「意外とガチでやってます」国税局が主催する日本酒コンテストは想像以上に熱い戦いだった 全国の酒蔵が技術の粋を競う鑑評会、車で例えるなら「F1の世界」!?

「酒類鑑評会」で、出品された日本酒を審査する評価員=10月5日、さいたま市

 新型コロナウイルス禍での行動制限が解除されてから初めての年末を迎える。久々の忘年会や、年末年始のお供に欠かせないお酒といえばやっぱり日本酒。その出来栄えを審査するコンテスト「鑑評会」を各地の国税局が開いているのはご存じだろうか。年に1度、酒蔵が持つ技術の粋を集めて競う、静かで熱い戦いをリポートする。(共同通信=助川尭史)

 ▽まるで化学の実験?白衣姿で黙々と審査
 10月上旬、関東信越国税局の鑑評会の審査会場には一合サイズの蛇の目のおちょこがずらりと並び、アルコールの甘い香りが部屋いっぱいに広がっていた。管内の6県から出品されたのは、全国最多の379点。2日間に渡る予選を経て選ばれた165点が、この日審査される。

 国税局と管内各県の技術指導者から選ばれた評価員は白衣を着込み、おちょこからスポイトでとった日本酒を手持ちのプラスチックコップに注いで、鼻を近づけたり口の中で空気を含ませながら転がしたりしてわずかな味や香りの違いを見極める。静かに、淡々と進む光景はまるで化学の実験かのようだ。

「酒類鑑評会」で、出品された日本酒を審査する評価員=10月5日、さいたま市

 「役所がやっている審査だと何か忖度があるかのように思われるかもしれないが、評価員に与えられる情報は目の前の酒だけ。意外とガチでやってるんです」。鑑評会を取り仕切る菅原博栄酒類監理官は笑って話した。

 関東信越国税局の管内には、酒蔵の数が全国1位の新潟、2位の長野に加え、実は全国4位の日本酒生産量を誇る埼玉がある。ほかにも近年民間のコンクールなどで評価の高い群馬、栃木、茨城の北関東3県を抱える激戦区。審査は毎年独特の緊張感が漂うという。

おちょこに入れられた出品酒。審査番号が書かれたラベルが貼られ、酒の商品名は分からない=10月5日、さいたま市

 ▽1日で100点審査、打ち上げはまさかのビール?
 では、評価員はどのような基準で出品された日本酒を評価しているのだろうか。国内唯一の酒の研究機関「酒類総合研究所」(広島県東広島市)に出向経験もある関東信越国税局の荒川晃大実査官に審査過程を解説してもらった。

 まず、出品された日本酒は製法や酒米の精米歩合ごとに「吟醸酒」「純米吟醸酒」「純米酒」の3部門に分かれて審査される。まず見られるのが「外観」。醸造の際に使う器具の金属の色や、ろ過時の炭残りがないかが評価のポイントだ。

 続いてチェックされるのは「香り」。メロンやバナナに例えられる吟醸香やキャラメルのような熟成香などの日本酒独特の香りだけでなく、製造や保存の過程で生じるカビ臭やゴム臭などの好ましくないにおいがあった場合は減点対象になる。

 そして最後は甘みや濃淡といった「味」を感じ取った上で、5段階で総合評価する。各審査員の評点を元に「優秀賞」を選び、この中からトップの「最優秀賞」、次点の「特別賞」と順位付けが行われる仕組みだ。

審査方法を説明する荒川晃大実査官=10月5日、さいたま市

 荒川実査官は「おいしいと思う基準は人によって異なる部分があるからこそ、味や香りの原因を科学的に分析して改善につなげられる指摘をするよう心がけている。作り手の皆さんがガチンコで当たってきているから、評価するわれわれも良い酒造りをサポートしたい」と話す。審査を担当する際には1日で100点以上の日本酒を評価することもあるという。アルコールの影響で評価にぶれが生じないよう、酒は口に含むだけで飲み込まず、評価員ごとにテイスティングの順番を変えているというが「さすがに一日やると心身共に疲労困憊になる。打ち上げの飲み会はもっぱらビールです」とぽつり。審査を離れても、酒への愛情は変わらないようだ。

 ▽なぜ国税が主催?切っても切れないお酒との関係
 ところでお堅いイメージのある国税局が、なぜこうしたコンテストを主催しているのだろうか。背景には、お酒と税の切っても切れない深い関係がある。
 明治時代、酒にかかる酒税は国の重要な財源の一つで、1899年(明治32年)には税目別の税収1位を記録。その後時代が進んでも、安定した税の一つであり続けた。一方、密造酒や工業用アルコールを使った粗悪な酒造りも横行し、健康被害が相次ぐなど社会問題化する事態も発生した。

 対策として国は酒の醸造技術の向上に乗り出すようになり、1911年に日本酒の酒造技術を競う全国新酒鑑評会(現在は酒類総合研究所などが主催)がスタート。各地の国税局の鑑評会はその予選としての位置づけとして始まり、その後独立したコンテストとして発展していった。地域によっては、入賞した蔵の中での順位をつけなかったり、九州、沖縄などでは焼酎や泡盛も評価対象としたりするなど違いもある。

 鑑評会をとりまとめる国税庁の大江吉彦鑑定企画官補佐は「税金を払ってもらう以上、せっかくならおいしいお酒を楽しく飲んでほしい。酒の品質を高めることは、税を課す根拠を強めることにつながるからこそ、国として作り手が切磋琢磨できる場を提供している」と解説する。

鑑評会をとりまとめる国税庁の大江吉彦鑑定企画官補佐=11月22日、東京都内

 ただ、酒蔵の高い技術が詰まった鑑評会に出品される酒は製造量が限られ、なかなか町の酒屋では手に入らない品も多い。結局、消費者の口に入らないのでは意味がないのでは、と大江補佐に疑問をぶつけてみると「車で例えるなら鑑評会はF1なんです」と返答があった。「F1に出ている車は実際に買えるわけではないけど、良い成績を収めるメーカーは基本的な車の製造技術が高く、一般向けにも応用している。お酒も同じで受賞酒が一番おいしいという意味ではなく、酒蔵としておいしいお酒を造れる技術を持っていると思ってほしい」。

 各部門のトップとなる最優秀賞の受賞酒でも、四合瓶(720ミリ)で5千円程度で購入できるものもある。機会があれば車よりは手軽に高い技術を味わえるかもしれない。

 ▽コロナで存在意義考えた…。今年の最優秀賞に輝いたのは

(左から)玉川酒造の「越後ゆきくら」、亀田屋酒造店の「アルプス正宗」、第一酒造の「開華」=11月8日、さいたま市の関東信越国税局

 1カ月以上にわたる審査を終えた11月8日、関東信越国税局で表彰式が行われた。最優秀賞は純米吟醸酒部門が亀田屋酒造店(長野県松本市)の「アルプス正宗」、純米酒部門は第一酒造(栃木県佐野市)の「開華」、吟醸酒部門に玉川酒造(新潟県魚沼市)の「越後ゆきくら」がそれぞれ選ばれた。

 代表としてあいさつに立った玉川酒造の風間勇人代表は、長い新型コロナウイルス禍で思うように酒造りができず酒蔵としての存在意義を考えたという日々をこう振り返った。

 「お酒は飲まなくても命を落とすことはありません。しかし、お酒は人にしか味わうこともできません。楽しい時やうれしい時、つらい時や悲しい時。人の心に寄り添えるお酒を作ることが、私たち酒蔵の役割だと考えました。人の心を豊かに、夢を与える酒造りを追求し、日々精進していきたいと思います」。逆境を乗り越え、技術を磨き続けて栄冠を得た酒蔵に会場からは惜しみない拍手が送られた。

 健康志向の高まりもあり、日本酒の国内の消費量は、ピークだった1970年代の約3分の1に落ち込むなど業界が置かれている状況は依然として厳しい。そんな中でもお酒を楽しく飲める時を待ちながら技術を磨いてきた人々を思い、この冬、杯を傾けてみるのはいかがだろうか。

「酒類鑑評会」の表彰式で写真に納まる玉川酒造の風間勇人代表(左から2番目)ら=11月8日、さいたま市の関東信越国税局

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