水頭症と戦う元プロボクサーのラーメン店主 「麺の湯切り」や「豚骨砕き」で頭に衝撃も「気合い」で営業

コロナ禍で飲食店が苦境に立たされていた頃、来店客に鍋持参でテイクアウトしてもらう方式を導入した神戸市内のラーメン店が話題になった。店主は元プロボクサー。格闘家としてもリングに上がり、昨年末に50歳で引退して〝ラーメン道〟に専念しようとした矢先に「水頭症」と診断された。現在も闘病生活を続けながら厨房(ちゅうぼう)に立つ店主に思いを聞いた。

JR兵庫駅から徒歩約7分の線路沿いにある「気合いのラーメン つぼ」を営む坪井将誉さん(51)。千里馬神戸ジムから93年にプロデビュー。ツボイマサタカのリングネームで、ライトフライ級など4階級での戦績は3勝(2KO)13敗1分け。2000年4月の試合が最後となったが、その後も、空手をベースにしたスタイルで格闘技イベント参戦を続けた。

生活の糧として「何よりも好き」というラーメンの道を選んだのがボクシング引退後。地元の人気店で修業し、07年に店をオープン。モットーの「気合い」を屋号とした。13年には関西テレビの情報番組でラーメン職人としての腕前をスタジオで披露したことも。鍋ラーメンの持ち帰りや朝営業(7-9時)でも注目され、個人営業の店として今年で17年目を迎えた。

体に異変を感じたのは昨年12月半ば。年末に格闘家としての引退試合が大阪で控えていた。

「頭がフラフラして、おかしいなと。それでも試合はキャンセルせず、やり切った。タオル投入で負けましたけど、『これで本望、自分で自分を褒めてやりたい』と思いながら年が明けた。ところが1月半ばになってもフラフラするので病院へ。最初の診断は脳腫瘍でしたが、紹介状をもらって2か月後くらいに専門の脳外科病院で精密検査をした結果、『水頭症』と診断された。それが4月頃でした」

この病名から坪井さんの頭に浮かんだアスリートがいた。プロ野球・広島カープの〝炎のストッパー〟津田恒実投手だ。91年のシーズン中、球団から発表された病名が水頭症だった。93年7月、32歳で亡くなった津田さんの死因は「脳腫瘍」だったが、最初に公表された病名の印象が強かった。

そして、今年10月、水頭症の診断を受けて入院していたサッカー元日本代表FW工藤壮人選手(J3宮崎)が32歳で死去したことにもショックを受けた。

水頭症とは、脳脊髄液が頭の内側にたまって脳室が拡大することによって脳を圧迫し、さまざまな症状を引き起こす疾患。その症状について、坪井さんは「頭痛がしてふらつきます。あと、視野が狭くなる。食欲も落ちて痩せました。外を歩いたり、自転車に乗るのもつらい。階段は手すりを持たないと登れない。最近は厨房で転んで顔をケガしました」と証言。「すごく悲しいです」とつぶやいた。

仕事の作業では「麺の湯切り」と「スープの具材砕き」に支障があるという。

「スナップをきかせ、ピシッ、ピシッと、麺と麺の間の湯を切るんですが、その度に振動が頭に響いて、つらいです。スープ作りでは直径51センチ、高さ約80センチの寸胴鍋に40リットルの水と一緒に大量に入れた豚の背骨、もみじ(鶏の足先の部分)、野菜などの具材を木製の大きなヘラで砕くのですが、特に豚の骨を砕く時の衝撃で頭が痛い。スープ作りに要する時間もごれまでの5時間から8-10時間と倍近くかかるようになった」

勤務時間もハードだ。

「夜中の3時頃にお客様が並ぶので、深夜営業はやめられない。以前は1時閉店だったが、それでは食べていけなくて、3時閉店とし、お客様がいれば3時半でも4時でも開けている。片付けて早朝に寝て、朝起きて仕込み。日曜は朝営業があるから寝られない。寝なかったという(皇帝)ナポレオンみたいなもんです。昼は79歳の母、夜はバングラデシュ人の男性従業員が手伝ってくれますが、さすがに今はしんどくて、月曜だけ夜の営業を休みにしました」

火曜の定休日と合わせて週に1日半の休息でフル回転。なぜそこまで働くのか。

「この仕事は自分の全てやと思っているから。病気の原因ははっきり分かっていませんが、長い間、睡眠不足だったこともあるかもしれない。でも、ラーメンは僕の全て。ボクシングや格闘技では負けてばかりやったけど、ラーメンは僕の人生で唯一、結果を出して周りに認められたことですから」

入院中の貼り紙やX投稿などで病状を知った来店客の声も励みになる。

「最近、外国人の若い女性が日本語で『おいしいです!おじさん、体に気をつけてね』と店の伝票に書いた手紙をくれてうれしかった。また、僕が『南斗水頭症拳の伝承者になった』とお客様に伝えたら、『メンタル強い!』と言われました(笑)。悩んで治るんやったら、いっぱい悩みますけど、それで治るわけじゃない。開き直った方がいい。あと、後継者が欲しいと思うようになった。離婚後に別れて暮らす高校1年の長女か、大阪府警の警視である弟の息子(甥)に継いでもらえたら…と思いつつ、自分が再婚して子どもを作って店を継がせられたらいいなと」

限りある「命」を意識した時、気持ちは前向きに。脳にたまった髄液を抜く管を体に埋めこむ手術を今秋2度行った。腰の上部、背中の右半分に横一文字の大きな手術跡がある。

「11月6日に『シャント』という人工の管を体内に入れる2回目の手術をしました。ただ、髄液がうまく流れないこともあり、術後1か月の今も正直、体はしんどいです。完治することは、もうないと思います。病気と付き合いながら、体が動く限りは店に出て、1日でも長く仕事をしたい。気合いです。気合いがあれば黒いカラスも白くなります」

細麺に濃厚なスープが絡んだ人気メニュー「魂のこくカレーラーメン」(830円)を注文した。まさに〝命がけ〟で作ったラーメンが五臓六腑(ろっぷ)に染みた。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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