【青木茂樹のサステナブル・マーケティング講座】第2回 未来は世界標準化?現地適応化?街を地下から眺めてみよう

欧州の街並みを想像すると石やレンガ造りの建物が目に浮かびます。しかし、今回はその街の表面を剥(は)がして、欧州の都市のサステナビリティの骨格について、お話しします。その目的は、サステナビリティを目指すことは世界の共通課題であるものの、地理的・気候的要因による差異がその仕組みや制度に違いに現れているという現実を知ることです。同じ山の頂点を目指すにもその登り方にはいろいろな方法があるように、サステナブルな社会構築へ向けて各国の制度や仕組みの違いを学びつつも、いかにそれらを取り込んで進めていくかが今後の課題だと思います。

1.欧州では硬水、日本では軟水が普及する理由

「水、飲んでみて。美味しいよ」と、デンマークの新居に着くや否や不動産の担当者に勧められた。カルキ臭さも全くない、おいしい硬水。しかしデンマークの最高峰はわずか170m。飛行機から大地を見下ろしても、果てしなく平らな畑や農場が続き、そこに小さな湖やわずかな川が点在するだけ。日本で飲み水というと山間部のダムや清流をイメージしがちであるが、それは日本の飲料水の7割以上が河川やダムや湖の地表水であり、3割弱が地下水や伏流水であるからだ[^undefined]。一方、デンマークは95%が地下水の汲み上げであり、全国約2600の水道施設から各地域に配管されている[^undefined]。まさにミネラル・ウォーターだ。

ちなみに、水道の監督官庁はデンマークでは環境省の環境保護庁だが、日本は2024年より上下水道ともに国土交通省の一括管理となる(それまでの約60年間、上水道は厚生労働省:旧厚生省、下水道は国土交通省:旧建設省であった)。デンマークが水を自然資源の一つと考えるのに対し、日本ではインフラとしての管理が意識されているようだ。

さらに日本の年間降水量(2020年)が1668mmであるのに対し、デンマークは703mmしかない[^undefined]。モンスーン気候の日本は夏季に海洋から大陸への風が吹くため雨が多くなり、世界平均の倍の降雨量がある。SDGsの6番目の目標は「安全な水とトイレを世界中に」であるが、元来、水資源が豊かな日本人にはこの言葉の重要性が十分には理解できていないのかもしれない。

図表1: 出典)東京都水道局ウェブサイト(2023年10月検索)

欧州は降水量が少なく、山から平野に至る流れが比較的なだらかで、粒子の小さい石灰岩へ降雨がゆっくりと浸透していく。地下からその水を汲み上げて飲むため、ミネラルの多い硬水となる。一方、日本は降水量が多く、山は急峻(きゅうしゅん)で粒の大きな花崗岩の浸透は早く、すぐに川や海に流下し、その地表水を軟水として飲用している。図表1に見られるように、一般に硬水の方が衛生管理しやすい。地表水には殺菌が必要となり、これが味に影響するため、どうやら私はデンマークの水道水を美味しいと感じたようだ。

ⅰ 東京都水道局ウェブサイト(2023年10月検索)
ⅱ デンマーク環境省環境保護庁ウェブサイト(2023年10月検索)
ⅲ グローバルノート「世界の年間降水量 国別ランキング」(2023年10月検索)

2.水利の都市計画と製品設計の思想

ローマ市内に点在する流れっぱなしの水道。飲むときには下の蛇口を塞ぐと、上部の穴より水が勢いよく飛び出る。滝のように水が落ちるトレビの泉を含め、水の豊かさはローマが誇る都市の象徴なのかも知れない(2023年8月、写真はいずれも筆者撮影)

ローマ市内には、写真のように街のあちらこちらに常時流れる水飲み場がある。しかし、実は紀元前後の古代ローマ帝国における都市部の水不足は深刻であった。水源地から数十kmから140kmにも及ぶ水道橋や地下水路をつくり、市内まで水を引っ張ってきた。通常の規格で1kmで34cmの傾斜というから当時の測量や建設技術には驚かされる[^undefined]。当時のローマには11本の水道が引かれていた。2000年前の遺構は郊外に今なお残されているが、神田上水や玉川上水が400年前の江戸時代のものだと考えると、ローマ人の都市計画の知恵には脱帽せざるを得ないし、欧州の都市にとって、いかに水が重要だったかがわかる。

Antica strada degli Archiの水道橋の遺構。地名そのものが「橋のある古代の道」である(2023年8月)

こうした水資源の多寡は街のインフラストラクチャーのみならず、機器の設計にも影響を与える。例えば、洗濯機を考えてみよう。最近は日本でもドラム式が主流であるが、20世紀の日本ではタテ型円筒槽の渦巻式が一般的であったのに対し、欧州ではヨコ型円筒槽のドラム式が一般的であった。

電気洗濯機の始まりは、1908年にアメリカのハレー・マシン社のヨコ型円筒槽の回転による「たたき洗い」を電化したものであり、現在のドラム式の原型と言えよう[^undefined]。これはヨコ型のドラムが回転することによって衣服を上下に叩き洗いすることで汚れを落とす方式で、今は汚れが再付着することを防ぐポリマー成分の入った合成洗剤を使用する。たたき洗いでは筒の底にだけ水があればよいために節水となり、さらに回転し、落下することで乾燥にも優れている。疫病時に衣類をお湯で消毒した歴史や硬水での洗浄力を高めるため、温水での洗濯も一般的で、私としては仕上がりのタオルのゴワゴワ感には不満があるが、今なお欧州の主流はドラム式だ。

図表2: 出典)松井繁幸 (2004) 「よりキレイにより簡単に 洗濯の歴史と日米欧洗濯最新事情」『洗濯文化と洗濯科学―会議と日本の洗濯・洗剤事情―』日本石鹸洗剤工業会ウェブサイトより(2023年10月検索)

もう一つの洗濯機の源流は、古くは攪拌(かくはん)式と言われるタテ置き円筒槽があり、現在は渦巻式と言われる脱水機付きの二槽式洗濯機やタテ型洗濯機に継承されている。水流によって揉み洗いすることが特徴で、洗浄力が高く、環境負荷の低い石鹸を使用することができる。水槽の底に攪拌翼(アジテーター)のついた攪拌式は元々アメリカで開発されたが、羽根(パルセーター)の渦巻式洗濯槽は1960年に三洋が開発したものに始まり、こぞって日本企業が参入し、自動反転や自動給水などが備わった。水量に限って言えば、ドラム式より1.4倍の水を使うと言われるがこれは水の豊富な日本で開発されたことも一因でもあろう。

現在の日本では、共働きやマンション生活が普及し、その静音性と乾燥機能、全自動などの高性能利便性を求めて、ドラム式洗濯機が欧州のように普及したが、水流によって汚れ落ちの良いタテ型洗濯機にも人気がある。

ⅳ Wikipedia「ローマ水道」(2023年10月検索)
ⅴ 大西正幸 (2011)「洗濯機技術発展の系統化調査」『技術の系統化調査報告』第16集,国立歴史博物館、p155(2023年10月検索)。なお、アメリカではドラム式でも渦巻式でもなく、底の羽根から中心軸が上部に突き出た攪拌式洗濯機が広く使用されている。

3.部分最適か?全体最適か?

道路に張り巡された熱供給の土管。パイプが断熱材で覆われている(2023年9月)

冬のデンマークはマイナスまではいかないもの2〜6℃の日々が続く。夏も17℃前後のためエアコンは存在しないが、冬は地域熱供給(District Heating)というシステムが稼働し、室内の温度を快適に維持してくれる[^undefined]。ここでは各家庭で個別に燃料を使って発熱するのではなく、国内の64.5%の家庭が地域熱供給ネットに接続されており、発熱プラントから各家庭に温水が送られている。

4大都市(Copenhagen、Aarhus、Odense、Aalborg)では熱需要の95%が地域熱供給でカバーされている[^undefined]。さらには、地域熱供給の61%はバイオマス 、バイオガス、太陽熱、地熱と電気の再生可能エネルギーから供給されている。

オフィスや自宅の温熱ヒーター。石やコンクリートの冷えた建物を温め直すのは非効率なので、冬場は基本的につけたまま。エアコンではないので、温風や室内の乾燥が気になることはなく、快適に過ごせる(2023年10月)

日本ではコンセプトとして省エネを求めながらも個々の生活者の意思に任せられた部分最適が優先されているが、デンマークは国や自治体における全体最適が優先され、目標を掲げながら計量的・合理的に政策が展開されているのだ。

さて、これは歴史的にどのように政策展開されたのであろうか。デンマークでは1903年に始まった地域熱供給だが、1973、74年のオイルショック以降、エネルギーの自給率の向上と効率が求められ、1979年には熱供給法(Heat Supply Act)が定められた。

これにより各自治体に地域熱の計画、インフラ意思決定の権限が与えられ、社会経済的利益を最大化する熱供給手段を選択することとなった。1984年からは北海の天然ガスも利用され、CHP (Combined Heating Power:熱電併給またはコジェネレーション)にて電気と熱が同時につくられ、熱は地域熱供給に回されるようになっている。

現在、地域熱供給の66%はCHPからの供給である。CHPの総合効率は、電気と熱を別々に生産する場合に比べて、30%の節約となる。さらに脱炭素に向けて、2030年までには地域熱供給の100%をグリーンな資源で供給する計画で、すでに天然ガス、石炭、石油などの化石燃料を減らし、木質ペレットやチップ、わら、廃棄物を含む再生可能エネルギーを70%までに増やしている。

図表3「デンマークにおける地域熱供給の状況」 : 出典)グリーン転換のための白書(2020)「地域熱供給白書DISTRICT ENERGY 都市部のためのグリーンな冷暖房」、p12(2023年10月検索)
図表4「住宅・サービス部門からの熱需要における地域熱供給の割合」2021年 : 出典)Euroheat & Power (2023), DHC Market outlook insights & Trends、p11(2023年10月検索)

このようにデンマークで進む地域熱供給であるが、ユーロヒート&パワーによれば、欧州では、地熱で有名なアイスランドに次いで、デンマークは2位となっている。日本では、1970年の大阪万博時に、千里ニュータウンで地域熱供給が始まった。その後、東京臨海副都心や大阪中島2・3丁目の都市部や、地方でも苫小牧中心街南、富山駅北などで開発されたものの、各地に点在するだけであり、デンマークにはほど遠い。デンマークは、この地域熱供給のシステムを、脱炭素を目指すドイツ、イギリスや大気汚染に悩む中国などに積極的に輸出している。こうしたサステナビリティへのさまざまな取り組みがあるからこそ、デンマークは経済成長と脱炭素のデカップリング(分離)に成功しているのである。

ⅵデンマーク・エネルギー庁 (2015) ” Regulation and planning of district heating in denmark”(2023年10月検索)。また、地域熱供給については、箕輪弥生(2012)「コペンハーゲン では98%のエリアに普及。デンマークで普及する地域暖房」にも詳しい
グリーン転換のための白書(2020)「地域熱供給白書DISTRICT ENERGY 都市部のためのグリーンな冷暖房」(2023年10月検索)

4. サステナビリティの基準は世界標準化か現地適応化か

図表5「外部環境に対応したサステナビリティを進めるための戦略 」(筆者作成)

こうして考えるとサステナブルな社会の実現に向けて、製品のみならず地域熱供給のような優れたシステムが各国に採用されていくことは望ましい。しかしそのためには図表5のように、外部環境の差異性がどれだけあるのかを調べる必要があろう。それはデンマークと外部環境の同一性が高い都市には問題なく輸出可能(◎)であるし、差異性があっても今日の技術でクリアできれば輸出可能(○)であろう。

例えばドラム式洗濯機は欧州だけでなく、節水や節電、高機能化によりすでに日本にも広まっている。しかし、水が豊富な日本においては、洗浄力の強さや合成洗剤を使わないという観点から渦巻式タテ型洗濯機を採用することも考えられる選択肢であろう(△)。節水(○)と環境負荷(△)について、サステナビリティの観点からどちらを選択するかは、検討の余地がある。

これと同様の事例として、有機農法の認証基準の違いが挙げられる。高温多雨の日本の農業では、気候がドライな欧州とは基準が同一であることは難しく、これには現地適応化が求められるかも知れない。しかし、外部環境が同一であるならば、各国でのサステナビリティに関わるバラバラな基準はやめて(×)、合理的な方法への標準化を模索すべきであろう。

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