トヨタが欧州でEV強化にアクセル、現地トップとスポーツカー責任者が明かした戦略

トヨタ自動車のスポーツカータイプのEV=11月29日、ブリュッセル(共同)

 トヨタ自動車は、フォルクスワーゲンやBMW、ルノーといった名だたる自動車メーカーが主戦場とする欧州市場で電気自動車(EV)のラインアップを拡充し、販売強化にアクセルを踏み込んだ。欧州では2026年までにEVの新車販売比率を2割に高め、25万台以上を売る計画だ。

 トヨタはハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)など幅広い環境対応車をそろえた「マルチパスウェイ」戦略を打ち出している。しかし、EVの品ぞろえの乏しさから「環境意識が低い」と批判されることもあった。本格的な反転攻勢に打って出るトヨタのキーマン2人に話を聞いた。(共同通信ロンドン支局=宮毛篤史)

 ▽EVの欧州生産「しっかり考える」
トヨタモーターヨーロッパの中田佳宏社長兼最高経営責任者(CEO)

 ―補助金などの優遇策が各国で削減され、EVの需要の伸びが減速しているように見える。
 「欧州のお客さまは日本や他の地域に比べて環境に対する意識が高く、EV化のスピードは速い。一方で足元では政府による(EV販売支援の)インセンティブをなくすといった瞬間に少しスローダウンするという兆候はある。ただ、僕はZEV(二酸化炭素などの排出ガスを出さない「ゼロエミッション車」)化のスピードが駄目になると思っているわけではない。ZEV化が進展するシナリオを描きながら、マルチパスのアプローチを考えて対応していくつもりです」

トヨタモーターヨーロッパの中田佳宏社長兼最高経営責任者(CEO)=11月29日、ブリュッセル(共同)

 ―マルチパスウェイの強みは。
 「全ての電動化ソリューション技術を持っていて、お客さまにオファーができることです。カーボンニュートラルを達成するという責任を果たしていく中で、どういう道筋になるかを先に縛るのではなく、技術の可能性を広くして対応することがお客さまにとっていいことにつながる。プリウスが1997年に発売される前はHVがなかった。2050年が(温室効果ガス排出量を実質ゼロにする)カーボンニュートラルのターゲットとすると27年後なんです。新しい技術がまだまだ生まれる可能性が十分ある」

 ―メーカー各社はEVの価格競争に苦しんでいる。トヨタはどうする。
 「お客さまにとってどういう価格が一番お求めいただきやすいのかが一番大事であって、安ければいいという話ではないです。例えば100万円でEVが買えますよ、でも30キロしか走れませんよという車を欲しいですか。いらないですよね」

 「最近の欧州メーカーは(価格を抑えた)2万5千ユーロ(約370万円)くらいのEVで、積むバッテリーの量を減らしたバージョンを造ろうとしている。こういうEVもお客さまのニーズはある。街中で乗るのでその分、買いやすい価格の方がいいというお客さまもいらっしゃる。そういうことは考えていくべきかなと思います」

 ―将来的に欧州でEV生産は。
 「地産地消の考え方が根底にあることは事実です。お客さまと需要があるところでクルマづくりをして地域社会に貢献するという意味で、しっかり考えていくというのはその通りだと思います。欧州でビジネスをさせていただき、欧州の産業に貢献するという基本な考え方もあります」

トヨタ自動車が展示したEV=11月29日、ブリュッセル(共同)

 ▽EVスポーツカーの課題は車高と走行性能
 トヨタのスポーツカーブランド「GR」の渡辺正人GR車両開発部長

 ―EV化の波はスポーツカーにも押し寄せている。ガソリン車と比べて難しい点は。
 「背の低いパッケージを車として実現する点です。EVの電池は車のお尻の下に積まれていて、そのままだと背が高くなってしまう。スポーツカーは空気抵抗を小さくし、低重心で動きを良くするものです。余分な電池を載せながら全高を変えないために、どこを小さくすればいいのかというのが非常に難しい」

トヨタ自動車のスポーツカーブランド「GR」の渡辺正人GR車両開発部長=11月29日、ブリュッセル(共同)

 ―重量の問題もある。
 「一般的な航続距離のバッテリーは500キロくらいする。エンジンなど要らなくなるものとの差し引きを考えても単純に300キロくらい重量が増えます。スポーツカーにとって軽さは命です。遠心力は重量と関係して増えてしまうので、同じスピードでコーナーを駆け抜けようと思うと軽い方が有利です。300キロ重くなった状態で高い走行性能を確保することは大きな課題です。タイヤやサスペンションの性能、ボディーの剛性も良くしないとエンジン車のようなスポーツドライブはやりにくくなる」

 ―EUが2035年にエンジン車を全面禁止する方針を転換し、二酸化炭素と水素を原材料として製造する「合成燃料」を使用する車の販売継続を認める。
 「EVでは楽しみが減ると思われているお客さまにとっては、合成燃料は大きな可能性であると思います。GRブランドとしてはすごみのあるエンジンが商品の大きな特徴でもあるので、EUの新しい方針は、可能性が広がる良いことだとポジティブに受け取りました」

 「ただ、いつまでもエンジン一本やりではいけないとも思っています。エンジンへのこだわりはわれわれの魂の一つなので捨てませんが、EVやHVなどで楽しくモータースポーツができる、サーキットで走っても強い車というのはどうなんだという研究もしっかりとしていかないといけない、と考えています」

 ―中国のEVメーカーが欧州市場に進出。エンジン車で培ったノウハウで差異化できるか。
 「われわれが長年培ってきた走りの乗り味みたいな数字に表れない感覚のところで違いを出す要因になるのは間違いないです。一方で、EVはあまり経験のないメーカーが造ってもそれなりに良いものができます。500キロの重量物が床下の一番低いところに搭載されているものですから、こだわりなく普通に車を造ってもある程度、低重心になります。ノウハウを積み重ねてきたメーカーと新興メーカーの差がEVになった時に、急に縮まったというのが実態です」

 「ただ、完全に追いつかれたとは思っていません。なんか気持ちいいよね、使いやすいよね、安心感があるよねだとか、そういった無形の価値のようなものが残っていると思います。ハンドルを握ると楽しくてワクワクするクルマづくりをしていきたいです」

トヨタ自動車のEV=11月29日、ブリュッセル(共同)

 ▽独自イベントの参加者は300人以上
 トヨタは11月下旬、欧州法人の拠点があるベルギーで年末恒例のメディア向けイベント「KENSHIKI(見識)」を開いた。トヨタはこの数年、欧州の主要な自動車ショーに出展せず、「独自イベント」で新型車をアピールしている。イベントには欧州各国から300人以上が集まった。全体のプレゼンテーションで記者の前に並べたコンセプト車を全てEVとし、トヨタの本気度を示した。

 欧州は世界の中でも特に環境意識が高い。欧州連合(EU)は2035年にエンジン車の新車販売を原則禁止とし、イギリスもそれにならう。それまでに、EVと燃料電池車(FCV)を合わせたZEVに置き換えなければいけない。トヨタは得意とするHVやPHVの技術を磨きつつ、EV化比率を段階的に高める戦略を描く。高級車ブランドのレクサスは2035年にEV専門となるが、欧州では5年前倒しでの実現を目指す。

トヨタ自動車が開いたイベント=11月29日、ブリュッセル(共同)

 ▽マルチパスは「トヨタだからできる戦略」
 一部で「トヨタはEV化に出遅れ、欧州で苦戦している」というイメージが持たれているが、足元の販売は好調だ。欧州自動車工業会によると、欧州全域の2022年の乗用車登録台数が前年比4・1%減の約1130万台と落ち込む中で、ブランド別で「トヨタ」は7・6%増え、フォルクスワーゲンに次ぐ2位に躍進した。

 他のメーカーが部品の半導体不足からの生産回復に手間取るのを尻目に、安定供給に筋道をつけたためだ。さらにガソリン価格の高騰も追い風となった。燃費性能の高いHVやPHVの人気が高まり、マルチパスウェイ戦略が奏功した。

 自動車業界の関係者は「マルチパスウェイはあらゆる方面に継続的に投資するのでお金がかかる。規模の小さいメーカーはEVに全力投球しなければならず、資金力のあるトヨタだからこそ取り得る戦略だ」と解説した。

トヨタが開いたイベント=11月29日、ブリュッセル(共同)

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