本海の1~3月の海面水温は、この100年で最大2.54度上昇した。飯田さんは水深100~300メートルでは直近15年間で3~4度上がっていると指摘し、「成育環境が変化している可能性がある」として解明を進める。

 内海、外海を問わず起きている異変。但馬沿岸からハタハタが消えただけではなく、影響は他の魚種にも表れている。冬の日本海を代表するズワイガニ漁も例外ではない。(横田良平)

### ■海の温暖化 冬の味覚に異変

 11月6日未明、兵庫県・但馬沖の日本海。待ちに待ったズワイガニ漁の解禁日、津居山、香住など県内の漁港から繰り出した沖合底引き網船が、水深約200メートル以上の海底から網を引き揚げた。

 雄雌のズワイガニが、網に入った状態で船上に姿を現す。漁師たちは「異変」に気付いた。漁獲はまずまずだが、カニの様子がおかしい。例年は水揚げされても足を活発に動かすが、今年は動きが緩慢で、元気のない個体が目立つ。漁師たちは顔を見合わせた。

 原因の一つとして考えられるのが、海水温の上昇だ。解禁前の今年10月中旬、新温泉町沖の日本海で、但馬水産技術センター(香美町香住区)が調査を行ったところ、海面近くの水温は前年同時期より約2度高いことが判明していた。

 同センターの研究員、田村一樹さん(33)は「10月も周辺は暖かい日が続いていた。水温が高かったのは気温や海流の影響かもしれないが、詳細は不明だ」と首をかしげる。

 田村さんによると、ズワイガニは深い海に生息するため、海面温度の影響を受けづらい。だが、カニが入った網を引き揚げる途中、水温が高い表層域を通過したことで、カニが弱った可能性があるという。

 冷えた海水を張ったいけすに入れると、弱ったカニも元気を取り戻すが、関係者は細かな変化にも神経をとがらせる。但馬地域のズワイガニ漁獲量は2007年をピークに減少傾向で、21、22年度は記録的な不漁となった。

 高い水温の影響を受けやすいのは、水深800~1500メートルに生息するベニズワイガニも同様だ。但馬漁協香住支所の澤田敏幸次長は「深海にすむカニからすれば、例年より水温が高い表層付近の海水は熱湯のようなもの。この傾向が来年も続かなければいいが…」と懸念する。

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 異変はイカ漁にも及ぶ。同センターによると、但馬近海では春はスルメイカ、夏はシロイカなど季節でおおよそ取れる種類が分かれる。だが、近年は漁期のずれや分布域の変化が見られるという。

 スルメイカは全国で不漁が続き、水産庁は21年、地球温暖化との相関を指摘する報告書をまとめた。水温上昇で産卵域が縮小したり、産卵場が餌の乏しい海域に移ったりしているという。

 魚の資源量は従来、増減を繰り返すが、00年以降は「従来のパターンでは説明できない海面水温変動が発生しており、過去は繰り返さないかもしれないという認識を持つ必要がある」と指摘した。

 東京大大学院の木村伸吾教授(水産海洋学)は「漁獲が減る魚がある半面、増える魚もあり、時々で対応すべき」と話す。一方で「魚の生息域が変化すれば生態系が変わる。50年後や100年後、後戻りできない状況に陥らないよう、温暖化を食い止める努力が必要」としている。(杉山雅崇、横田良平)

### ■兵庫の日本海側水産業 漁獲量半世紀で4分の1に

 日本海と瀬戸内海に面する兵庫県は古くから水産業が盛んだが、海洋環境の変化などで約50年前からの漁獲量は大きく減っている。

 農林水産省の統計によると、但馬地域の日本海側では1980年前後に約4万トンあった漁獲量は、90年代後半に2万トンを割り込むまで減少。近年は約1万トンで推移する。かつては約半数を占めていた沖合イカ釣り漁の漁獲量が激減したことなどが影響している。

 ズワイガニやカレイなど沖合底引き網漁による漁獲量はほぼ同規模を維持するが、全国シェアトップを争ってきたハタハタが激減し、サワラが増加するなど、魚種の変化が見られる。

 サワラは、90年代は日本海でほとんど取れなかったが、2000年代に入ると急増した。海水温の上昇で、東シナ海から日本海に回遊しやすくなった可能性が指摘されている。

 一方、瀬戸内海側の漁獲量は90年代半ばまで年間7万トン前後で推移していたが、00年代に4万トン前後と半減。さらにこの10年で3万トンを割り込む年も出ている。多い年で約半数を占めていたイカナゴが激減した。

 イカナゴの不漁原因とされる海の栄養不足に対しては、県内では海底の堆積物をかき混ぜて、窒素やリンなどの栄養塩を海中に放出する「海底耕耘(こううん)」の取り組みが進められている。

 全国的にも水温上昇の漁業や養殖業への影響が指摘されており、資源の減少などもあって、合計した漁獲・生産量は84年には1282万トンだったが、20年には423万トンまで減少した。

 水産庁は水温上昇などの気候変動対策として、資源管理の取り組みや水温上昇に適した品種改良、養殖業の強化などを挙げる。兵庫県も30年に向けて、漁場の整備や人材育成などを進める。(石沢菜々子)

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