暴力を受けて“加害者”に「なる人」と「ならない人」 “刑務所”取材続けた映画監督が問う受刑者の更生のあり方

映画『プリズン・サークル』より“対話”を行う受刑者ら(©️Kaori Sakagami)

日本の刑務所を初めて撮影したドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』のアンコール上映が、シアター・イメージフォーラム(東京都渋谷区)で12月2日より始まった(終了日未定)。

日本で唯一、受刑者の再犯防止に向けた更生のための独自プログラム「TC(セラピューティック・コミュニティ)」が導入されている、官民協働の刑事施設・島根あさひ社会復帰促進センターに密着した本作。受刑者が対話を重ねることで、犯した罪と向き合い、「なぜ自分は今ここ(刑務所)にいるのか」を表現するための言葉を獲得していくまでの過程を映し出す。公開から4年たってなお、全国で自主上映やアンコール上映が行われるなど熱い支持を集めている映画だ。

日米の刑務所の取材を続け、今年10月には書籍『根っからの悪人っているの?』(創元社)を出版した本作品の監督・坂上香さんに、塀の向こうで暮らす「加害者」とはどんな人物なのか、日本の司法や刑務所で足りていない「更生」への取り組みはあるのか話を聞いた。

「被害者」の行きつく先

──坂上さんが『プリズン・サークル』を撮影したきっかけ、刑務所に興味を持った理由を教えてください。

坂上:刑務所よりも先に関心を持っていたのは「暴力が人に与える影響と、それをいかに断ち切ることができるのか」ということでした。その取材をしていく中で、すさまじい暴力を受けてきた人たちが「行きつく先」に刑務所があると気づかされて、刑務所にカメラを持ち込むまでになりました。

日米の“刑務所”の取材を続ける坂上香監督(弁護士JP編集部)

──暴力を受けてきた「被害者」の行きつく先が刑務所だった?

坂上:はい。「加害者」といわれる受刑者たちの話を丁寧に聞いていくと、彼らも出発点では「被害者」だったことが多いです。もちろん暴力を受けたからと言って、みんなが加害者になるわけではなく、統計や調査では加害行為に走る被害者は大体2~3割だと言われています。でも2~3割だって多いと私は思うし、加害行為に出なくても、病気や障害を抱えるとか、他にもいろんな形で暴力の弊害は現れています。人はある日突然暴力的になるのではなくて、生きていく中で「暴力」を学び取って行くんだということを、取材の中で痛感しました。

──「自分も虐待など暴力を受けて育ってきた」という人が、犯罪者になった人に対して「弱い」「甘い」と批判することもあります。こうした意見については、どう思われますか。

坂上:私もそこそこ大変な目に遭ってきたので、受刑者の話を聞きながら「私も同じような目に遭ってた」と思うこともあるんですよ。でも、私には映像があったし、教育を受けられていたし、盗まなくても生活していける環境を親が作ってくれたし、なんのかんの言って、大変な時は助けてくれる人がいました。これは私の感触ですけど、刑務所にいる人たちは、出発点からそういう助けてくれる人がいないことが多いです。

──加害者になってしまう人と、ならずに生きていける人の違いは、周囲の「環境」が大きいということでしょうか。

坂上:もちろん犯罪に至るケースは一人一人違うので、簡単に原因は何ですとは言えません。ただ、共通して感じさせられるのが、周りにどういう人たちがいてくれたのかということ。助けてくれたり、理解してくれたり、寄り添ってくれるとか、そういう人たちがいるかいないかはすごく大きな違いだと思いますね。特に、子どもの時に安全な環境があったかないかは本当に、大きいと思います。人を信頼できずに育つと、助けてくれる人が現れてもうまくいかないことがありますから。

「犯罪をしなくなる」は更生の一要素

──日本では近年、少年法改正(有期刑の上限が懲役15年から大人と同じ30年に引き上げ)など刑事事件における罪の厳罰化が進んでいます。加害者の更生について、どのようにお考えですか?

坂上:一般に更生・矯正は、刑務所に来た人が犯罪をしないで生きていけるようにするというのが目的だと思うんです。だけど、私が取材しているアメリカのTCでは、犯罪をしなくなるのは、更生のひとつの要素でしかありません。

TCは犯罪をしない人間にするのではなく、人間として成長し続けるのを目的としていて、更生ではなく「ハビリテーション」と呼ばれています。リハビリテーション(再び適した状態になること)の「リ(Re/再び)」を取って「ハビリテーション」。犯罪など間違った生き方を選んでいた状態に戻すのではなくて、今までの生き方を見直して、新たに作り直さなくちゃいけない。更生は刑務所で終わるわけじゃなくて、ずっと続いていくわけです。その人が生きていく限り。

©️Kaori Sakagami

──TCでは具体的にどのように「ハビリテーション」をするのか、『プリズン・サークル』でも描かれていますが、改めて教えてください。

坂上:対話を通して、ハビリテーションをしていくという感じですね。

TCを取材していると、「語る」ということは人間を豊かにすることだと感じます。犯罪をした人だけじゃなくて、人間がつながり合うためには、語り合うこと、対話が基本だと思うんです。でも相手を信頼しないと大切なことって話せないじゃないですか。なので、TCでは対話をするために、「サンクチュアリ」と呼ばれる、安全な場を用意する。と言っても、「人の話をばかにしない」などの約束があるだけで、誰かが語ったことに対して、なんでもOKと肯定するわけではありません。

アルコール依存症などの自助グループでは、誰かが語ったことにコメントしちゃいけないという非介入の原則がありますが、TCではみんなコメントします。もちろん首を傾げたくなるコメントもありますよ。特に最初の頃は、説教くさいコメントもあったりします。説教とか批判にしか慣れてないから、そうなっちゃうんでしょうね。でも、いろんな人の語りを聞き、自分の語りが誰かに受け止められる経験を重ねるうちに、「そういう風に受け止めるんだ」と他の人の受け止め方も学ぶ。最低6か月、長い人で2年ぐらい、そうやって良い人間関係を築く方法を学びます。

──日本の刑務所でTCが行われているのは現在『プリズン・サークル』の舞台となった1か所だけですね。すぐに多くの施設にTCを導入するのは難しいと思いますが、坂上さんが刑務所や少年院に求めていることはありますか?

坂上:まず、施設の中をもっと社会に近い形にしてほしいです。

私は少年院でワークショップをしているのですが、彼らは話す時、教官に対して「先生、しゃべってもいいですか?」と全部許可をとるんです。少年院ではプライバシーの保護とかいう理由で、年齢も学年も、出身地も、家族のことも、犯した非行も少年同士でしゃべっちゃいけないから。

でも、外の社会で話す時にいちいち許可を取っていたら、普通に生きていけないじゃないですか。社会ではいろんなことがあって、だまそうとする人や厳しい人だっている。外ではそれに対応しなきゃいけないんです。刑務所や少年院の中でこそ、彼らは語り、人間関係の築き方を学ぶべきだと思います。刑務所の中では号令かけて沈黙させておいて、外に出たら自立して、まともに生きなさいという今の対応は矛盾しているし、逆効果だと思います。

©️Kaori Sakagami

被害者支援「伝達制度」への“不安”

──12月から、被害者支援の一環として、申し出のあった被害者の思いなどを刑務所・少年院の職員が聞き取り加害者に伝える伝達制度(正式名称「刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度」)が開始されました。この制度に期待や不安はありますか?

坂上:被害者対応を迫られて、取りあえず伝達制度を作ったように見えて不安ですね。そもそも加害者の更生・矯正を担当している職員が、被害者の支援(伝達制度)まで引き受けるのは立場的にも難しく、被害者支援の機関を専門に作るべきだと思います。加害者が責任をどう取るかということと被害者のケアは、分けて考えないとダメでしょう。

──被害者へのケア・支援というと、具体的にどうした体制が必要だと思いますか。

坂上:日本は、被害者に対する財政面の支援が手薄すぎます。特に生命・身体犯の被害に遭った人や深刻なトラウマ(心的外傷)を負った人は、生活も立ち行かないわけです。被害者が生きていくために最低限必要な支援をスムーズに受けられるなど、そういう体制をまずは整えてほしいですね。そして、精神面でも迅速にケアを受けられ、回復していかなければ、被害者はその先に進めませんから。そもそも、司法が犯罪被害者にできることには限界があり、さまざまな側面での多角的、かつ長期的支援が必要です。

──財政的、心理的な支援が手薄のまま「伝達制度」だけあっても不安が残るということですね。

坂上:今回の伝達制度は、職員が間に入って、被害者の言ったことを受刑者に伝える、もしくは、それを聞いた受刑者の言葉や状態を被害者に伝えるという“伝言”です。

たとえばお子さんを殺された被害者が、ケアされていない段階で、怒りを抱えたままに「加害者に殺してやりたいって伝えてください」って言ってきたら、どうするか。多分、現場は言わないですよ。そういう意味で表面的だと思います。

それに、さっきも話した通り、刑務所や少年院で、加害者は「沈黙」をさせられている訳です。表現力だってないし、いきなり被害者からとメッセージを伝えられても、彼らは何も言えなかったり、おざなりな返答しかできないんじゃないか。ひどいことを言ってしまい、被害者にさらに2次被害を与えてしまうかもしれない。

一方、海外では、修復的司法(被害・加害の当事者による対話)の実践が行われてきています。加害者と直接対話することが被害者の回復に役立ったり、被害者の気持ちを聞くことが加害者の心からの反省につながったというエビデンスもあります。実は、映画の中にも、修復的司法に基づいたロールプレイが登場します。ただ、実際には望まない当事者もいますし、当事者による対話を行う際は、時間をかけて、丁寧に準備を進めていく必要があります。そういう点からも、まずは矯正の現場に「対話」を根付かせてほしいと思いますね。

■坂上香(さかがみ かおり)
ドキュメンタリー映画監督。NPO法人「out of frame」代表。一橋大学客員准教授。
劇場公開作品に『ライファーズ 終身刑を超えて』(04年)、『トークバック 沈黙を破る女たち』(13年)。著書に『ライファーズ 罪に向きあう』(みすず書房)、『根っからの悪人っているの?』(創元社)など。

■映画情報
『プリズン・サークル』
監督・製作・編集:坂上香
撮影:南幸男 坂上香
録音:森英司
アニメーション監督:若見ありさ
音楽:松本祐一 鈴木治行
制作協力:プリズン・サークル映画製作チーム
製作:out of frame
配給:東風
2019年/日本/136分/DCP/ドキュメンタリー
(C)2019Kaori Sakagami
シアター・イメージフォーラム(東京都渋谷区)でアンコール上映中(12月2日~終了日未定)

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