[辺野古刻々]
沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局が海に土砂を投入し始めてから14日で5年。この間、米軍キャンプ・シュワブのゲート前、安和桟橋、本部港塩川地区では、土砂や資材を積んだ数百台のダンプカーの列が日々行き交っている。埋め立てに反対する市民らの姿を見て後ろめたさを感じつつ、「生活のために」とハンドルを握る60代のダンプ運転手2人の複雑な思いを聞いた。(北部報道部・玉城日向子)
宜野湾市の比嘉誠さん=仮名=は、この世界に飛び込んで3年がたつ。前職は15年ほど務めたが、新型コロナの感染拡大で収入が12万円まで落ち込んだ。途方に暮れる中、知人から辺野古のダンプ運転手の職を紹介された。
4人家族で2人の子どもを育てるために「仕事を選ぶ余裕はない」と視線を落とす。仕事は一部の親しい人にしか明かしていないという。
日々、新基地建設に反対し、土砂の搬入を少しでも遅らせようとダンプの前を「牛歩」する市民たちの姿を見ながら、ゆっくりと車を進ませる。「思想や信条は相手の自由だから」と話す。
子どもの時から普天間飛行場の危険性が身近にあった宜野湾市出身の一人として複雑な思いもある。
米軍機の騒音や米軍がらみの事件事故に悩まされる一方、軍用地など基地の恩恵を受けている知人も多い。賛成、反対とくくれない複雑さを実感している。
今はダンプで埋め立て土砂を運ぶ「工事を進める立場」だが、民意を無視して権力で強行する国の姿勢に疑問がある。「自宅の上を深夜まで米軍機が飛び交う生活が“普通”。普天間飛行場を別の場所に移設した方が良い、と思っている。でも、なぜ辺野古が唯一なのか」
名護市の金城武さん=仮名=もコロナ禍でダンプの運転手に転職した一人。以前は、新基地建設に抗議する市民と辺野古のゲート前などに行くこともあった。
「日々の暮らしで精いっぱい。“自分の仕事”として淡々とこなしている」と話す。
埋め立て土砂を載せ、鉱山と搬出現場を3~8回ほど往復する毎日。数百台のダンプがほぼ同じ作業を繰り返しているという。
「こんなに土砂を運んでいるのに、終わりが見えない」。大浦湾側の工事が始まったとしても、いつ基地が完成するのか。想像できずにいる。