政府が“賃上げ”を激奨するも現実は…誰もが潤い、喜ぶ“賃上げ”を実現するには? 識者が徹底議論

TOKYO MX(地上波9ch)朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG」(毎週月~金曜6:59~)。「激論サミット」のコーナーでは、“賃上げ問題”について専門家を交えて議論しました。

◆賃上げはされるも実感なし!?…その実態は?

政府が経済重視の意向を示すなか、2023年の"春闘(賃金の引き上げや労働条件の改善を目的とした労働運動)”は大手企業の平均賃上げ率3.99%。中小企業が3.00%で約30年ぶりの高水準を記録しました。

しかし、それで人々の生活が変わったかといえばそうではなく、物価変動の影響を反映した実質賃金は、今年9月時点で18ヵ月連続となるマイナスを記録。街頭でも「賃金が物価の高騰に追いついておらず上がった気がしない、それよりも値上げが心配」といった実感の声がありました。

経済ジャーナリストの荻原博子さんは「賃金は若干上がっている。しかし物価(高騰)に全然追いついていない」と現状を分析しつつ、「賃上げは簡単で、保育士と介護士の賃金を上げればいい」と持論を展開。なぜなら、保育士と介護士の給料は国が決めることができ、平均給料が低い両者の給料を上げればそこに人材が流れ込み、そうなると他業種企業はより優秀な人材を獲得しようと給料を上げるから。「そういう競争が起きてこなければ。今のやり方では(給料が)上がった気がしない」と見解を述べます。

「The HEADLINE」編集長の石田健さんは、荻原さんに同意し「特にエッセンシャルワークに該当する職種は積極的に手を入れていくべき」と言いつつ、さらには「企業は生産性が上がったから賃上げするのではない」と指摘。

というのも、多くの企業は先々の見通しを立て、期ごとに収支計画を作成しています。つまり、人件費を含むコストとともに売上を考えているため「先にコストが出ることを国なりが示してあげないと。生産性が上がったから賃上げするというシナリオだと(賃上げは)実現しない」と案じます。

ここでNPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星さんからは、この日のゲスト、全国で4万7,000名のメンバーを擁し、良い会社・良い経営者・良い経営環境づくりを目指し自主的に経営の勉強会を行う中小企業経営者の集まり「中小企業家同友会全国協議会(中同協)」の会長・広浜泰久さんに小規模事業者について質問します。

大空さんいわく、日本の企業のおよそ85%は平均社員数3~4人の小規模事業者。大きな割合を占めるわりに大企業に比べ生産性が低い彼らの賃金をいかに上げるかが問題と大空さんは懸念します。

広浜さんはそこにはいくつかの側面があると言います。1つは"価格決定権のある会社になっているかどうか”で「自助努力でそこを目指すことが必要であり、その反面、下請けになるとそれも厳しかったり、(価格の)上限が決められていたりする構造的な問題もある」と解説。

そして、もう1つが"効率化”。これも自助努力で改善できる面はあるものの、企業規模が小さくなるほど儲からず、効率の悪い仕事しかなくなるケースがあり、広浜さんはそうした状況を危惧。改善策としては、やはり自助努力を行い改善していくこと。さらには構造的な問題に対し、「私たちが政策提言していかないといけない」とも。

対して、大空さんは他の方法を提案します。それは他社との"協業”。「今の日本は会社を倒産させまいとする意識が強く、とりあえず企業を守ることが最優先になっているが、例えば1つの企業でうまくいかないのであれば、他と一緒になる、協業する。そのマインドは現場ではどうなのか?」と再び問いかけると、広浜さんは「昔に比べればM&A;などに対する(企業の)抵抗感はだいぶ少なくなってきた。お客さん・社員を守るという意味では継続を模索するのもありだと思う」と同意します。

◆賃上げが重荷に…中小企業経営者のリアルな声

世間で賃上げが叫ばれるなか、それが重荷になっている企業もあります。採用専門のコールセンターをしている中小企業「経営支援」では、今年4%以上の賃上げを実施しましたが、同社の茶谷社長に話を聞いてみると「自己防衛としての賃上げという意味合いが強い。業績が上がったから還元しようというのではなく、世の中の賃上げムード、世の中との比較で、採用時に従来の最低募集賃金では反応が悪くなってきた。そこで最低賃金を引き上げれば、内部との賃金差をカバーしないといけないので、賃金を上げざるを得ないという図式になっていきます」と苦しい内情を吐露。

また、賃上げに伴い取引価格の値上げ、価格転嫁を余儀なくされましたが、それを飲んでくれるところもあれば、そうでないところもあり、取引がなくなった事例もあったとし、茶谷社長は「中小企業でも頑張っている企業はあるし、賃金を上げられない企業もある。会社の事情によって異なり、業種・業態によって無理が出てくるところもある。人件費が上がるのであれば、いい意味で全体的な物価も上がり、価格転嫁もスムーズに行われるような政策が必要だと思う」と中小企業経営者の切実な悩みを訴えます。

キャスターの堀潤は「中小企業という主語は大きすぎる。どの産業の何を改善するのか、解像度を上げた議論が必要」とする一方で、中小企業の生産性や効率がなかなか上がらないことに関して、「そもそも儲けが出るビジネスを行っているのか」と見直しの必要性も示唆。

また、日本商工会議所と東京商工会議所が中小企業を対象に今年2月に行った調査によると、今年度賃上げ実施予定と答えた企業は58.2%。うち6割は業務改善が見られないが賃上げする「防衛的な賃上げ」を実施予定だとか。

こうした流れに対し、石田さんはネガティブに捉えられている部分もあるものの、企業は予め計画を立てているとあって「企業の行動としては自然でもある」と言います。加えて、大空さんと広浜さんの間で上がった協業、M&A;は以前に比べて普及してきており「例えば、M&A;に対する税に傾斜をつけるとか、こうしたところに国が政策を打つべきで、法制化などをして後押ししていくことが大事だと思う」と主張します。

荻原さんは、「お父さんの給料が変わらなくてもお母さんの給料が上がれば、それは賃上げになる」とまた別角度からの考えを提示。「日本は"同一労働同一賃金”という法律を作ったんだから、それを徹底しお父さんとお母さんを同じ賃金にすれば家計は潤う」と主張します。

◆会社の最大の負担は法人税よりも"社会保障費”か

岸田内閣の主要政策、分配戦略では「所得向上につながる賃上げ」を掲げています。その具体的な制度は企業が賃上げを行うと法人税、または所得税を控除する「賃上げ促進税制」。大企業は4%以上賃上げをすれば最大25%、中小企業は2.5%以上で最大30%が控除され、この制度による昨年度の法人税の減税額は5,134億円にのぼりました。

そして、この「賃上げ促進税制」を巡り政府与党は法人税を納めていない企業も対象に加える制度を創設する検討中。というのも現在、中小企業の約6割が赤字で法人税を納めていません。そこで黒字になって法人税を納めたときに減税する仕組みを設けるとともに、さらには制度自体の期限を延長する方針です。

一方、税金を管理する財務省は「税制の効果だけを取り出して賃上げ判断への影響を定量的に測ることは非常に困難」と指摘するなど、制度に否定的な見方もあります。

これに関して、大空さんは財務省の考えを支持。「法人税を下げたら国内投資に回るというのが政治の説明で、これはずっと言ってきたが実際そうなってはいない」と言い、むしろ大企業が溜め込んでいる内部留保こそ賃上げに使うべきと主張。「法人税の引き下げなんて議論が起きていること自体がおかしい」と政府の方針に否定的な見解を示します。

経営者の1人でもある堀は、「むしろ重たいのは社会保障費や消費税。賃上げしたいと思っても、あまりにも負担が大きすぎる」と実感を述べ、そこにメスを入れる改善策を望むと、同じく会社経営者の石田さん、大空さんも同意。

石田さんは「一丁目一番地は社会保障費。もう1つはM&A;などまだまだできるアプローチはあるので、そうしたときにメリットが得られることが法人税よりも重要」と所感を述べると、大空さんは「社会保険料が労働者の賃金の抑制につながっているという理論は間違えていないと思う」と言います。

さらに、大空さんはNPOやエッセンシャルワーカーの給料について言及。これは国の審議会や有識者会議に決定権がありますが、その場に該当分野の専門家はいるものの雇用の専門家がいないことを疑問視し、「意思決定をするプロセスのなかにそもそも賃上げが必要だというマインドが届いていない」とその構造の改善を望みます。

◆今後賃上げを実現していくためには?

最後に、今後どのようにして賃上げしていくべきか、コメンテーター陣が提言を発表。大空さんの意見は"最低賃金全国一律引き上げ”。引き上げと同時に一時的な混乱があるのは覚悟の上、韓国では過去に一時的に失業率が上がりましたが、その後は確実に生産性が向上しているとあって、「猛烈な反対があるのも事実だが、賃上げというのは生産性の向上のマインドを作っていくことは間違いない。国ができる政策はまずこれだと思う」と断行を奨励します。

石田さんもこれまで訴えてきた通り生産性が上がってから賃上げするのではなく、まずは賃上げする、大空さん同様の見解を示し、その上で"社会保険料と企業統合”を重視。「生産性が上がる前に、先に統合すれば自然と上がる、賃上げしたら自然と生産性について考えるようになる、そうした意識がもっとされていいと思う」と自身の考えを述べます。

荻原さんは改めて"真の同一労働同一賃金を”と訴え、広浜さんは「中小企業で働いている皆さんの社会的地位が高くなり、それに見合った待遇にないといけない」と"賃上げできる良い会社づくり、良い環境づくり”を切望。今回の議論を総じて堀は「まだまだこの政策について当事者の声が国会で反映されていないんじゃないか」と以前にもまして危機感を募らせていました。

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<番組概要>
番組名:堀潤モーニングFLAG
放送日時:毎週月~金曜 6:59~8:30 「エムキャス」でも同時配信
キャスター:堀潤(ジャーナリスト)、豊崎由里絵、田中陽南(TOKYO MX)
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/morning_flag/
番組X(旧Twitter):@morning_flag
番組Instagram:@morning_flag

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