[食の履歴書]お見送り芸人しんいちさん(お笑い芸人)おとんと2人九州旅 幸せの豚骨ラーメン

お見送り芸人しんいちさん

あれは小学校1年くらいだと思います。おとんが仕事で福岡の得意先に1泊で行くというので、僕も旅行がてらついて行ったんですよ。

おとんは大阪で、服飾関係の町工場を経営していました。その頃はよく分からなかったんですけど、うちは裕福じゃなくてね。福岡まで車で行ったんです、新幹線ではなく。

真冬のものすごく寒い日でした。福岡に着いたのは夜も遅い時間だったのに、おとんは事前に泊まるところを探してなくて。現地に着いてから、やっと一つ見つかったんです。チェックインした後、おなかがすいてるから食事しようとしても、ほとんど店が閉まっていたんですよ。夜中の0時を過ぎていたと思います。

大阪から福岡まで何時間かかったかは分かりませんが、2人ともほとんど食べてなかったんです。おとんは缶コーヒーを飲んだだけ。僕もお菓子をちょろっと食べたくらい。

おとんは酒を飲まないので、居酒屋に行くようなタイプじゃないんです。どうしようと思って探していたら、ラーメン屋がありました。

たまたま入った店なんですが、そこで食べた豚骨ラーメンが、ほんとにうまくて。その思い出をずっと大事にしています。

僕は「浪花の中華そば 好きやねん」というインスタントラーメンが大好きで、よく食べていたんですけど、九州の豚骨ラーメンを食べるのはそれが初めて。ちょっと寒かったし、腹も減っていたし、おとんと初めての男同士の旅行だったし。そういうこともあってだと思うんですけど、とにかくうまかった。

僕には姉と妹がおります。たぶん、おとんは男同士ということに、特別な思いがあったんじゃないですかね。一緒にボールを蹴ってサッカーをしてました。これは自分が思っているだけかもしれませんけど、おとんからしたら、3人の子全員がかわいいけど、僕のことを一番かわいがってくれてたような気がします。今になって思えば、スパイクだの練習着だの、子どものサッカーにも結構なお金がかかるんですが、好きなだけやらせてもらいました。

僕もおとんのことが好きで、小学校で「お父さんの仕事」みたいな作文を書く時、喜んで書いていましたね。自慢の父だと思ってました。

福岡での2日目。おとんは得意先に行きました。仕事の間、僕は車の中で待たされました。その間、暇をつぶすように本を1冊買ってもらったんです。前の晩のラーメンと同じく、この本も思い出の品。その後もずっと大事に持っていました。

おとんは毎日毎日、忙しく働いていました。おかんも工場を手伝っていましたが、夕方になると家に帰ってきてご飯を作ってくれました。朝からずっと働いて疲れていたでしょうけど、素早く料理していました。鶏の手羽先を甘辛く煮込んだのが得意で、とてもおいしかったですね。

おとんが帰ってくるのは、10時くらいがざらでした。その頃には、僕はもう布団の中。一緒に晩ごはんを食べたことはほとんどなかったんです。今考えると、おとんは寂しかったんじゃないですかね。子どもたちのいない中で、おかんの料理を食べていたんですから。

大きくなってから、おかんから聞いたんですが、おとんの会社は創業当初からやりくりが厳しくて、ずっと借金を抱えていたそうです。おとんはそれを子どもたちには隠していたんです。そういった暮らしを続けていた中で、息子と男同士で旅をしたかったのでしょう。

僕は去年「R―1グランプリ」で優勝して、その賞金を全部親に渡しました。それで借金が初めてなくなったそうで「今が一番幸せ」と言いながら、仕事を続けています。そんな両親と、改めて思い出に残るような食事をしたいと思っています。 (聞き手・菊地武顕)

おみおくりげいにんしんいち 1985年、大阪府生まれ。ギターを手に、美しいメロディーに毒の効いた歌詞をのせる歌ネタで、人気を集める。田中光さんとのユニット「田中上野」としても活躍。ピン芸人として「R―1グランプリ2022」で優勝した。芸名の由来は、客や先輩芸人を丁寧に見送る姿を見た、事務所先輩のサンドウィッチマン・伊達みきおさんが「お見送り芸」と評したことから。

© 株式会社日本農業新聞