“国鉄岡山” 岡山駅の「平成ゾーン5・6・8番線」に流れ込む、新幹線っぽい「JR四国8000系」の魅力を語りたい!【前編】

JR岡山駅 5・6・8番線に着く列車は「一味違う!」

新幹線を横軸に、山陰・四国を縦軸に、多くの路線が集う「中国・四国地方の交通の結節点」JR岡山駅です。

その在来線のホームは、まだまだ【画像①】のような真っ黄色の「113系」「115系」「特急やくも381系」や、【画像②】のようなタラコ色の「キハ40形」「キハ47形」といった、往年の「国鉄型車両」が次々にやってきます。

そんな物珍しさを味わいたいと、先日も筆者の同期のアナウンサーが、はるはる関東から「国鉄行脚」にやってきたほどです(放送業界、なぜか鉄分の濃い人が各局に一定数いるのです)。

しかし、JRの岡山エリアの魅力は、実はそれだけではありません。在来線のプラットホームが1~10番線とある中で、一部「異色を放つゾーン」があるのをご存知でしょうか?それは在来線の「5・6・8番線」です。

そう、四国方面からJR岡山駅の手前でキュッと単線に狭まった【画像③】のような1本の線路を、【画像④】のような実にバラエティ豊かな列車たちが滑り込んでくるのです。

本州で見られる「超個性派」JR四国の車両たち

ほかの番線が昭和一徹(最近ようやく令和生まれの227系も加わりましたが)である一方で、このゾーンはほぼほぼ「平成生まれ」の超個性的な車両が出揃います。それこそが「JR四国」の車両なのです。

その主力とも言えるのが、南海特急「ラピート」とはまた違う【画像⑤】の「ザ・鉄仮面」マリンライナー5000系。何ならキン肉マンに出てくる「ウォーズマン」とも言えそうな(コーホー)2階建て車両に始まり。。。

「前世紀の近未来デザイン」とJR四国が自ら名乗る【画像⑥】のような8600系。「正面は蒸気機関車」「側面は未来の列車」をイメージしたという、超フシギデザインです。

さらには「ネオジャポニズム」を掲げる【画像⑦】のような2600系・2700系など。。。四国という「島独自の進化」を遂げたかのような、九州のそれとはまた違う、目を惹くデザインの列車で溢れているのです。

そんな中、今回ピックアップしたいのは「抜群に可愛らしい」8000系です。はてさて、どんな車両なのでしょうか?

今回の主役「8000系」はなんか、かわいい

【画像⑧】が、そのJR四国「8000系」です。この丸みを帯びた流線型のフォルム、先頭の赤色はまるで口角を上げて笑っているかのようなデザイン。。。なんか可愛くないですか?

ちょっと鼻に突くような小洒落たことをいうと、その先頭車両はかつてローマで見た【画像⑨⑩】のようなイタリア国鉄・ペンドリーノ「ETR450型」に通じる丸っこさ&かわいらしさ。

さらに8000系の大きな特長は、松山を発車して1編成で運行していた特急列車が、宇多津で【画像⑪】のように途中で分割して「しおかぜ(岡山行き)」「いしづち(高松行き)」の2編成の特急列車になるというところです。

まるで、胴体を切ってもその後分裂して両方の体が生きている、扁形動物門有棒状体綱三岐腸目「プラナリア」みたいな形態!何だか素敵です。

その「分割」した後の、「切られた側」のカマボコのような断面...先頭車両であるにも関わらず、平ぺったい&無骨なところも、何だか惹かれるものがあります。

その2編成が今度は逆に岡山・高松を発車して宇多津駅で合体して、両先頭車両が流線型となり長大編成(とはいえ最大8両)となって松山に向かって走るころも含めて、何だかくすぐられるポイントがいっぱいある列車なのです。

そんな8000系車両は、いつどのようにして誕生したのでしょうか?

貴重画像!まずはディーゼル時代の「しおかぜ」

この、どこかレトロで新しい8000系。歴史を紐解いてみたら、実はもうデビュー30年を誇る車両であることに、個人的にビックリしました。

今回もまた、得意の「RSK映像ライブラリー」から、かつての貴重な映像(画像)と原稿を引っ張り出して、その誕生・生い立ちを振り返ってみるとしましょう。

30年前、8000系がデビューするまではディーゼル車だった「特急しおかぜ」。【画像⑬】は、宇高連絡船最後の日のニュースに映り込んでいた「181系しおかぜ」です。

そしてJR四国が発足し、2年後には【画像⑭】のように水色をまとっていました。

さらに、特急しおかぜは「曲線でも高速走行が可能な世界初の制御付自然振子式特急気動車」【画像⑮】の2000系で長きに渡って運行されます。そして予讃線の全線が電化されることになった1993年に合わせて、8000系は開発されたのです。

まずはその8000系の初登場。。。RSK山陽放送の原稿では、デビュー前の1992年7月3日に初めて姿を現していました。

「8000系」デビューまでは苦難の道のりだった

JR四国さんのご厚意で、8000系のデビューを知らせる当時のパンフレットをお借りしました。

【画像⑯】を拡大して頂ければ分かりますが、「瀬戸内海の疾風(はやて)」という文字が踊ります。さらには「JR四国のイメージリーダー」とも。まさにJR四国の看板を背負うべく生まれた車両だったのですね。

さらに【画像⑰】では「ザ・1990年代前半」の髪型の女性2人が車内で楽しそうに会話。「シャープでスリムな車体」「スピード感あふれるワイドなウィンドウを持ったフロントマスク」...その魅力を十二分に伝えんと、力が入っています。

そして【画像⑱】はマニア垂涎もの。性能・メカニズムをじ~っくりと紹介しています。「ハイパワー・ハイテク電車」という文言にも心躍ります。

そんな「8000系」は、予讃線・高松~松山間の電化全面開業に合わせた【画像⑲】の「試作車両」が作られ、それがいきなり正式デビューの前に岡山・高松~新居浜間を臨時特急「しおかぜ52号」として走ることになりました。

ところがどっこい、この「試作車両」は、岡山までの訓練運転の際に台風に見舞われ児島までしかたどり着けなかったり、別の日には瀬戸大橋上で車両故障のため3時間立ち往生したり。。。

その立ち往生の原因は、当時の原稿によると「1500ボルトの高圧電流が火花を飛ばしてアーク放電した際に出来た、直径8センチのフェノール樹脂製接手の入った2本の亀裂が原因」だったということです(よくこんな難しい原稿をニュースで書いたものです)。

デビュー前には色々あった8000系。【画像⑳】は修理に出された際の悲しき姿です。。。

それでも幾多の試練を乗り越え、1993年3月18日に「JR四国初の電車特急」として正式にデビュー。電車特急として生まれ変わった「8000系しおかぜ」は、高松~松山間をそれまでより23分早い2時間28分で結ぶようになりました。

2004年に大規模なリニューアル→グッドデザイン賞を受賞!

さらに、その11年後の2004年には大規模な車内リニューアルを行い、その際に「グッドデザイン賞」を受賞するなど、「走り続けながら進化していく」という、まさにJR四国の看板とも言える列車になっていきました。

ちなみに今回いろいろと調べて初めて知ったのですが、現在のカラーリングは、外観が
・【画像㉓】のように「赤色」はグリーン車
・【画像㉔】のような「黄色」は指定席
「青色」は自由席
と色分けされているんだそうです。

その後も一部は【画像㉕】のような「アンパンマン列車」になり、筆者もかつて出張で松山に行く際に遭遇。スーツ姿でシートに座りながら「いや、アンパンマンのファンという訳じゃないんです、違うんです、違うんですったら」と、心の中で叫びながら乗った記憶があります。

そして「8000系しおかぜ」は、岡山・高松と松山間を往復し続けてさらに19年。なんとこのたび、令和に入った2023年に「さらなる進化」を遂げることとなったのです。

さぁ、8000系は一体どんな姿になったのでしょうか??

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