メンタルヘルスは全人類の権利――気候変動の時代に心の健康を守るには

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気候変動や環境破壊によって、特に若い世代のメンタルヘルスに悪影響が生じている。地球環境とメンタルヘルスには密接な関係があり、それらを両立しなければならない。そのために大人たちがすべきことが3つある。若い世代が自然とふれあう機会を増やすこと、気候変動について適切な教育を行うこと、環境問題に対する具体的な行動を促すことだ。(翻訳・編集=茂木澄花)

毎年10月10日は世界メンタルヘルスデーだ。2023年のテーマは「メンタルヘルスは普遍的人権(Mental health is a universal human right)」。この認識をもつことは当然すばらしいが、もう一つ心に留めるべき点がある。「健康的な環境と安定的な気候は人権である」と宣言する決議が、昨年の国連総会で採択されたばかりであることだ。自然環境とメンタルヘルスは密接に関係している。住みよい地球を維持することは環境の面で必要なだけでなく、私たちのウェルビーイングにも欠かせない。メンタルヘルスが人権として掲げられた今だからこそ、そのことを再認識したい。

環境破壊は不安、怒り、恐れ、悲しみ、ストレス、絶望などの感情を引き起こす。気温上昇、異常気象、大規模な森林破壊などを背景に、気候不安が高まっている。は子どものメンタルヘルスに取り組む慈善団体「アンナ・フロイト」の会長を務めている。その中で、若い世代が地球温暖化に起因する負の感情にさいなまれている実情を耳にすることが多い。

ランセット・プラネタリーヘルス誌の調査によれば、「気候変動への不安が大きい」または「非常に大きい」と答えた若年層は60%にものぼる。また45%は「そうした感情が日常生活に悪影響を及ぼしている」と回答した。こうした不安は、気候危機に対する諦めの気持ちが原因になっていることが多い。取り組みは難航して気候目標の達成には程遠く、事態が悪化する一方であることを考えると、非常に懸念すべき状況だ。

それでは、私たちに何ができるだろうか。

(1)自然とのふれあいを増やす

まず何より、若い世代が自然環境と前向きで継続的な関わりを持つことを手助けする必要がある。2021年の「イングランドにおける子どもと自然に関する調査(The Children’s People and Nature Survey for England)」では、大半の子どもが、自然の中で過ごすことで非常に幸せな気持ちになったと回答した。しかし同時に、年齢を重ねるにつれて屋外で過ごす時間が減っていくことも明らかになった。この現状を変えなければならない。

自然の中で過ごすことで得られる健康とウェルビーイングへのメリットは、数えきれないほどある。このことは、「グリーン・ソーシャル・プリスクライビング(Green Social Prescribing : GSP)」といったプログラムによっても立証されている。GSPは世界中の専門家が提唱するアプローチで、自然に関わるアクティビティへの参加を通じて、メンタルヘルスの改善を支援するものだ。

英国政府は2021年に、イングランドの7カ所において2年間のGSPプログラムを立ち上げた。中間報告ですでに、メンタルヘルスとウェルビーイングに改善が見られることが示されている。また社会的不平等が非常に大きい地域で、積極的な参加が見られたという。地方に住む人だけではなく、都市部に住む人もこうした良い影響を受けられると認識することが重要だ。都市に住む人も、公園、貸し農園、コミュニティの庭園などで自然に触れることができる。

(2)適切な気候教育を行う

若い世代の気候変動問題への理解を助けることも、関連する不安の一部を解消することにつながる。英国政府は先ごろ、2030年までにサステナビリティと気候変動分野の教育で世界をリードしていくための政府戦略を発表した。この戦略の主な狙いの一つは、すべての若者が、学びと実践を通して、気候変動の影響を大きく受けるこれからの世界に備えることだ。課題解決型の気候教育、気候変動に対して行動を起こす機会、気候危機とメンタルヘルスを併せて学べる機会を、若い世代は求めている。

知識は力だ。この場合で言えば、気候変動に関する理解が、気候変動の影響に対して無力感を抱く人を力づけることになる。気候変動に関するより良い教育を求める声は、学生と教師の両方から多く上がっている。こうした教師の多くは、環境の危機に関して有意義な教え方ができていないと感じているのだ。教師たちに適切なツールを提供することが、子どもたちのメンタルヘルスの積極的なサポートにつながる。

(3)環境を守るための行動を促す

気候変動は途方もなく大きな課題だが、行動を起こせば状況を変えられる可能性があることを若い世代に強く呼びかけなければならない。気候不安を軽減するために若い世代の自然とのつながりを作ることは欠かせないが、自然を守るための役割を担うよう促すことも重要だ。役割を担う方法にはさまざまな形があり、社会的な運動を起こすこと、自然保護のアクティビティグループに参加することなど幅がある。大切なのは、若い人たちが取り組みの一翼を担える方法を見つけ、傍観者で居続けるのではなく解決策に関わりを持つよう促していくことだ。

個人的な話になるが、私はかねてから野外活動が大好きだ。自然は私にとって、癒しである。ストレスを感じたときも、ウォーキングをして自然を観察するだけでとても心が落ち着く。自然環境に貢献するという面で、若い頃から好きで続けているのは、さまざまな形や大きさの木を植えることだ。木を植え、それが育って花が咲くのを見ると特別な感情がわく。植樹などの前向きで実質的な活動を推奨し、若い世代の行動につながれば、環境に良いだけではなく若者のメンタルヘルスも向上できる。

最終的には、子どもたちや若者のために何かをしてあげるのではなく、彼らを取り巻くシステムを変えることで彼ら自身が行動する機会を増やさなければならない。私たちは、若い世代が生きる社会のシステムに責任がある。社会の中で、どうしたら若い人たちがより行動的になれるか考えること。それが、若い世代のメンタルヘルスを向上し、安全で生命にあふれた世界に生きるという当然の権利を守ることにつながるだろう。

世界メンタルヘルスデー開催の一方で、自然環境と精神的なウェルビーイングのつながりに関する現実も直視しなければならない。そして、その両方を守るための率先した方策を見出さなければならない。

子どもたちに自然とのふれあいを促すこと。課題解決型の活動に参加する機会を提供すること。学校全体のメンタルヘルスの取り組みに気候教育を組み込むこと。これらを行うことが、若い世代で拡大する気候不安に対する未来志向な支援となる。

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