「健常者とも互角に対戦」目が不自由でも楽しめるチェスや囲碁 アジアパラ大会の競技に…でも日本では選択肢乏しく盲学校ではオセロばかり

杭州アジアパラ大会の視覚障害部門チェスで駒の配置を確認するイランの女性選手の手=2023年10月24日、中国・杭州

 盤上で駒を動かして遊ぶボードゲーム。囲碁や将棋、チェス、オセロなどが代表例だ。目が不自由な人でも遊べるようにバリアフリー化が進んでおり、健常者と同じ土俵で対戦できる。アジアパラ大会では2018年からチェスが視覚障害部門の競技となった。ただ、日本国内では視覚障害者向けのボードゲームは、高額な価格や生産打ち切りなどの理由で普及しておらず、盲学校などではオセロ風ゲーム(リバーシ)ばかりが親しまれているという。「バリアフリー」や「共生社会」の実現を掲げて久しい先進国のはずだが、ボードゲームで遊ぶ選択肢が乏しいのが実情だ。(共同通信=稲本康平)

アジアパラ大会の開会式の様子=2023年10月22日、中国・杭州奥体センター競技場

 ▽視覚が閉ざされていても…触って駒の配置を把握するチェス
 10月22日、中国・杭州で開催されたアジアパラ大会の開会式。会場となった「杭州奥体センター競技場」は杭州で親しまれているキンモクセイを表現したオレンジ色に彩られた。3階建ての観客席は多くの観客で埋まり、熱気に包まれた。
 チェスは東南アジアなどで人気が高く、2018年にジャカルタで開かれた前回アジアパラ大会から視覚障害部門の競技として採用された。視覚障害者向けのチェスは、触って得た情報から盤面の状況を思い浮かべられるよう工夫が施されている。突起の有無で白黒の色を判別できる駒を使用し、盤の各マス目の穴に差し込んで固定できるようになっている。キングやクイーンなど駒の形やルールは、一般的なチェスと変わらない。
 杭州大会でチェスの競技会場は静寂と緊張感に包まれ、駒を動かす音だけが響いていた。選手らは駒を触ることで配置をイメージする。試合が進むにつれて駒の配置は複雑になり、選手が駒を触る回数も増えていく。両手の指をしなやかに、流れるように動かす。視覚が閉ざされている選手が精神を研ぎ澄まして思考を巡らせる様子は駒と会話しているように見えて魅了された。 

杭州アジアパラ大会の視覚障害部門チェスで駒の配置を確認するウズベキスタンの女性選手(左)=2023年10月24日、中国・杭州

 ▽障害者向けチェスがほぼ流通しない日本、囲碁や将棋も高価格
杭州大会のチェス競技には13カ国の約80人がエントリーしたが、日本人の出場はゼロだった。視覚障害者向けのチェスは、国内ではほとんど流通していないことがその一因だ。
日本には視覚障害のある人は30万人以上いる。しかし目の不自由な人でも遊べるボードゲームは、チェス以外でもなかなか普及が進んでいない。その理由について、ある大手玩具メーカーの担当者は「健常者に比べて人口が少なく、製品の企画や開発が簡単ではない」と説明する。
 ボードゲームを多数取りそろえる都内の大型専門店で、記者が「視覚障害があっても遊べるものはありますか」と尋ねてみると、案内してもらえた商品は、オセロ風ゲームと後段で紹介する六面立体パズル「ルービックキューブ」2点だけだった。

メガハウスが発売している視覚障害者向けのルービックキューブ RUBIK’S TM & © 2023 Spin Master Toys UK Limited, used under license. All rights reserved.

 囲碁や将棋といったメジャーなボードゲームさえ店頭に置かれていないのはなぜか。日本視覚障害者団体連合(東京)などによると、視覚障害者向けの囲碁は製造数が少なく、近年まで1セット約1万3千円で販売されていた。将棋については1セット2万5千円ほどで販売されていたが、製作していた職人が高齢などを理由に引退し、2022年に製造が打ち切りとなった。
 筑波大の佐島毅准教授(視覚障害教育学)は「ボードゲームは周囲とのコミュニケーションを育む遊びの一つで、その機会が初めから与えられていないのは大きな問題だ。友だちや地域の健常者らと交流する貴重な機会が失われている」と指摘する。
 視覚障害者向けのオセロ風ゲームは2千~3千円程度で入手しやすいこともあり、「盲学校ではオセロばかりが遊ばれてきた」という。

 ▽囲碁は低価格化に成功、「障害を感じずに健常者と対戦」
 近年、低価格化に成功し、今後の普及に期待がかかるのが囲碁だ。視覚障害があっても楽しめる囲碁は、従来1セット約1万3千円で販売されていた。名称はアイゴ。「目(アイ)が見えなくても前に進め(ゴー)」との思いが込められている。碁盤の線が立体的に作られ、チェスと同様に碁石を差し込んで固定でき、突起の有無で碁石の色を判別できる。
 以前は金型を使って碁盤を製作していたが、2019年にレーザーカッターを導入して「アイゴツー」を開発。製作が容易となり、価格は5分の1ほどの2700円で販売できるようになった。障害者の就労をサポートする「就労継続支援事業所」で働いている障害者が製作に携わっているのも特徴だ。
 日本視覚障害者囲碁協会(東京)の代表理事で、自身も全盲の柿島光晴さん(46)は「少し練習をすれば、視覚情報がなくても盤面を把握できるようになる。障害を感じずに健常者らと対戦できるのが魅力だ」と話す。オセロ風ゲームのように今後、盲学校などで広く普及されることに期待を寄せる。

視覚障害のある友人らと「アイゴツー」を楽しむ柿島光晴さん(右側の中央)=2023年11月22日午後、東京都中野区のNPO法人「翔和学園」

 ▽人生ゲームやトランプ、ウノも 草の根で進むバリアフリー
 一方、販売されているボードゲームやカードゲームを手作業で加工するなど、草の根ではバリアフリーが少しずつ進む。
 視覚障害がある人に向けた雑貨などの販売も手がけている日本点字図書館(東京)は「人生ゲーム」を加工。マスの枠を木工用の接着剤で囲って凹凸を付け、各マスに書かれた「お題」は録音を再生して遊べるようにした。
 そのほか、トランプやウノには点字を施し、図柄や数字を区別できるようにして販売している。

視覚障害者向けに点字が施されたトランプ=2023年11月22日午後、東京都新宿区の日本点字図書館

 さらに民間企業でもユニバーサルデザインの製品開発の動きが出てきた。玩具メーカー「メガハウス」(東京)は、指先に触れる凹凸の形で色を識別できる「ルービックキューブ」を開発し、2021年の日本おもちゃ大賞を受賞した。

 ▽「公平性を大切にする社会の実現を」、民間企業にも「合理的配慮」義務付け
 視覚障害者へ対応したボードゲームが普及することの意義について、佐島准教授は「誰でも年齢を重ねれば衰える。障害がある人に優しい取り組みは、誰もが過ごしやすい社会につながる」と説明する。
 障害がある人に対し、過重な負担にならない範囲で生活上の困りごとや障壁を取り除く「合理的配慮」は、2024年4月から一般企業など民間事業者に義務付けられる。佐島准教授は「公平性を大切する意識が広がることによって誰もが同じ土俵で遊べるバリアフリーの製品開発のニーズを高めることにつながる。行政も積極的に関わり、一般理念として掲げられている『公平性』を現実に反映させていくべきだ」と呼びかけている。

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