発展途上国の子どもたちにボールと希望を。香川真司が語る「サッカーが持つ最大の価値」とは?

貧困や紛争、自然災害等により困難な状況に置かれた子どもたちのために活動する世界最大級の子ども支援専門の国際NGOであるワールド・ビジョンが、 世界10カ国の子どもたちへサッカーボールを寄贈する「『キャプテン翼』ボールはともだちNFTプロジェクト」の活動報告を行った。プロジェクトアンバサダーを務める香川真司は、ボールを受け取った子どもたちの希望に溢れた笑顔を見て、何を感じたのか?

(構成=REAL SPORTS編集部、写真提供=ワールド・ビジョン・ジャパン)

『キャプテン翼』×香川真司×ワールド・ビジョンが実現した一大プロジェクト

発展途上国や、戦争や紛争の影響を受ける国には、困難な状況で暮らす子どもたちがたくさんいる。そうした子どもたちに、マンガ『キャプテン翼』のキャラクターが描かれたサッカーボールを届けるプロジェクトが進んでいる。

「サッカーの力で、世界平和を」。

「『キャプテン翼』ボールはともだちNFTプロジェクト」は、『キャプテン翼』のなかで主人公の大空翼がそう訴えるワンシーンから立ち上がった。

NFT(Non-Fungible Token。ブロックチェーンを基盤にして作成された代替不可能なデジタルデータ)を購入することで、購入者はもちろん、発展途上国の子どもたちに『キャプテン翼』の高橋陽一先生が描き下ろしたイラスト付きのサッカーボールが届けられる。今回のプロジェクトはNFT・ブロックチェーン業界のリーディングカンパニーであるdoublejump.tokyo株式会社が企画・運営を担った。

プロジェクトアンバサダーを務めるのは、世界7カ国でプロサッカー選手として活躍し、今年2月にセレッソ大阪に復帰した香川真司だ。香川が社会貢献活動に積極的に携わるようになったのは、欧州でサッカーの価値やプロサッカー選手が周囲に与える影響力を知ったことがきっかけだったという。欧州では、クラブやアスリートによる社会貢献活動が文化として根づいていた。また、1995年の阪神・淡路大震災で被災者となった際、自身が通っていた小学校に三浦知良が激励に訪れ、その格好良さに憧れたことも、サッカー選手としての原点となっている。

「カズさんと出会えたことで、プロサッカー選手に憧れを抱き、Jリーガーになりたいという目標を描けるようになりました」

その思いも、社会貢献活動に力を入れてきた理由の一つだ。「『キャプテン翼』ボールはともだちNFTプロジェクト」は、そうした香川の信念と共に、高橋陽一先生の協力の下、世界最大級のNGOであるワールド・ビジョンの活動基盤を活かして実現したプロジェクトである。

アンバサダーに就任した際、香川は次のようにコメントしている。

「サッカーや『キャプテン翼』が大好きな人々の力で、日本と世界が、そして世界中の国々とあらゆる地域がつながっていくという部分に大きな魅力を感じました」 ワールド・ビジョンは紛争や災害、貧困や格差、暴力や権利が守られていない環境で生きる子どもたちの健やかな生活を支える活動を行っており、世界100カ国で、70年以上にわたって活動を続けてきた。今回のプロジェクトでは、日本事務所であるワールド・ビジョン・ジャパンが活動を行っている37カ国の中から、アジア(フィリピン、ベトナム、カンボジア)、アフリカ(ケニア、ウガンダ)、中南米(エクアドル、エルサルバドル)、中東(イラク、シリア、ヨルダン)の10カ国にオリジナルサッカーボールを届けた。

「サッカーが持つ最大の価値」とは?

イラクでは北部の国内避難民キャンプにボールが届けられ、子どもたちが夢中になってボールを追いかける姿が見られた。その中には少女たちの姿も。8歳の少女がボールを大切そうに両手で抱え、「すてきなボールをありがとうございます。ボールを届けるために日本から会いに来てくれて、とてもうれしいです。キャプテン・マジード(中東での『キャプテン翼』の呼称)が大好きです!」と、カメラ越しに微笑む。現地の支援スタッフからの報告を、香川はうれしそうな表情で見つめ、続けてこう話した。

「(活動を報告する)動画や写真、子どもたちの笑顔を見て、ボール一つで世界中がつながれることを証明する素晴らしい活動だなと感じることができました。世界中にボールを届けていただいたスタッフの方々にも感謝しています」

ワールド・ビジョンの活動は、教育、保健・水衛生、栄養、生計向上や子どもの保護など多岐にわたる。

アフリカのケニアでは、チャイルド・スポンサーシップによる地域開発プログラムを行っているマサイ族が暮らす2つの地域で、96個のボールがおよそ50校の幼稚園や小中学校に届けられ、その際、衛生や女の子の生理に関する啓発活動や用品の配布も行われた。学校では遊具が不足しており、子どもたちがチームで協力することなどを学ぶためサッカーにも力を入れており、子どもたち、そして、教師や保護者にも喜びが広がった。

南米のエクアドルでは、標高3000m以上にあるアンデス山脈の農村地域で先住民が貧しい暮らしをしており、若者たちは定職に就くことができず麻薬やアルコールに手を染めてしまうケースも多い。ワールド・ビジョンは地域開発プログラムの一環として、青少年を対象としたライフスキル(問題解決、対人関係、計画性など生きていく上で必要な知識、技術)教育や親・保護者を対象とした小規模ビジネス支援を行っている。そこに、100個のボールと共に平和と希望のメッセージが届けられた。

厳しい現実や閉塞感に苛まれながら逆境を逞しく生き抜く子どもたちにとって、ボールがどのような希望になってほしいと香川は願うのか。

「戦争を経験してきた国や、今も戦争中の国もあります。その中で生きる子どもたちの気持ちは、経験していない僕にはどうしてもわからない部分があります。ただ、子どもの頃は特に、無心でボールを蹴って遊んでいる時間は本当に大きな喜びや希望になると思うので。それがボール一つでかなうことを願って、思う存分遊んでほしいです。また、そのような環境の中で生きている子どもたちはきっと、毎日生きるために生活していると思います。ただ、その経験は歳を取ったり、成長した時に必ず自分に返ってくると思いますので。夢をあきらめずに、今回のプロジェクトを通じて届いたボールが彼らの大きな希望になって、生活していくパワーにもなればいいなと思います」

エクアドルでボールを受け取った少年から香川に、お礼のメッセージとともに「サッカーが持つ最大の価値はなんだと思いますか? 若者をどのように支えられるでしょうか?」という質問が投げかけられた。香川は少し考えた上で、こんな言葉を紡いでいる。

「やっぱりボール一つでこれだけ世界中の人が一つになれて、熱狂できて、友達になれることだと思います。僕自身、世界中でサッカーをして、いろんな国の選手と仲良くなって、すべてのスポーツの中で一番注目されているスポーツだと感じました。そのことを誇りに思いますし、誰にでも可能性があるスポーツです。 サッカーを始めた頃は世界の情報もなく、ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドのようなビッグクラブでプレーできるとは想像もしていませんでした。その中でも、ボールを追いかけて努力を積み重ねた結果、人としても大きく成長させてもらったし、プレーヤーとしてもさまざまな場所でいろいろな人たちに出会い、タイトルを獲得させてもらいました。一言で言い表せない思いがありますが、そういう経験は子どもたちに伝えていきたいと思っています」

プロサッカー選手のロールモデルとして、若い世代に伝えたいこと

ワールド・ビジョンは、子どもたちの支援をしながら一人一人が社会を変えていくチェンジメーカーやロールモデルになれるように励まし、そのための機会提供もしている。

かつて香川が三浦知良に憧れたように、初めてボールを手にした子どもたちにとって、きっかけをくれた香川は一つのロールモデルになるだろう。日本代表と欧州各国の強豪クラブで輝きを放ってきた34歳のアタッカーは、若い世代に何を伝えていきたいと考えているのか。

「日本代表でもプレーさせていただいた中で、子どもたちから憧れられる存在になれたことを誇りに感じています。人それぞれのパーソナリティや個性を尊重しながらも、自分らしく、サッカー選手として常に誇りを持ってプレーし続けることが大事だと思っています。セレッソの若い選手たちに言葉で経験を伝えることも心がけていますが、僕自身が大事にしているのは、まずグラウンドの上で自分自身を証明することです。それが彼らにとって一つの大きな刺激になるでしょうし、僕自身もサッカー選手としてグラウンドで語らなければいけないものがたくさんあると思うからです。若い世代や子どもたちに夢を与えさせてもらっている身として、どう生きていくか、今も自問自答しながら毎日を生きています」

実際に現地に駐在しながら支援活動に従事し、ボールを届けた日本人のワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフの行動力にも感銘を受けたようだ。

「紛争の影響もある危険な地域で、支援活動をするということは、すごく勇気のいることだと思いますし、僕自身が改めてパワーをもらいました。世界中で日本人の方がそういう活動をされているのは僕も見習いたいですし、機会があれば、僕自身も訪れたいという気持ちがものすごく強いので、今後も一緒に活動していけたらいいなと思っています」

自身が立ち上げたUDN FOUNDATIONをはじめ、さまざまな社会貢献活動を通じて自身の世界も広げてきた香川は、貧困問題や社会課題にも目を向けながら、アスリートとスポーツの価値を高め続けていく。

<了>

「あのときカズさんに出会えたことは僕にとって運命だった」香川真司はなぜ積極的に社会貢献活動に取り組むのか?

家長が贈った優しいパス。貧困でサッカーできない環境は「僕たちが支援するべき」。12人のプロが語る仲間への愛

“サッカーができないほど貧困”は日本に存在するのか? 「リアル貧乏だった」小林悠が語る実体験

なぜ札幌・荒野拓馬は「嫌われても気にしない」のか? フードロス問題に向き合う行動力の原点

アスリートがSDGsに取り組む真の意味とは? 異彩を放つ“スポーツマネジメント”UDN SPORTSと所属アスリートの飽くなき挑戦

[PROFILE]
香川真司(かがわ・しんじ)
1989年3月17日生まれ、兵庫県出身。プロサッカー選手。J1リーグのセレッソ大阪所属。中学入学と同時にサッカー留学し、FCみやぎバルセロナのジュニアユースに所属。2006年、高校卒業前にJリーグクラブとプロ契約した初の選手としてセレッソ大阪に加入。2009年J2得点王を獲得し、J1昇格の立役者となる。2010年にドイツのドルトムントへ移籍。2010-11シーズン、2011-12シーズンのドイツ・ブンデスリーガ連覇に中心選手として貢献。2012年、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。プレミアリーグでも移籍初年度の2012-13シーズンにリーグ優勝を経験。2014年に再び古巣ドルトムントへ移籍。2019年に期限付きでのトルコのベシクタシュ移籍を経て、同年8月よりスペイン2部サラゴサ、2021年1月よりギリシャリーグのPAOKテッサロニキ、2022年1月よりベルギーリーグのシント=トロイデンVVでプレー。2023年には12年半ぶりにセレッソ大阪に復帰し、同年の開幕戦で4662日ぶりのJ1リーグ出場を果たした。日本代表としては、2011年にAFCアジアカップ優勝に貢献。2014年、2018年と2大会連続でエースナンバーの10番を背負いワールドカップに出場している。

© 株式会社 REAL SPORTS