ネット回答者は「しっかり」説明文を読んでいるか クラウドソーシングの問題点を技術で改善 明大・後藤専任准教授

適切なテクノロジーを用いれば、実験参加者が文書を読み飛ばして回答してしまうケースを減らせると明治大学情報コミュニケーション学部の後藤晶専任准教授が報告した。インターネットで不特定多数に業務を発注する仕組み「クラウドソーシング」を用いた実験で明らかになった。この技術を発展させると“読み飛ばし癖”がある人に注意を促してトラブルを未然に防げる可能性があるという。

(Getty Images)※画像はイメージです

「第26回実験社会科学カンファレンス」が11月25日と26日、東京都新宿区の早稲田大学で開催。後藤氏は26日、クラウドソーシングの実験方法について講演した。

心理学に限らず、経済学をはじめとした社会科学の分野でも参加者の意思や考え方をデータとして収集する「実験室実験」が行われるようになった。こうした実験は、会場に人を集めたり、アンケート用紙を配布したりする手間やコストが発生するため、手法の一つとしてクラウドソーシングが利用されている。

「課題はあるが、参加者をオンラインで確保できるので大規模な実験を行いやすい。米国ではAmazonのクラウドソーシング、Mターク(Mechanical Turk)を使った実験が行われている」(後藤氏)

学生だけでなく幅広い年齢層の人が、数十円~数百円の低コストで実験に協力してくれるというのは研究者にとって魅力的だが、真面目に回答してくれるかという懸念がある。もらえる報酬が同じであれば、真面目に答えるよりも、適当な態度で労力を最小限に抑えたほうが “得”だからだ。いいかげんな回答が多いと研究の結果がゆがんでしまう恐れがある。

後藤氏はこうした問題を技術的に解決したいと考えて、国内のクラウドソーシングサービスで実験を行った。この実験の参加者らは、パソコンやスマートフォンでアンケート用のページを開き、冗長な言い回しの説明文を読むよう求められた。説明文の下には「さまざまな意見を聞いたり議論したりすることが楽しい」などの設問があり、クリックして「あてはまる」「あてはまらない」などの選択肢で回答するようになっていた。

設問自体は簡単なものばかりなので、長い説明文をわざわざ読まなくても回答できる。しかし説明文には、以下の設問には答えずに次のページに進めという指示が含まれていた。つまり、注意深く説明文を読んだ参加者は選択肢をクリックしないで次のページに進み、説明文を読まなかった、または重要な部分を読み飛ばした人はクリックした後に次のページに進むことになる。この実験で説明文の指示に従ってチェックを入れなかった参加者は61.5%、指示に従わないでチェックを入れた人は38.5%だった。

続いて、文章を段落ごとに強調(ハイライト)する技術「Intro.js(イントロジェイエス)」をアンケート用ページに導入して、同様の実験を実施した。一文一文をクリックして読み進めるので、読み飛ばされにくい仕組みだったという。この実験では、説明文の指示に従ってチェックを入れなかった参加者の割合が20ポイント改善されて81.5%だった。

また、スマホで実験に参加した人はパソコンの参加者よりも読み飛ばす傾向が見られたが、Intro.jsを使うと大きく改善されたという。

文章を読み飛ばされなくなるのは好ましい傾向だが、介入したテクノロジーが実験参加者の回答そのものに影響を与えて、結果が変わってしまうことが懸念される。そこで後藤氏は、お金の分配をめぐる「独裁者ゲーム」の実験をクラウドソーシングで実施。アンケート調査のときと同じように「Intro.js」を使った場合と、使わなかった場合の結果を比較して、ほとんど差がなかったことを確認した。このことから後藤氏は「(Intro.jsは)実験結果に影響を及ぼさないで、実験参加者の理解を促せるだろう」と結論づけた。

こうした成果は研究者の実験室実験だけでなく、社会生活でも役に立つ可能性があるという。長くて読みにくい契約書(電子版)などにIntro.jsのような技術を導入すれば、重要な部分を読み飛ばして、トラブルになることを未然に防げると考えられる。

一方で、技術が悪用されて、重要な箇所を読み飛ばすように仕向けることで、消費者に不利な契約を結ばせようとする者が現れることも懸念されるという。インターネットでは実際に、デザインや言葉の表現を意図的に分かりにくくすることで閲覧者をだまして、自ら不利な契約をするよう誘導する「ダークパターン」が問題になっている。後藤氏は「『あなたは読み飛ばす傾向にある』と伝える」ことで自覚を促し、被害に遭わないようにできるのではないかと考えを述べた。

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