徹底解説!「ベルセルク」にも影響を与えたホラー『ヘル・レイザー』魔道士ピンヘッド誕生秘話からコンドーム大量消費の舞台裏まで

『ヘル・レイザー〈4K〉』© 1987 New World Pictures. All Rights Reserved.

『ヘル・レイザー』が4Kで復活上映

80年代にモダンホラーの流れに鮮烈なスプラッターとエロティックな表現を叩き込み、新風を巻き起こしたイギリスのホラー小説作家、クライヴ・バーカー。彼自身の手によるホラー映画『ヘル・レイザー』(1987年)が今年、4Kレストア版でリバイバル公開される。

『ヘル・レイザー』は、「究極の苦痛と快楽を与える」という禁断のパズルボックスを開けてしまった男が、地獄から戻ろうと足掻いたことによって開いてしまった魔界の扉と、そこからやってくる魔導士達を描いた物語。 内側が鏡張りの箱があり、その中に入った者は異次元に吸い込まれてしまう、という海外の都市伝説「悪魔のおもちゃ箱」から着想を得た“ルマルシャンの箱”を鍵に、肉欲と死、苦痛と快楽を描ききった、スプラッタパンクの開祖であるバーカーの面目躍如、といったホラー映画の傑作だ。

この時点で、バーカーは小説家としてだけでなく、劇作家、ミュージシャンなど多彩な才能を示していた。映画もその中の一つだったが、短編映画を数本手がけただけで長編デビューすることになった。これは、自作小説を原作とし、脚本も担当した『アンダーワールド』(1985年)の扱われ方に失望し、自分で監督することにしたのだ。映画化のための物語として「ヘルバウンド・ハート」という小説を書き始め、これが最終的に『ヘル・レイザー』として結実する。

ピンヘッドは脇役だった!? ホラーアイコンの意外な誕生秘話

本作でなんと言っても印象的なのは、圧倒的なインパクトを持つ魔道士たち「セノバイト」だ。苦痛と快楽を司る彼らの見た目は、パンクファッションとカトリック、SM用ボンテージファッションから着想を得ている。本来は彼等の役割や立ち位置、設定などもかなり違っていた。

リーダー的役割のピンヘッド(演:ダグ・ブラッドレイ)も、原作ではだいぶ役割が異なる。まず、リーダーはピンヘッドではなくバターボール(肥満体の魔道士)で、ピンヘッドはそもそも男か女かも描かれていない。この昇格には結構単純かつ意外な理由があり、チャタラー(歯茎が露出した魔道士→中島らも氏命名:カチカチくん)とバターボールにも脚本では台詞があったのだが、特殊メイクに凝りすぎて発声不能になってしまったので、女魔道士フィメールとピンヘッドが主に喋るように変更したのだそうだ。

プロデューサー陣はピンヘッドを『エルム街の悪夢』(1984年~)のフレディ的な軽口キャラか、『13日の金曜日』(『PART2』1981年~)のジェイソンのように無言の存在にしようとした。しかしバーカーは、ピンヘッドの人格はもっと『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)のクリストファー・リーを思い起こさせる、知的な感じを望んでいた。「ドラキュラのなにが怖いかというと、自分のしていることに迷いがないところだ。確固たる知性を持っているから怖い。これは『羊たちの沈黙』のレクター博士にも共通している恐怖だろう」と語っている。

「ピンヘッド」は誰が名付けた? シリーズの方向性を変えた強烈なキャラ立ち

バーカーとブラッドレイはピンヘッドの威厳を表現するため、舞台劇での演技を参考にした。動きやジェスチャーでピンヘッドがその場を完全に支配しているように見せるため、稽古を繰り返した。またその過程で、ピンヘッドたちが元は人間であった等、後のシリーズにもつながる魔道士たちの設定も現場で詰められていった。

もともとブラッドレイは、映画冒頭のマットレスを持ってくる引っ越し業者役とピンヘッドの2役だったが、あまりにハマり役だったのでピンヘッドのみを専門に演じることになった。

ただ、ピンヘッドを演じるのは相当大変だったようだ。メイクには毎日6時間かかり、メイクの付け外しがうまくなったブラッドリーは他の役者の作業も手伝えるようになり、アシスタントメイクアップとしてクレジットされている。撮影中も、黒目のコンタクトのせいで周囲はロクに見えず、拘束衣的衣装は歩くのにも苦労したそうだ。

それだけ苦労したというのに、完成披露パーティーでブラッドレイは門前払いを食わされそうになった。皆にメイクなしの彼の素顔を知られていなかったからである……。

そもそもの話だが、実はブラッドレイのキャラは脚本には「プリースト=司祭」、ないしは「セノバイトリーダー」としか書かれていない。ピンヘッドは単なるあだ名で、一説にはメイキャップが付けた名前だと言われている。作中でその呼称が用いられるようになったのはバーカーが離れた『ヘルレイザー3』(1992年)以降で、バーカー自身はこの呼び名を嫌っているそうだ。実際、彼の手がけたコミックなどではピンヘッドではなく「司祭」の呼び方を使っている。

また『ヘル・レイザー』制作中に、すでにバーカーが構想していた『ヘルレイザー2』(1988年)では、『1』でもその妖艶さを発揮している悪女、ジュリアが悪と快楽の女王としてさらに活躍する予定だったのだが、あまりにピンヘッドがキャラ立ちしていたので、そちらに方向転換したという。バーカーとブラッドレイは、シリーズの方向性を変えてしまうほど強烈なキャラの造形に成功したのだ。

余談だが、ジュリア役のクレア・ヒギンズは大のホラー嫌いで、いまだに本作を見たことがないそうである。

今見ても恐ろしい“肉体復活”SFX「ほかの映画で見たことのないシーンを作りたい」

実は『ヘル・レイザー』はかなりの低予算で、余裕のない状態で撮られている。確かに舞台はほとんど1軒の家、それどころかたいていのことは2階の1部屋のみで起こる物語展開になっている。さらにコストを削減しようとしてくる映画会社に対し、現場スタッフは知恵と熱意で作品を作り上げていった。

ピンヘッドがヒロイン、カースティーの頭上にヌッと登場するシーンは実は非常に原始的で、ブラッドレイがシーソーに乗り、反対側にスタッフたちが乗って持ち上げてバランスを取っているという驚きの撮影方法だ。

もちろんピンヘッドたちのメイクも印象的だが、この作品でのもう一つの特殊撮影の見所は、ボックスによって肉体を失ったフランクが、犠牲者の血を得て次第に失った肉体を蘇らせるシーンだろう。もともとはフランクの顔が壁に浮き上がりしゃべる、という感じでパペットで撮影するつもりだった。しかしSFX班は「ほかの映画で見たことのないシーンを作りたい」と奮起し、あのシーンを作り上げた。

異なる温度で溶ける蝋を組み合わせて骨格を作り、それが溶けていく映像を逆回転させ、肉が盛られていく課程を表現。脈打つ心臓や内臓、メーキャップにはローションや潤滑油、コンドームなどを多用することで、ヌメヌメと濡れた感じをキープした。スタッフはそこら中の薬局やアダルトショップでコンドームを買い占めたので、何かそういう大規模な性的な催しがあるのかと勘違いされたりもしたそうだ。

その甲斐あって、このシーンは制作側、特にスポンサーの度肝を抜いた。もともとはカルト映画的な小規模公開の予定だったが大規模公開にプランが変更され、低予算ながら破格の大ヒットになった。実際、今そのシーンを観ても、安っぽさは少しも感じない。低予算や恵まれない現場環境の中でも、バーカーの作り上げた世界観や、スタッフたちの情熱が名シーンの数々を作り上げたと言えるだろう。

世界初! 続編の劇場公開も決定

バーカーは元の脚本ではセノバイトを「悪魔」としていたが、制作中に彼らの立ち位置を「相手にとって天使にも悪魔にもなる存在」という扱いに変化させていく。この解釈をさらに広げたのが続編『ヘルレイザー2』である。

正体不明であった魔道士たちに、人間が「地獄」と呼ぶ監獄的異次元迷宮、そこでの看守、獄卒という役割を与え、世界観を拡大。一軒家を舞台としたホラーだった『1』を、大エピックダークファンタジーホラーへと進化させた。『1』とキャストは共通し、直接の続編としてストーリーは続くので、『1』と『2』セットで観るのもオススメである。なおバーカーは原作等で引き続き関わっている。

ビデオカメラや様々な現世の素材と融合した「仮面ライダー」の怪人的な魔道士が続々登場する『ヘルレイザー3』も、また独特の魅力がある。『1』と『2』は日本では「サイバーパンク・ホラー」として売り出され、「なぜ?」と思ったものだが、今思うと『3』にこそ、その要素があった気がする。これらの続編『2』~『4』は、2024年1月12日(金)より劇場公開される。

『ヘル・レイザー』が日本を含む世界に与えた影響

『ヘル・レイザー』シリーズは、2005年の『ヘルレイザー/ヘルワールド』(未公開)まで計8作のほとんどでブラッドレイがピンヘッドを演じた。長らくリブートされることなく続編が続いたことが、このシリーズの持つ世界観の強さを物語っている。

本作の影響はこれだけにとどまらない。地獄が開いて魔道士たちが現れるあたりは、日本のマンガ「ベルセルク」の魔人集団ゴッド・ハンドが地上に降臨する有名なシーン。あそこはモロに『ヘル・レイザー』風味だろう。このように多くの作品内の魔界召喚系のネタ元になっているはずだ。

また、オンライン対戦ホラー「Dead by Daylight」に貞子やチャッキーなどと共にピンヘッドもゲストキャラとして参戦するなど、これからもホラーアイコンとして活躍することだろう。

残念なことにクライヴ・バーカーの著作は、彼と並んで言及されるモダンホラーの帝王スティーヴン・キングと比べて、あまりにも入手困難である。これは非常にもったいないことだ。特に短編集「血の本」は『キャンディマン』(1992年)『ミッドナイト・ミートトレイン』(2008年)など、多くのホラー映画の原作となった傑作短編を収録している名作であり、『ヘル・レイザー』リバイバル公開きっかけで何とか再販を強く希望したい。パーカー再評価の流れは間違いなくあるはずである。

文:多田遠志

『ヘル・レイザー〈4K〉』は2023年12月8日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー

『ヘルレイザー2:ヘルバウンド』『ヘルレイザー3:ヘル・オン・アース』『ヘルレイザー4:ブラッドライン』は2024年1月12日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋にて日替わり上映、ほか順次公開

【『ヘル・レイザー』ポップアップショップ】
会期:12/8(金)~2024年1/8(月)
会場:OPEN STUDIO〈FREAK’S STORE 渋谷併設ギャラリー〉
(東京都渋谷区神南1-13-1)
営業時間:【平日】12:00~20:00【土日祝】12:00~20:30

© ディスカバリー・ジャパン株式会社