B1昇格即刻上位で健闘中の長崎ヴェルカ、チーム力を引き出す前田健滋朗HCの「塩加減」

B1に昇格したての長崎ヴェルカの健闘は、バイウイークを迎えるまでの期間で注目を浴びた出来事だった。長崎はいまだに、今シーズン一度の週末で同じ相手に連敗していない(週をまたいだ日・水・土の3連敗があったが)。バイウイーク明けの12月2日・3日も、ホームの諫早市中央体育館で川崎ブレイブサンダース相手にスプリット。敗れたGAME1もオーバータイムを戦う大激戦で、結果を悲観的に受け止めるよりも今後への期待を膨らませたブースターの方が多かったのではないだろうか。

チームのリーディングスコアラーは平均15.1得点のニック・パーキンス。この数値はリーグ全体のランキングでトップ10に届く数値ではないが、代わりに長崎にはジャレル・ブラントリー(14.9得点)、マット・ボンズ(14.7得点)、馬場雄大(14.6得点)と得点力の高い万能タイプの再度キックが複数名を連ねている。しかも、彼らが相手にとって脅威をもたらす中で、狩俣昌也が3Pショットをリーグ5位の43.5%の高確率(69本中30本成功)で決めてくる。チーム平均での86.7得点はリーグ2位という力強さだ。

新天地の長崎で馬場雄大は攻守両面で大いに貢献している(写真/©B.LEAGUE)

ブラントリーはアシストランキングで6位(4.6)、スティールで3位(1.6)に入っており、馬場もスティールで7位タイ(1.5)と攻守両面でハイレベルな貢献ぶり。彼らを中心に、長崎はロスターの力をうまくコート上で発揮させることができていると言えるだろう。

ジャレル・ブラントリーのバランスの良い活躍は長崎の躍進を支える柱の一つだ(写真/©B.LEAGUE)

しかし、B1昇格直後のチームがなぜ、このような成功を当たり前のようにできているのか。ここまでの16試合を10勝6敗(勝率.625)として西地区3位。B1で長年戦ってきているクラブでも、そうできない方が多いというのに。クラブ創設からわずか3シーズン目のクラブが国内最高峰の舞台で好成績を残している要因は、プレーヤーに目を向ければ上記のようにいくつも挙げられるが、ここではその力を引き出す存在としての前田健滋朗HCに着目してみたい。

期待に応えたB2でのヘッドコーチ初シーズン

前田HCがチームの指揮を執るようになったのは昨シーズンから。創設初シーズンは、伊藤拓磨GMがヘッドコーチを兼任しており、その中で前田はディフェンス面を担当するアシスタントを務めていた。長崎が創設から最短でB1に昇格するという目標を明確に内外に示していた中で、B2昇格後の2022-23シーズンからヘッドコーチの役目を請け負った。

12月3日の川崎ブレイブサンダース戦で、ベンチで指示を出す前田健滋朗HC(写真/©B.LEAGUE)

ファンからクラブ自体と関係組織の人々まで、多くの目注がれる中で、プレッシャーは大きかったはずだ。何しろ長崎は、伊藤がGM県HCとしてチームを率いたB3でのクラブ創設初シーズンに45勝3敗(勝率.938)という圧倒的な成績でリーグ制覇・B2昇格を果たしていたのだ。しかも平均得点が101.4という超ハイエナジー・バスケットボールでの快進撃。B2に昇格して、新任の立場で同じようなことをやれるとはそうそう思えない。

それでも前田は伊藤から引き継いだ責務を全うし、クラブ創設2シーズン目にB2で立派に結果を出した。レギュラーシーズンで43勝17敗(勝率.717)の成績を残し、第4シードでプレーオフに進むと、クォーターファイナルで熊本ヴォルターズを、セミファイナルでアルティーリ千葉を下してB1昇格を実現。そして今日に至っているわけだが、この成功を語るには、前田HCを特徴づける二つのキーワードがある。「ヴェルカスタイル」と「塩」だ。

徹底したヴェルカスタイルの遂行
前田HCの特徴の一つは、明確な目的の達成に向けプランを遂行する点にある。別の言葉で言うと、長崎がクラブとして掲げている「ヴェルカスタイル」のコンセプトをひたすら徹底しているのだ。彼の会見では、「ヴェルカスタイル(あるいはヴェルカのスタイル)」という言葉を使ってその日その日のパフォーマンスやチーム状態を説明する場面に良く遭遇する。

クラブ公式サイトからこの言葉の説明を引用すると、「観る人全てにワクワクしてもらえるよう、『常に一生懸命』に『激しく』『速い』バスケットボールを展開する」という内容。その実践に必要な要素を示すフレーズ「HAS IT!」はHard(一生懸命)、Aggressive(激しく積極的)、Speedy(速い)、Innovative(革新的)、Together(一体感)という5つのキーワードの頭文字であることも付記されている。

これを実際に口に出すことにより、前田HC自身の中でブレをなくすことにもなるだろう。周囲に対して自分たちの姿をしっかりと伝えようという意図もあるのかもしれない。

B2で戦っていた昨シーズン中の2022年11月4日、長崎が前田HC就任後初めて首都圏でプレーする機会だったアースフレンズ東京Z戦に109-62で勝利した後、前田HCは会見の冒頭から「金曜日の夜に長崎ヴェルカとして関東で初めて試合ができるということで、ヴェルカスタイルをしっかり表現したいと思っていました」とこの言葉を含むコメントを発していた。当時はまだ2022-23シーズン開幕から1ヵ月程度。前任の伊藤のどんな部分を取り入れているかという質問に対し、前田HCはこの言葉を繰り返す。「拓磨さんから引き継いでいる部分もありますが、ヴェルカスタイルがあるので、私自身はヴェルカのスタイルをどう表現するかに集中しています」

ハイスコアリングな展開を魅力としている点についても、「ヴェルカスタイルとして『HAS IT』というのがあり、そのなかのSpeedyに関して、昨シーズンは1試合平均100得点に届いていたので、そこを目指しています」と、この言葉とともに当時の指標を示した。ヴェルカスタイルの徹底に懸命な思いが如実に伝わるのだ。

「塩のようなリーダーシップを発揮したい」
前田HCのもう一つの特徴は、ヴェルカスタイル徹底のために自身のエゴをまったくと言っていいほど排除していることだ。チームを導く方法にしても、前田HCの色は彼個人ではなくチームの色。例えば昨シーズン、B1昇格を決めた直後の会見で、前田はこんなコメントを残している。

「自分が何かをできたとは今でも思っていません。今日勝つことができたのも長崎、クラブ、かかわる人たちでつかみ取ったものであって、自分はただその一部であるだけ。でもそれが一番いいことなのかなと思っています。コーチとして自分がどんな存在になりたいか。このプレーオフが始まる前にみんなでそれぞれが何を持ってきたいかを話したときに、自分はリーダーシップだと話しました。どういうリーダーシップかというと、『塩みたいなリーダーシップだ』と言いました」

「塩はいろんな使い方をされますよね。例えば何かの汚れを取ったり、腐らないようにしたり。でも、塩味の食べ物だったり、ときに塩が主役になるときもあるじゃないですか。食材を引き立てたり。私はヘッドコーチとして、彼らの強みやウチのクラブの良さを引き出したい。一方で、私が何か方向付けしなければいけない時もあります。そこは今回選手たちもクラブも本当にまとまりましたし、私の考えていることは間違っていないのかなと思っています」

コーチングスタッフを導く手法としては、「私自身がすべてをコントロールするというより、アシスタントにチームの強みを引き出してプラスになってもらえるように任せています」とのことを、前田HCは以前の会見で語っている。人を動かすことにより組織としてのアウトプットを最大化していく考え方は伊藤から学んだという。

B1昇格後もブレずに土台固めを進める
今シーズン序盤の10月21日、サンロッカーズ渋谷を相手にB1の長崎ヴェルカとして初めて首都圏でプレーした後の会見で、前田HCの最初の一言は、前述のアースフレンズ東京Zとの約1年前の一戦と似た内容だった。「長崎ヴェルカとして都内でB1の試合をするのが初めて。かなりの方に期待していただいて最高の雰囲気の中で試合をできたことを、まず非常にうれしく思っています」。また、相手を率いていたのがかつて師事したルカ・パヴィチェヴィッチHCだったことへの感想を求められると、恩義を語った後で「しっかりと学ばせてもらったことをコート上に出したいと思っていましたが、それが個人的な思いではなく、ヴェルカのスタイルを出すことにフォーカスしていました」と話した。

10月21日のサンロッカーズ渋谷戦終了後の会見でも、「ヴェルカスタイル」という言葉を使った前田HC。これまでと変わらない、ブレの菜緒リーダーシップを感じさせた(写真/©B.LEAGUE)

B1で戦う今、またしても前田HCの会見で聞かれたヴェルカスタイルという言葉が意味するところは、彼らがブレることなくこれまで通り、自らの土台を踏み固め続けているということに他ならない。その土台の上で新旧戦力の躍動をさらに引き出し、チャンピオンシップ進出や王座獲得争いをにぎわすことができるか。当然非常に難しいことには違いないが、前田HCの塩加減が良い塩梅だと感じられる成績だけに、期待したくなる現状だ。

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