トヨタカップ史上最高の名勝負から38年! 名手プラティニのスーパーボレーに国立の6万大観衆が熱狂した【コラム】

アジアを代表して浦和レッズが出場するFIFAクラブワールドカップ2023が、12月12日から22日にかけてサウジアラビアで開催される。
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クラブレベルでの世界チャンピオンを決める大会だ。これには1960年から2004年まで実施されていたインターコンチネンタルカップという前身の大会があり、欧州と南米のクラブ王者が事実上の世界一を懸けて対決。そのうち1981年から2004年に日本を舞台に開かれてきたのがトヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップ(略称:トヨタカップ)。38年前の今日に行なわれた第6回大会は、それまでのインターコンチネンタルカップ史上最高ともいわれる素晴らしい試合だった。

この日、曇天の国立競技場のピッチに立ったのは、欧州代表のユベントス(イタリア)と南米代表のアルヘンティノス・ジュニオルス(アルゼンチン)。ユベントスはこの年5月の“ヘイゼルの悲劇”が起きた欧州チャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)決勝でリバプール(イングランド)を破り出場権を獲得。一方、アルヘンティノスはコパ・リベルタドーレス決勝でホーム&アウェー、プレーオフの3戦に渡るアメリカ・カリ(コロンビア)との激戦を制し、東京行きの切符を勝ち取った。

戦前の予想では圧倒的にユベントスが有利。それはそうだろう。フランス代表のミシェル・プラティニがエースで、デンマーク代表のミカエル・ラウドルップ、イタリア代表のガエタノ・シレア、アントニオ・カブリニらを擁し、飛ぶ鳥を落とす勢いの強豪だ。かたやアルヘンティノスはサッカー強国のチームとはいえ、お世辞にもビッグクラブとはいえない存在。国際的に実績を残していたのは、アルゼンチン代表として1978年のFIFAワールドカップ優勝に貢献した右サイドバックのホルヘ・オルギンぐらいである。

ところが、意外にも後半に均衡を破ったのは、劣勢を予想されたアルヘンティノス。ユベントス守備陣の間にぽっかり空いたスペースを突いて、55分にカルロス・エレロスが先制した。その8分後、ユベントスはプラティニのパスを受けたアルド・セレナがペナルティーエリア内で倒されPKを獲得。これをプラティニが落ち着いて決めて、同点に追いついた。

その後、大会屈指の名シーンと語り継がれるスーパープレーが生まれる。浮き球のパスを受けたプラティニが胸でコントロール。右足でさらに浮かせて相手をかわし、ボールが落ちる前にすかさず左足を降り抜くと、見事にゴールネットを揺らした。だが、この芸術も味方にオフサイドがあったとして得点は認められず。プラティニは片肘をついて芝生に横たわり、判定に納得がいかない表情を浮かべた後、ドイツ人のフォルカー・ロート主審に皮肉の拍手を送った。

試合は75分にアルヘンティノスがリードを回復。新進気鋭のエース、クラウディオ・ボルギのスルーパスからホセ・アントニオ・カストロが蹴り込む。ユベントスも負けじと82分、プラティニのパスに抜け出したラウドルップが同点ゴール。スコアが2-2で突入した延長戦は得点が生まれず、GKステファノ・タッコーニが2本を阻止したPK戦を4-2で制したユベントスがタイトルを獲得した。トヨタカップは1981年2月の第1回以来、南米勢が独占してきたが、その流れにくさびが打ち込まれた。

両チームとも、ピッチコンディションの悪さを感じさせない高度な技術に裏付けられた攻撃サッカーを前面に押し出し、果敢に相手ゴールを狙い続けた120分間は、国立競技場を埋めた6万2000の観衆、テレビを通して観戦した人々を魅了した。

大会の最優秀選手に選ばれたプラティニは「世界のサッカーのために良い試合ができた」と語った。その脳裏には、半年ほど前に欧州王者を決めるスタジアムで起きた惨劇があったのだろうか。世界60か国以上に放映された試合で、その能力の高さを見せつけたボルギは「力を出し尽くしてこのような結果になったので、晴れ晴れとした気持ち」と潔かった。

文●石川 聡

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