マレーシア、「イスカンダル開発」が難航

中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・マレーシアの大型経済開発事業「イスカンダル開発」が難航。

中国の不動産開発大手の「支払い不履行」の余波も影響。

・マレーシアとシンガポールは同開発地域での経済特別区創設方針で合意。

第9次マレーシア計画(2006‐2010年)の一環として、同国政府が大型経済開発地域に指定した5事業一つであるジョホール州のイスカンダル開発が難航している。

この開発地域の面積は、隣国シンガポールの面積の約3倍に当たる2,217平方km。「低廉な土地と労働力が調達可能」をうたい文句に2006年以降、中国の「一帯一路」構想にも乗りながら外資誘致に乗り出した。

ジョホール水道を挟んで隣国のシンガポールの経済開発庁も、イスカンダルの利点として、平均賃金がマレーシア南部や東海岸地域より20%から50%と安く、総労働人口160万人のうち74%は高校以上の教育を受けていることを挙げる。人口は2025年には300万人にする計画。

イスカンダル地域には、タンジュン・ペレパス港というハブ港がある。

このため、ダイソン(シンガポール)、BMW、DHL、昭和電工、味の素、日本通運、商船三井などが進出しているようだ。

だが現状はどうか。同地域は例えば、「フォレストシティ」と呼ばれる開発区では、中国の中間所得層を狙った物件をそろえたが、「売行きは低調」(フランスの通信社AFP2023年9月23日付)という。シンガポールの事情通も「日本のタワーマンションのようなコンドミニアムが乱立し、住宅の供給過剰が続き、長期間の空き室が多い」とする。

2023年10月26日付の英ロイター通信によると、世界の主要金融機関が参加するクレジットデリバティブ決定委員会は、2022年の成約額が中国で首位だった不動産開発大手の碧桂園(カントリー・ガーデン)の外貨建て社債について同年10月18日に「支払い不履行」が発生した、と発表した。中国の不動産企業にとって、激震が起きた。その余波は、イスカンダル開発に対する関与にも及んでいる。

マレーシアのアンワル・イブラヒム首相とシンガポールのリー・シェンロン首相は2023年10月末に行った年次協議で、イスカンダル開発地域に香港や中国の深圳と同様な経済特別区「ジョホール‐シンガポール経済特別区」創設に向け2024年1月に覚書を締結することで合意した。経済特別区では、原材料や部品・設備の輸入関税・売上税の免除、雇用助成金、人材育成向けの助成金といった各種優遇策が採られる。

シンガポールでの報道によると、シンガポールは中国に次ぐイスカンダル地域への投資国で、2006‐2023年6月の投資額は95億ドル(約1兆4060億円)に上るという。シンガポールは従来から進出企業に同国へのアジア地域本社設置を勧めており、イスカンダル地域は同本社の格好のバックオフィスや製造拠点に適するところとなる。

マレーシアのアンワル首相は、2023年12月1日からインドと中国の両国民にビザなしの入国を30日間限定ながら許可する、と前月末に行われた与党・人民正義党の年次総会の場で明らかにした。主要な狙いは観光客増のようだが、イスカンダル地域への呼び込みも当然視野に入っていよう。

トップ写真:マレーシア南部ジョホールバル州とシンガポールの国境にある道路(2020年3月18日)出典:Photo by Suhaimi Abdullah/Getty Images

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