なぜ「テロリストの巣窟」と世界から非難されたのか? 日本人監督が〈キスト〉の真実を映し出すドキュメンタリー『アダミアニ 祈りの谷』

『アダミアニ 祈りの谷』 ©2021 ADAMIANI Film Partners

“テロリストの巣窟”の真実

チェチェン紛争で“テロリストの巣窟”と汚名を着せられた東ジョージアの山岳地帯<パンキシ渓谷>で暮らす、キスト(チェチェン系ジョージア人)と呼ばれるイスラム教徒の人々を3年間にわたって記録した映画『アダミアニ 祈りの谷』が、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中だ。

――本作の主人公レイラは、戦争で二人の息子を失った過去を抱えながら、娘のマリアムと美しい庭が自慢のゲストハウスを経営している。レイラのいとこのアボは、旅行者をコーカサスの山々へ案内するガイド。戦士の一族に生まれたアボもまた、ロシアとの戦争で重いトラウマに苛まれている。

心に傷を抱えながらも、故郷を復興させようと懸命に生きる人々の姿を描く本作。“アダミアニ”とは、神が最初に創造したアダムを語源とするジョージア語で“人間”を意味する。

なぜ東ジョージアの渓谷がゲリラの潜む無法地帯となったのか?

ジョージアは北にロシア、南にトルコ・アルメニア・アゼルバイジャンと国境を接するコーカサスの国。ヨーロッパとアジアの狭間に位置し、文明の十字路であったジョージアは古くから独自の文化を育んできた。映画の舞台となったパンキシ渓谷はジョージアの東・ワインの生産地でも有名なカヘティ州にある。

コーカサス山脈から流れるアラザニ川の両岸に小さな集落が広がり、19世紀に現在のチェチェン・イングーシ地域から移住した、「キスト」と呼ばれる末裔が暮らす。国民の大多数が正教徒のジョージアにあって、キストは伝統的なイスラムの信仰を守り、牧畜や農業を営みながら、ジョージア人と共存してきた。

人口7000の小さな渓谷が世界の注目を集めるようになったのは、第二次チェチェン紛争の時だ。ロシア連邦からの独立を目指したチェチェン紛争は1994年に始まり、キストの多くは祖国の独立戦争に身を投じた。束の間の停戦を挟んだ1999年、当時の首相だったプーチンによってチェチェンへ再び大規模攻撃が開始されると、ロシア軍は圧倒的な軍事力で独立派勢力を追い詰めていく。この時、大量に生まれたチェチェン難民や独立派ゲリラが目指したのが、国境を接したジョージアのパンキシ渓谷だった。

キストは自らの家を解放し、同胞を受け入れた。だが、谷の人口を超す難民やゲリラが押し寄せたことで、治安は急激に悪化していく。ジョージア政府は治安維持ができず、無法地帯と化した谷には独立派勢力を支援するアラブからのムジャヒディンや、麻薬・武器密売を請け負うマフィアまでが潜伏した。ロシアは「ジョージア政府がテロリストを匿っている」と激しく糾弾。2001年にアメリカで〈9.11〉が発生すると、アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンの潜伏先の一つと疑われた。

米露両国から名指しで非難を受けたことで、パンキシ渓谷には「テロリストの巣窟」というイメージが定着する。その後、ジョージア治安部隊によって掃討作戦が行われ、徐々に治安回復が進められた。だがこの混乱は、キストのイスラム信仰を厳格化させ、ジョージア人との関係にも強い影響を与えた。

日本人監督がパンキシ渓谷に暮らすキストの真の姿を映し出す

パンキシ渓谷が再びテロと関係付けられたのは2014年、建国を宣言した IS(イスラム国)が世界の注目を集めていた時期だ。パンキシ渓谷出身のキスト、タルハン・バティラシヴィリがIS幹部となり、たびたびIS系メディアに姿を現した。さらに露メディアに「シリアで200人に及ぶキストが戦っている」と報道されると、メディアやジャーナリストが谷に殺到した。

イスタンブールでの空港テロ事件の首謀者とされたチェチェン人、アフメド・チャタエフが一時期パンキシに滞在していたことも、報道の加熱を後押しした。そして2017年11月、ジョージア警察は首都トビリシに潜伏していたチャタエフを激しい銃撃戦の末に射殺。この映画内で描かれている、特殊部隊によるパンキシ渓谷への強制捜査は、この1ヶ月後のことだった。

本作が初の長編映画化となる竹岡寛俊監督は、2010年にジョージア(旧グルジア)のパンキシ渓谷に住むキストの人々と出会い、ドキュメンタリー制作を始めた。2014年、キストの暮らしを追ったドキュメンタリー番組でATP賞新人賞を受賞、また2019年にシリア内戦で息子を失った母をテーマにしたNHKの番組でATP賞ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞している。

そして最新作『アダミアニ 祈りの谷』は、東京ドキュメンタリー映画祭長編部門グランプリ受賞のほか、クラクフ映画祭国際映画批評家連盟賞、South East European Film Festival 最優秀撮影賞を受賞。国内外での評価が高く、今後を期待されているドキュメンタリー映画監督のひとり。

『アダミアニ 祈りの谷』はYEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中

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