GACKT 20年前の初自伝『自白』で明かしていた「白血病の彼女との悲恋」

4年ぶりの主演映画第II弾『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』(11月23日公開)でも話題のGACKT(50)。彼の20年ぶりの続編自伝となる『自白II』(光文社)が刊行された。もともと初の自伝『自白』が発売されたのは03年9月のこと。「神秘のアーティストが初めて明かした謎の半生」が反響を呼び、累計10万部を突破するベストセラーとなった。

03年8月19日・26日発売合併号の本誌インタビューでは、GACKTを“大人”にした20歳のころの恋愛を振り返っている。自伝『自白』にも収録された当時の“自白”を再編集して公開する――。

僕は、怖いのかもしれない。

結婚したとき、思ったんだ。

自分にとって特定の人だと思う気持ちは、絶対に相手には言ってはいけない――と。

言ってしまうと、自分も相手も「モノ」みたいになってしまう――と。

相手を自分の所有物のように思う気持ち。僕にはそれが耐えられない。

独占したと思った瞬間から、人は壊れてしまうと思った。人が変わってしまう。

自分が僕にとって特定の存在なのか、そうではないのか。

そういう括りを気にする女のコに限って、絶対に壊れた。壊れて、イヤなことまでするようになる。留守電に残すメッセージの内容も、回数も、完全におかしくなる。

そのことを問いただしたこともある。でも、そういう女のコは必ず言うんだ。

自分でもやめられない。頭ではわかっているけれど、どうしてもやめられない…と。

独占欲は人を壊す。恋人付き合いをしたせいで、好きな人を壊してしまうということが、僕はとても怖いのかもしれない。

だから、僕は女性に対してかなりキツイことまで、ハッキリと言ってしまう。

たとえば「あなたと1秒でも多く、長く一緒にいたい」ということを熱い思いで言われたとする。すると、僕は、こう答えるはずだ。

「それは、僕にはできない。僕には仕事があって、やらなきゃいけないことが山ほどある。だから、会える時間はほとんどないよ」と。

好きな人と一緒にいることを、いちばん強く願っているんだったら、その相手は僕じゃない。僕にしかできないこともあるけれども、僕にはできないこともある。

僕にしかできないことを、一番に望んでくれるんだったら、それには僕は命をかけて応えてあげられる。

でも、周りの人にはあたりまえにできても、僕にはできないことを強く望むのなら――。それを叶えてくれる人と一緒にいたほうがいい。

独占したい気持ちがわからないわけじゃない。僕だって、独占欲は強かった。異常なほど強かった。それは今も、僕のなかにある。

でも、独占欲は人を不幸にすると知ってから、意志の力で抑えている。自分でコントロールしているんだ。

自分の好きな人が、僕以外の人を好きになったとしても、それは、相手の判断だ。仕方ない。僕よりも、好きな人ができたんだったら、それはそれでいい。その人が、相手にとっては必要なんだから。

でも、だからといって、僕が相手を好きじゃなくなるわけじゃない。僕が相手を好きだという気持ちは、僕の勝手な気持ちなんだ。相手にその気持ちがまったくないのなら、僕は、自分の気持ちを抑えていけばいい。

それが、今の僕の恋愛スタイル。

僕が好きだという気持ちは貫きとおすけれども、相手がそうじゃないことだって、当然ある。それは完全な失恋だけど……。

■彼女のほうから、もうこれ以上は一緒にいられない

とても痛い失恋をしたことがある。20歳ぐらいのときだった。相手は2歳ぐらい年上で付き合ったのは4カ月……。

突然、言われた。

「白紙に戻そう」と。でも、白紙になんて戻るわけがない。

あのとき、僕は、おかしくなった。自分の弱さがあったと思うけれど、笑えるぐらい、おかしくなった。

彼女は白血病だった。付き合い始めてから、それを聞いた。でも、僕たちには関係ないと思った。

彼女が病気だろうと、何だろうと、僕が彼女を好きな気持ちは変わりない。

命にかかわる病気だということもわかっていた。でも、僕が思っている以上に、彼女はもっともっと深く病気のことを、そして、僕のことを思っていたんだ。

そのことを、僕が理解できなかったということが、いちばん大きな別れの理由だったような気がする。

彼女が僕の目の前で倒れることはしょっちゅうあった。僕には、どうしていいのかわからないこともよくあった。

彼女のほうから、もうこれ以上は一緒にいられないという答えを出してきた。嫌いになったわけじゃない。でも、もうこれ以上は一緒にいられない……と。

別れの言葉は、電話だった。僕は彼女に会いに行った。どうしても納得できなかったから。嫌いじゃないのに、別れなければいけない? なぜだ? そんな理由があるのか? そんなの全然わからない。

でも、彼女は、もう決めたことだからとしか言わなかった。彼女の性格はよく知っていた。

決めたことを簡単に覆す人じゃない。僕も、わかったと、言うしかなかった。

どうにでもなれという気分だった。だから、車で無茶をした。

前にも話したことだけど、大破した車を前にして、僕がぼんやりタバコを吸っていると、彼女から電話がかかってきた。「何やっているのよ!」と、彼女に泣かれて、僕は、目が覚めた。そんな自分が心底情けないと思った。僕は、自分のことしか考えられない子供だったんだ。

彼女は、僕と付き合う前にフィアンセがいた。彼は、いつも車で、彼女を迎えに来てくれたという。でも、あるとき、彼女を迎えに来る途中、事故に遭って、亡くなってしまった。彼女は、ずっとそのことを考え、悩んでいた。

好きだと思っている相手が、突然、いなくなるって、どういう気持ちかわかる? あなたに、そんな思いをさせたくない……。

彼女は、一生懸命だった。僕に自分の気持ちを伝えようとした。その言葉の底にあったのは、フィアンセを失った悲しみ、病気と闘い続ける覚悟、そこに潜む死ぬかもしれないという恐怖――。

でも、当時の僕はまだとても未熟で、彼女の真意がわからなかった。そんなの勝手じゃないかと思っていた。だから、車で無茶なんかできたんだと思う。

彼女に泣かれて、僕は彼女を傷つけたことに気づいた。

本当に何をやっているんだ、俺は……。

それから二度と、僕は車で無茶をしない。命を粗末にすることもない。

彼女の近況は聞いている。時々、連絡をとっている。幸いなことに、病気はよくなっているそうだ。頑張っているんだと思う。

表面的な優しさは、世の中には多い。

表面的な優しさで、相手を傷つけないようにしようというんじゃなく、そのときは相手を傷つけてでも、その後、相手が前に進めるんだったら、自分はどう思われてもかまわないというのは、すごいと思う。

長い時間がかかるとしても、最終的に相手はわかってくれるという思いでできる行為。自分が誤解されたとしても相手のことを思い、相手を信頼しているからこそできる行為。相手の背中を押すことに対して、何の見返りも求めていない決断の表れ――。それが、本質的な優しさだ。

そのことを僕は、彼女に教えられたと思っている。

『自白』刊行から20年、今回刊行された『自白II』では波瀾万丈のアーティスト人生を歩んできた彼が50歳となった今、20年の沈黙を破って後半生を振り返っている。遺書を20通書いた活動休止期間の苦闘、主演映画『翔んで埼玉』の舞台裏、個人71連勝中のバラエティ番組『芸能人格付けチェック!』の葛藤、先輩アーティストたちとの華麗なる交流録、実業家として億単位の負債、最後の恋など仕事と私生活を自ら明かしている。

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