海面上昇に適応しエネルギー自立型で工夫凝らす、アムステルダムの水上コミュニティ

各住宅は壁面や屋根にソーラーパネルが設置され、ひとつとして同じ建物はない

国土の4分の1が海抜以下のオランダでは、気候変動による海面上昇や集中豪雨は喫緊の対応すべき課題だ。それに対して、アムステルダム北部の運河に作られた水上住宅「Schoonschip(スホーンシップ)」がひとつの答えを示している。約100人が住むそのコミュニティは、ソーラーパネルを備え、ITによって電力供給を制御する「スマートグリッド」で電力を融通し合い、運河の水の熱を利用し、雨水や排水を使うサステナブルな仕組みをもつ。もちろん海面上昇には柔軟に対応し、気候変動に抗うのではなく適応するシステムだ。住民自身が長年にわたって作り上げたサステナブルな水上コミュニティを取材した。(環境ライター 箕輪弥生)

アムステルダムの運河の両側には水上住宅がびっしりと並んでいた

海抜よりも低い土地の多いオランダは歴史的にも幾度となく高潮や洪水に襲われ、1995年の洪水災害では25万人が避難生活を余儀なくされたこともある。

IPCCの報告書によると、世界の海面水位は産業革命前からすでに約20cm上昇し、最も楽観的なシナリオでも今世紀末にはさらに50cm以上の海面上昇が予測されている。そのため、オランダにとって海面上昇はまさに喫緊の課題となっている。

そのひとつの適応策としてオランダでは水上住宅が見直されている。オランダの水上住宅の歴史は300年以上と古く、アムステルダムの運河を巡ると、運河に沿って数多くの水上住宅を見ることができる。その数はオランダ全土で約1万世帯、2万人以上と言われる。

オランダ政府も2006年に水上住宅の環境を整備する計画を立てているが、アムステルダムでは係留場所はすでに埋まっているため、居住希望者は空きを待つしかない状況だという。

開発から維持まで住民たちが作り上げた水上コミュニティ

そんな環境の中で、いま注目されているのがアムステルダムの中でもかつては汚染された工業地帯だったエリア「バイクスローテルハム」に作られたサステナブルな水上住宅群「Schoonschip(スホーンシップ)」だ。

浮桟橋(ポンツーン)様式の庭を設ける家もある

一般的な水上住宅と異なり、デッキで2階建ての家がつながり、緑もあちらこちらに見られる。一見すると普通の住宅街のようだが、間違いなく水上にある。カヌーやボートを備え、水中の大きな杭に固定されているのが一般の住宅とは違う。

各住宅は杭につながれ、漂流を防いでいる

この水上住宅は2009年に建築家、法律の専門家、エンジニアなどの住民が集まって計画され、2019年に誕生した。中心になったのは住民たちで、ゼロから約10年かけてアイデアを出し合い、サステナブルなコミュニティを作り上げた。

レマー氏は、「サステナブルな家に魅力を感じて住むことを決めた」と話す

ここに住み、メディア対応もするマルテン・レマー(Maarten-Remmers)氏は、「このコミュニティは、都市の中の村のようなところで、人が出会い共有の体験もできるソーシャルな場なんだ」と話す。レマー氏によると、もともと知り合い同士だった人が中心となって計画されたと言う。

現在も住民が作業グループを設け、緑、菜園、モビリティ、水路の水質、祭りやツアー、共有スペースなどコミュニティに関わる問題について定期的にミーティングを重ねている。

今では世界中から注目される水上住宅だが、それでもスタート当初は前例のないことばかりだった。「特に水上住宅は不動産ではないので、法的にはグレーゾーンなことが多く、苦労した」とレマー氏は振り返る。

再エネの最新の技術を使った電力自給と熱利用

スホーンシップは、スペシャリストの意見を取り入れて住民たちが知恵を出し合い、自然エネルギーを多用し、エネルギー消費を最小限に抑えるさまざまな技術を統合的に導入した先進的な水上住宅として完成した。住宅はさまざまな建築や環境の賞も受賞している。
欧州で最もサステナブルな水上コミュニティの主な特徴は以下の通りだ。

1) 電力を太陽光発電によって自給、ブロックチェーン技術によってシェア

屋根や壁面にはソーラーパネルが設置され、各家庭には、余った電気を貯める大きなバッテリーがある。発電した電気は独自のスマートグリッドネットワークによって、各ハウスに設置された家電製品、ソーラーパネル、スマートヒートポンプ、バッテリーシステムからのエネルギーの流れをリアルタイムで可視化される。

コミュニティでの電気の融通は、ブロックチェーン技術を用いた「Jouliette」という地域仮想通貨を介して行われ、たとえば旅行に行っていて使わなかった電力は隣近所にシェアできる。電力が不足した場合は、コミュニティ全体で発電所からの電気を購入する。

2) 太陽熱、運河の熱、ヒートポンプ、廃棄熱など熱の最大限の利用

冬が長いアムステルダムでは、冷房はほとんど必要がなく、暖房需要が主となっている。

太陽熱利用:太陽熱を集めて、家のセントラルヒーティングとして使用したり、温水の供給に使用する。コミュニティはガスネットワークにはつながっていない。

ヒートポンプ:各ハウスの洗面台にある熱変圧器が運河の水の熱をアクアサーマル・ヒートポンプと呼ばれるシステムで抽出し、ヒートポンプ内の温水タンクに蓄え、その熱を床暖房、シャワーの水道水、洗濯機などに分配する。

熱回収換気システム:通常、住宅は換気された空気とともに熱が失われるため、エネルギー消費量が増加するが、熱回収機能を備えた換気システムでは、その熱の一部を再利用する。トイレ、バスルーム、キッチンの換気から熱を回収し、その熱を利用して入ってくる外気を加熱し、新鮮な暖かい空気を家全体に供給する。

3) 屋根の緑化

屋根にはソーラーパネルと緑化が共存する

家の屋根や壁面にはどの家もソーラーパネルと緑化部分が共存している。ここでは少なくとも屋根の3分の1をセダム(多肉植物)や草で緑化することが求められている。このセダム屋根とソーラーパネルを組み合わせることによって、自然の冷却効果と断熱性が加わり、ソーラーパネルの効率を高めている。

4)雨水・排水の利用

トイレの排水は地域の水道業者に送られ、そこで発酵させてバイオガスとして使ったり、たい肥にして水上農園やガーデンで使う。いくつかの家では雨水を貯めて、トイレの水や植物の水やりに使っている。

5)モビリティのシェア

コミュニティでは電気自動車、電気カーゴバイク、電動自転車を住民でシェアしている。

6)水辺の生態系の改善

水路の水の浄化もここの大きな課題だという

水資源の節約と共に水路の水質の改善や、水上ガーデンや農園の研究を行っている。また水辺の生態系の回復についても研究者とともに行う。

水上住宅のサステナブルな技術や工夫はwebで公開

これらのサステナブルな技術は、同様に海面上昇や洪水に悩む世界各国から問い合わせが集まっているが、特筆すべきは、彼らは10年かけて蓄積されたこれらの知見をwebサイト「GREENPRINT」(https://greenprint.schoonschipamsterdam.org/)で詳しく公開していることだ。

マルテン氏は「私たちのアイデアや計画はオープンソースになっているので誰もが私たちの知識を利用して、新しいバージョンのスホーンシップを立ち上げることができる」と強調する。

オランダでは、ロッテルダムなどの地方都市でも、牛が暮らす水上農園や水上のイベントスペースなどの開発が行われ、浮体式ビルを気候変動対策・適応戦略の柱のひとつに挙げている。

今世紀末には海面上昇によって何億人とも言われる人が住む場所を失うと言われている。スホーンシップが提案する水上住宅は、海面上昇に対抗するのではなく、水と共存し適応する斬新なアイデアだ。コミュニティの総意で築き上げたエネルギー自立型のシステムは気候変動へのさまざまな視点を提供してくれている。

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