刺激的なABARTHサウンドを響かせる痛快スポーツカー/アバルト500e試乗

 モータースポーツや自動車のテクノロジー分野に精通するジャーナリスト、世良耕太がアバルト500eに試乗する。速さと強さを象徴するアバルトブランドから登場した初の電気自動車には、細部にちりばめられたサソリの意匠により、乗り手にワクワクとドキドキを提供してくれる魅力的な一台。こだわりの“サウンド”を響かせて駆け抜ける、アバルト500eの世界を深掘りする。

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 Stellantis(ステランティス)ジャパンはAbarth(アバルト)ブランド初の電気自動車(BEV)『 アバルト500e』を発売した。『500e』は「チンクエチェント・イー」と読む。車名から推察できるように、というより、姿形からも想像できるように、『アバルト500e』のベースは『フィアット500e』である。

2022年6月に日本に導入されたフィアット500e。
フィアット500e OPEN
フィアット500eのインパネ

 アバルトのブランド名は、創業者のカルロ・アバルト(Carlo Abarth)に由来する。アバルトはオーストリア・ウイーンの生まれで、オーストリアにいた頃の名前はカール(Karl)だった。イタリアに帰化するにあたり、カルロに改名している。

 1950年代には『フィアット500』をベースにチューンアップした『アバルト595(数字は排気量に由来)』を製作し、レースではハイパワーなマシンを向こうに回してジャイアントキラーぶりを発揮。これがアバルトの名声を高めた。以来、アバルトは速さと強さを象徴するようになった。

 そのアバルトが送り出すBEVが『500e』である。まず見た目だが、アバルトのブランドアイデンティティであるサソリの意匠が随所にあしらわれている。

アバルト500eは2023年10月28日に発売。フィアット500eをベースに、アバルトならではのチューニングが施されたモデル。ボディバリエーションは、ハッチバックとカブリオレの2種類を用意する。ボディサイズは全長3675mm、全幅1685mm、全高1520mm、ホイールベース2320mm。
フロントバンパーは通常モデルより30mmんがく、優れた性能とデザインをもたらす空力サイドウイングを形作っている。

 

 気づいた範囲で拾い上げてみると、18インチアルミホイール(タイヤサイズは205/40R18。カッコの中が長くなるが、全長3675mmのボディに18インチ! フィアット500eのタイヤサイズは205/45R17だ)、ボンネットフード、リヤフェンダー、ステアリングホイール、アクセル&ブレーキペダル、フロントシートのヘッドレストといった具合。前後シートの背もたれ部分にもサソリをあしらった柄が施されている。

ボディサイドとホイールに、電動化を象徴する新しいロゴを象ったエンブレムをあしらう。
エクステリアでは、ボンネットの中央に従来のエンブレムを配置。
ABARTH 500e
足元は18インチのダイヤモンドカットアロイホイールを奢り、スポーティな印象を高めている。

 ちなみにではあるが、サソリの意匠はクルマのキャラクターと重ね合わせての選択ではなく、カルロ・アバルトがサソリ座の生まれだったことに由来する。

 フロントに搭載するモーターの最高出力は114kW、最大トルクは235Nmで、『フィアット500e』よりそれぞれ27kW、15Nm強化されている。42kWhのバッテリー総電力量に変わりはなく、一充電走行距離はハッチバック(試乗車)が303km、カブリオレは294kmだ。

最高出力155psを発揮する強力な電気モーターと42kWhのリチウムイオンバッテリーを組み合わせる。

 車両サイズが小さいことが奏功して車重は1360kgとBEVとしては軽く、それもあって鋭い瞬発力を披露する。前後方向だけでなく、旋回側の動きも機敏だ。

 0-100km/h加速は7秒で、1.4リッター直4ターボエンジンを搭載する『アバルト695』に匹敵。40-60km/hの中間加速は『アバルト695』よりも約1秒速いタイムを記録するという。市街地走行での瞬発力は『アバルト500e』のほうが上だ。実際、意のままにキビキビ走る印象が強い。

 『アバルト500e』の最大の特徴はサウンドジェネレーターだろう。ラゲッジルームの下にスピーカーが配置されており、そこから“外”に向けて疑似エンジンサウンドを発するシステムだ。再現したサウンドは、レコードモンツァのエキゾーストノートである。

 レコードモンツァは、アバルトブランドのハイパフォーマンスエキゾーストシステムのこと。つまり、豪快で威圧的で、いかにもチューンしたエンジンが発するサウンドを発する。まるでエンジン車を操っているように、アクセルペダルの踏み込み量に連動してサウンドが変化する。

アバルト500eには『レコードモンツァ』と呼ばれるマフラーから発せられる図太く乾いたエキゾーストノートをリアルに再現したサウンドジェネレーターを採用している。
サウンドジェネレーター。ラゲッジルームの下にスピーカーを配置。そこから“外”に向けて疑似エンジンサウンドを発するシステム。

 サウンドジェネレーターのボリュームは調整できない。常時、なかなかのボリュームだ。外に向けて音を発しているのにロードノイズや風切り音で騒々しい車内にも刺激的なサウンドが届くのだから、外で聞いているとなかなかなもんである。

 事情を知らない人がサウンドジェネレーター・オンの『アバルト500e』に遭遇したら、走り自慢のエンジン車だと思うだろう。そのくらい、エキゾーストサウンドが忠実に再現されている。

 オンオフは可能だが、走行中にオンにしたり、オフにしたりはできない。物理的な切り替えスイッチも存在しない。停車中にステアリングホイールの左側スポークに配置された十字キーとOKボタンを操作してメーターに設定メニューを呼び出し、「外部音」にチェックマークを入れるとサウンドジェネレーターがオンになり、チェックマークを外すとオフになる。なかなか面倒だ。

 奥ゆかしい日本人は静まりかえった早朝や深夜の住宅街ではオフにしたいと思う(とくに自宅周辺では)だろうし、高速道路を一定速で走っているときに変化がなくて単調で、それだけならいいが耳を圧するようなボリュームのサウンドと付き合うのはやめて、BEVらしい静寂を味わいたいと思うこともあるのではないだろうか。少なくとも筆者はそう思った。でも、走行中にワンタッチでオンオフを切り換えることはできない。そこが、気になる点だ。

 聞けば、本国イタリアでは問題になってはいないらしい。ウリの機能なのだから、常時オンでいいじゃないか、という発想だ。

 モーターの制御を切り換えるe-MODEのスイッチはセンターコンソールに設置されている。モードはTURISMO(ツーリズモ)、SCORPION STREET(スコーピオンストリート)、SCORPION TRACK(スコーピオントラック)の3種類である。

 ツーリズモは「エコ」、スコーピオンストリートは「ノーマル」、スコーピオントラックは「スポーツ」の位置づけだ。エコとスコーピオンストリートはワンペダルでの制御が可能で、アクセルペダルの戻し側で回生ブレーキ力を調節できる。最後は完全停止する。

 スコーピオントラックはアクセルペダルの踏み込みに対する力の出方が俊敏になる。ただし、戻し側はコースティングになり、「減速したかったらブレーキを踏め」という制御だ。

ドライビングモードは3つ。『スコーピオントラックは』はエキサイティングなパフォーマンスを発揮。
『ツーリズモ』はモーターの最大出力と最大トルクを抑えた効率的なワンペダル走行が可能。
『スコーピオンストリート』はスポーティながら、回生ブレーキを活用したワンペダル走行が可能。

 ステアリングホイール裏にパドルは付いておらず、回生ブレーキの強弱調節はできない。電動パーキングブレーキは標準で装備するが、信号待ちなどでブレーキペダルから足を離しておけるオートブレーキホールドは非装備だ。

ABARTH 500e
ABARTH 500e

 『アバルト500e』はやんちゃな見た目どおりで、やんちゃに走ろうと思えばよろこんで期待に応えてくれる。アルカンターラのシートやステアリングホイールにインパネに加え、これでもかというくらいにちりばめられたサソリの意匠により、乗り手の気分を高揚させる演出は満点。刺激的なBEVであることは間違いない。

シート同様に、ステアリングホイールやインストゥルメントパネルにもアルカンターラを採用。
シートは横方向のサポート性を強化した設計。シートの背もたれには、伝統と先進性が調和し、ブラドのDNAを主張する新しいサソリのロゴデザインがあしらわれている。
ABARTH 500e
ラゲッジルーム。後席は5対5分割可倒式で、荷物の大きさに合わせて収納スペースをアレンジできる。

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