医師会のアンケートで発覚!全国病院3割が「救急患者もう診られない…」

救急を閉鎖すれば患者の命が失われる恐れが(写真:アフロ)

「来年4月から施行される“医師の働き方改革”によって、外来で診る患者の人数を減らしたり、救急患者の受け入れを制限せざるをえなくなる可能性が出ています」

そう明かすのは、京都市の中心部にある「京都からすま病院」(病床数99床)事務長の平田研一さん。

この結果、これまで同院のような中小規模病院で受けていた軽症の救急患者が地域の大型病院に集中、医療ひっ迫を招いて、救急車を呼んでも搬送先が決まらない“救急搬送困難事案”が増える可能性もある。

現在、こうした状況が全国で起きており、脳卒中や心筋梗塞など、一刻を争う患者の命が脅かされる事態となっている。

“医師の働き方改革”とは、これまで青天井だった医師の長時間労働を年間「原則960時間まで」と上限規制することで、医師の健康を確保し、安心・安全な医療を提供するための制度(ただし、地域医療に従事する医師や研修医は上限が1千860時間まで)。21年に法案が成立、来年4月から施行される。

労働時間をオーバーすれば、6カ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が病院に科せられる恐れもあるという。

全国の病院に調査を実施した全国保険医団体連合会、事務局主査の岩下洋さんは、こう指摘する。

「医師の長時間労働は医療事故の原因にもなるので“働き方改革”は必要です。

ただ、医師の養成を増やしたり、処遇改善のための十分な対策がなければ、医師が足りなくなり、救急を閉鎖・縮小する病院が増えて患者の命が損なわれる恐れも出てきます」

このような事態になっている背景には、次のような事情がある。

「日本は以前から慢性的な医師不足で、中小規模の病院は、近隣の大学病院等から派遣される“バイト医師”に頼ってきました。ところが、バイトをすると上限時間を超えてしまうので、すでに医師の派遣を見合わせる大学病院が出てきたのです」(岩下さん)

特に、地方は医療崩壊の危機に陥っている。

北海道の北部に位置する士別市立病院(病床数129床)の院長、長島仁さんも、こう苦悩を明かす。

「士別市は、東京23区の2倍弱の面積がありますが、病院は当院だけ。夜勤ができる常勤医も4人しかいないので、休日や夜間救急は、その多くにバイト医師を派遣してもらっていますが、働き方改革により医師が派遣されなくなる恐れがありました」

そうなると、士別市民は20k離れた隣町の病院に行くしかない。

「人口が少ない士別市の場合、夜間救急を利用する患者は、一晩で数人。そこで、仮眠がとれる“宿日直”として労働時間から除外してもらう許可を得ることで、ようやく医師派遣の継続が可能になりました」(長島さん)

ただ、労働基準監督署の許可が下りるまで相当時間がかかった。

「一時は、地域医療を守れなくなる、と気をもみました」(長島さん)

■医師不足の背景には厚労省の“医療費抑制”の狙いが

同様の医療機関は少なくない。報道によると、岩手県立久慈病院は、すでに脳卒中に対応する救急を廃止に。新潟労災病院は、25年度中に廃院になるという。

日本医師会の調査でも、回答を得られた全国4千350の医療機関のうち、約3割が「救急医療体制の縮小・撤退の懸念がある」と回答しているのだ。

さらに厚生労働省が実施した調査では、時間外労働の上限規制を超える医師が多い科として、脳神経外科、外科、産婦人科などが挙がっている。これらの科では、医師が長時間労働をしていたからこそ診療が成り立っていたのだが、医師を増やさないかぎり、来年4月以降は、診療できる患者が減ることになる。

「すでに地域の病院が周産期部門を閉じたため、交通費と宿泊費を支給して遠くの病院で妊婦健診を受けてもらっている自治体もあります。今後は、一刻を争う脳卒中の患者でも、脳外科医がいないために受入れ先が見つからなくなる、という可能性も否定できません」(岩下さん)

こうした状況にもかかわらず、なぜ政府は医師を増やさないのか。

医療制度研究会・理事長で外科医の本田宏さんは、こう指摘する。

「厚労省は、医師不足を認めておらず、あくまで“偏在”(地域や診療科による偏り)が問題だと考えているからです。

しかし、医師の絶対数が足りないからこそ、少しでも負担が少ない科に若手医師が集まる結果になっているのです」

厚労省が医師不足を認めない背景には、「“医療費抑制”のねらいがある」と本田さんは続ける。

「政府は’80年代から、日本は将来、高齢化によって医療費が増大するとして、医療費削減を進めてきました。やがて人口減少で医師があまる、などといって高齢化に見合うだけの医師を増やさないのも医療費削減のためでしょう。日本は、世界一の高齢国家なのにもかかわらず、世界の平均(OECD加盟国比較)より約13万人も医師が不足しています」

とはいえ、医療費増大が国家財政を圧迫しているのも否めないのではないか……。

「それは大きな間違いです。日本の医療費はG7諸国で、下から2番目に少なく、アメリカやドイツのほうがGDPに占める医療費は多い。それでもドイツは、今年日本のGDPを抜いて経済成長を果たしていますし、総所得も上がっています」(本田さん)

次のパンデミックには、さらに多くの人命が失われる、と本田さん。

医師を増やすことは急務だが、個人で命を守る方法はないのか。

「重症化予防をすることが重要です。少しでも異変を感じたら、最寄りのクリニックで検査や治療を受けておくこと。日常的に関係性を持っておくことで、その連携により運ばれた病院でスムーズに治療が受けられます」(前出の岩下さん)

当面は、自衛しかなさそうだ。

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