“海猿”への道 「他の命を背負って潜る」 海上保安庁「潜水士」育成訓練に密着 バディ=相棒との“絆” 全国から選ばれし保安官のみ参加 過酷な訓練に挑む若者たち 

海の安全を守る海上保安庁の潜水士、通称「海猿」。毎年、呉市で行われている「海猿」たちを育てる厳しい訓練を追いました。

“海猿”過酷な育成訓練 全国から選ばれし者だけが参加

5kgのおもりを持って15分間の立ち泳ぎ。海上保安庁の潜水士を育てる研修では恒例の訓練です。

訓練中のかけ声
「ペースを戻せ!遅れてるぞ!」

溺れかけてプールから引き上げられる研修生も…。

訓練中のかけ声
「上げろって!上げろって。せーの、わかるか?」

研修生の全員がこの課題をクリアできるまで、期間中、何度も繰り返します。

海上保安庁の潜水士は、転覆や沈没した船などに取り残された人の救出や行方不明者の捜索にあたります。

ヘリコプターでの吊上げ救助技術やテロ対策など、高度な知識を身に着けた“トッキュー”と呼ばれる「特殊救難隊」も、潜水士から選ばれます。

潜水士は2人1組 「バディ=相棒」との深い絆

研修生と教官やりとり
「研修生整列よし!」
「休ませ!」
「休め、おはようございます」

潜水士を育てる研修は、呉市の海上保安大学校で年に2回行われます。全国の海上保安官の中から、適性によって選ばれた人だけに参加が許されます。

「松浦、残圧170」「天野、残圧190」

潜水士は2人1組。“相棒”という意味である「バディ」で行動します。松浦晃貴さん(28歳)と天野栞太さん(22歳)は、この研修でバディを組んでいます。

天野栞太さん(横浜海上保安部 巡視艇いず)
「バディで仲良くやってます。」
松浦晃貴さん(徳山海上保安部 巡視艇にしかぜ)
「若い人から力をもらえているので、なんとか頑張れています。」

広島市出身の松浦さんは、21人の研修生の中で最年長の28歳。元々は民間企業に勤めていましたが、潜水士への夢が諦め切れず海上保安官になりました。2度目のチャレンジでこの研修に参加することができました。

松浦晃貴さん
「生きている人も助けられるんですけど、亡くなったご遺族の方の力にもなれることを現場に出てから知って、なお潜水士になりたいという気持ちが強くなりました。」

「お前、2回死んだ」 バディや要救助者の命も背負って潜る

転覆船捜索訓練

この日は、プールに巨大な構造物を沈めて「転覆船の捜索訓練」が初めて行われました。

船内は人が1人やっと通ることができる大きさしかないため、バディ同士で助け合い、背負っている潜水器材を外しながら進みますが…。

索(さく)と呼ばれるロープの扱いに手間取り制限時間を迎えてしまいました。

指導するのは、教官をはじめ現役の潜水士です。

指導教官
「お前、2回死んだ。2回。こんな短い時間で15分の間で2回死んだ、索を離して。索は命綱なんだ、これがないと帰れないだろ。あんなにダラダラにして、本当にそれ、本来の用途で使えるのか?器材を使いこなせてない、話にならない。」

指導教官
「下の区画にバディを置いてきているんじゃないのか?下で何かあったらどうするん?誰がエアをあげるん?誰が助けてあげるん?2人で入っていて。」
「お前しかいないんじゃない?自分のことだけに集中してどうするの。」

海上保安大学校訓練部 馬場遼平教官
「自分の命だけではなくバディや要救助者の命も自分の肩に背負って潜ることになるので、水中で安全に活動することを身に着けることが大事になる。その意識が欠けている場合は厳しく指導しています。」

目指すきっかけは映画「海猿」 バディと常に行動を共に

サービス精神が旺盛でムードメーカーの松浦さんは、いつも研修生の輪の中心にいます。そんな松浦さんでも水中のコミュニケーションには苦労しているそうです。

バディの天野さんとは常に行動を共にして絆を深めています。お互いの印象について尋ねました。

天野栞太さん
「話しやすいというのが第一印象であって、そこからどんどん距離が縮まっていって、そして今、訓練でもお互い助け合って意思疎通ができている。」
松浦晃貴さん
「僕が正直、最年長ではあるんですけど、水泳が得意ではなくて足をひっぱることが多かったので、水泳のコツを聞けたりできる。公私ともにいい関係で休みも一緒に行動したりとか。言いたいことを言えるようにはなっているのかなと思います。(天野さんは)言えてないかもしれないけど…。」
天野栞太さん
「言えてます、言えてます。」

2人とも潜水士を目指すことになったきっかけは、潜水士になる若者たちを追った映画「海猿」でした。

数センチ先が見えない… 海での訓練は研修でも“命がけ”

15m垂直素潜り

指導教官
「隊列を乱すな!」

研修の後半は、実際の海での訓練です。

松浦晃貴さん
「やっぱり歳なので多少は疲れはみなさんよりたまってると思います。
(Q.どのあたりが疲れてる?)
全身バキバキです」

天野栞太さん
「(Q.目はどうしたんですか?)
目はきのう素潜りでマスクブローがうまくできなくて。水圧がかかった状態で潜ってしまったので腫れてしまった。全然大丈夫です。」

深深度潜水訓練(水深30m以上)

海では、天候や潮の流れなど環境が安定したプールとは状況が大きく異なります。特に、深いところの潜水では、昼間でも太陽の光が届かず、わずか数センチ先が見えないことも珍しくありません。

さらに、高い水圧の影響や活動時間の制約など、研修とはいえ命がけの厳しい訓練です。

これは、1つのボンベの空気を2人で分け合う「バディー・ブリージング」。緊急時を想定した技術です。

水上の船員
「連打あり。14分02秒、アンサーする。」

松浦さんたちは索(さく)をうまく使いながら水上の船員と連絡をとり、課題を無事に終えました。

松浦晃貴さん
「潜降索(せんこうさく)が潮で揺れて、急激に深度が変わったりするので、ケガが一番怖いと感じた。」

「車が海中に転落」 訓練最終日・実際の海難事故を想定

指導教官
「本日0800に大学校前面海域にて車両1台が海中に転落するのを釣人が目撃し―」

訓練最終日。課題は実際の海難事故を想定した本番さながらの訓練です。研修生チーム全体で連携して、海に転落した車に見立てた箱を探しだします。

釣り人役の教官
「直進してきて落ちたかなぁ、たぶん。あっちのほうで釣りをしてたからよく見てないんですけど」
研修生
「ポンツーンの右側ということでよろしいでしょうか?」
釣り人役の教官
「ポンツーンてこれ?」
研修生
「あ、はい、こちらから…」

目撃者の証言やブレーキ痕など、さまざまな情報から水中の車が沈んでいる位置を推測して、捜索していきます。

研修生
「要救助者あがった!」
「頭、頭、頭!頭を持って!」
「足すべるよ、すべるよ、気をつけて」

陸と水中でそれぞれが役割を果たし無事に課題は終わったかに見えましたが…。

指導教官
「(要救助者は)ひとりだけだった?」
研修生
「ひとりだけです、確認したのはひとりだけです。」
警察官役の指導教官
「車に何人乗ってるかわからないと釣り人は言ってましたけど―」

車に複数の人が乗っている可能性について考えていませんでした。

松浦晃貴さん
「自分のやった行動ひとつひとつに責任が問われるので、そこは訓練と本番は違うと思います。」

研修生同士のやりとり
「ナンバープレートとかあったら所有者がわかるのでー。」

潜水士は救助された人の身元を確認するための免許証や車検証なども回収。警察や消防が事故の検証をするために、水中での車の位置や向き、ギア位置の確認などを細かく記録しておく必要があります。

研修生同士のやりとり
「貴重品とかあった?」「あった!」

海上保安大学校訓練部 馬場遼平教官
「潜水士として活躍していけば、つらいときや苦しいとき、逃げ出したいと思うときもたくさんあると思うけど、最初に人の命を救いたいと思った初心を忘れずに、己を磨き続けていって欲しいと思います。」

最後は伝統の「教官落とし」 研修生たちの表情は…

研修生
「水面よーーし、オッケーです!」
「2か月間ありがとう~。」

研修の締めに研修生たちが教官たちを次々に海に落とすのが伝統だそうです。

天野栞太さん
「今は達成感も大きいんですけど、現場に出て行くことで不安の気持ちも少しあります。しっかりと高い技術を身につけて、自分のいる船の潜水士たちに少しでも近づけるように努力していきたいと思います。」

松浦晃貴さん
「これほど熱い絆はないなという風に感じます。2か月間ずっと一緒にいたので、さみしい気持ちはあるけど、切磋琢磨していける仲間なので、負けないように頑張っていきたいと思います。」

厳しい研修を終えた研修生たちは海上保安庁の潜水士として全国で活動します。

青山高治キャスター
「本当に厳しい、厳しい世界だというのが伝わりましたが、最終日のみなさん研修を終えた時の、教官の方も含めて、夕日に照らされた表情が、すごいいい顔されてましたね。」

コメンテーター吉宗五十鈴さん
「本当にいい顔されていて、私も惚れ惚れするような…。この企画を見て、また海猿になりたいと思う若い人がいるかもしれないと思った。私も映画の海猿を見てまして、あのときはかっこいいなという感じでしたが、こうやって自分の命をかけて、体力も精神的にもすごくキツい中、訓練を受けて、仕事をされて海を守っている人がいるというのに、すごくありがたいなと思った。」

中根夕希キャスター
「彼らの表情にすごく使命感を感じましたよね。自分の命はもちろんですし、要救助者であったり、バディであったり、そして何が起こるかわからない海の中に入るっていう、あらゆる可能性を考えながら行動することの難しさ、でもだからこそのこの表情だったり、仲間の意識が生まれるんだろうなと感じました。

青山高治キャスター
「吉村さんから惚れ惚れするという話がありましたけど、松浦さん、天野さんはどちらも『トッキュー=特殊救難隊』を目指しているそうで、お二人とも現在、彼女を募集中ということです。」
「でも本当に同じ部屋の研修生同士で情報を共有する意味で、きょう誰が一番怒られたという話を寝る前にしているくらい厳しい世界だったそうですね。」

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