探究活動のテーマ設定 〜高等学校「探究」の現場から その2〜

さて、いよいよ探究活動のテーマ設定を行う時期がやってきました。高校2年生のAさんの学校では、1年生で個人研究、2年生でグループ研究を行うことになっています。「『自分でテーマを決めていい』って言っても、ゲームと部活しか好きなことないし、困ったな・・どうしよう。」「一応、文理選択では『文系』を選んだけど、どの大学のどの学部にしよう。来年は受験だし、もう決めないといけないけど、学部とか将来の仕事とか、想像もつかない。」

このような状態からテーマを決めるのはなかなか大変そうです。Aさんのような生徒が数人集まってグループになったところで、誰もやりたいことがないので全くテーマ設定が進みません。どのようにして進めればよいのでしょうか。

テーマ設定は「始める前から」始まっている

はたして、頭の中に何もない、白紙の状態から探究のテーマがぽっと出てくるようなことがあるのでしょうか?もし出てきても単なる気まぐれにすぎないのではないでしょうか?実は、良いテーマを設定するには、事前の準備が重要なのです。高校生が「大人の世界」との接点を持てるよう、学校・保護者・自治体の援助も必要です。

最も効果が高いのは体験活動です。学校や外部の団体による体験活動をきっかけにして探究活動のテーマを見つける生徒もいます。現場に行くのが大変であれば、講師として社会人を招くのも一つの方法です。

しかし、体験活動の準備は学校側にとっての負担も大きい。そもそも、ありとあらゆるテーマの体験活動を網羅することは不可能です。どうすれば良いでしょうか。

本を読もう

書籍は大人の世界に関する情報を得るための最も大切なメディアです。本の世界であれば、遠くて行けない国にも、過去にも未来にも、さらには地球の外へさえ自由自在に行くことができます。

きっかけを掴むだけであればネットの動画などから入るのも悪くはありません。最近ではYouTubeなどに良質なコンテンツが多数あります。それでも、本を読んで欲しいのです。ネットの動画や記事で得られる知識は尺の短い「断片」がほとんどです。一方、書籍からは体系化され論理の筋道が整った知識を得ることができます。探究活動で真に有用なのはそのような知識です。書籍はそのような知識の習得に最も効率が良いのです。

また、研究・仕事を問わず、「大人の世界」で最も重要な情報は、必ず文字情報として記録・伝達されます。リーディング・ライティングスキルや、書物を通して「知」に親しむ態度の育成は、探究活動のみならず学校教育のあらゆる場面において重視されるべきです。

しかしながら、高校生は、(そして大人も?)あまり読書をしないようです。「全国学校図書館協議会」による調査によると、2022年時点で高校生は一ヶ月に平均1.6冊の本を読んでいるとされています。小学生13.2冊、中学生4.7冊、と比べて圧倒的に少ないのです。児童書から大人の読書への移行がうまく進んでいないのではと推察されます。筆者の探究出前授業では新書を推奨していますが、「新書ってなに?どんな形の本」というところから初めなくてはいけません。探究活動を支えるために、公・民双方での読書環境の充実と支援が求められるところです。

テーマを絞り込む

とにもかくにも、似たテーマの生徒同士でグループを編成します。例として、「医療」に関心のある生徒が集まってグループになったとしましょう。 Aさんは医師を目指していて、遺伝子の仕組みに興味があるようです。Bさんは逆に過疎化の進む地元で今後も医療が受けられるのかを心配しています。Cさんはバスケの部活に夢中ですが、故障に苦しんだ経験からスポーツリハビリテーションに興味を持ちました。3人は興味も意欲もかなり異なりますが、グループ研究ですから、共通の研究課題(テーマ)を設定する必要があります。以下の3つが基本的な条件となります。

(1)興味を持って意欲的に取り組めるか。

意欲(モチベーション)は探究活動を進める上で最も重要です。やる気のない探究はまったく進みませんし、面白くもありません。逆に、ワクワクして取り組めるテーマであれば、生徒たちだけでどんどん進んでいきます。

グループ研究の場合、メンバー一人ひとりの興味・関心や利害が異なります。全員が納得できる落とし所を探っていく必要があります。

(2)社会的・学術的に価値があり、高校生が行う探究活動として適切か。

社会経験に乏しい高校生は、自分たちのテーマが社会でどのような位置を占め、どのような意義があるのかについて無頓着です。そのような目的意識を持つインセンティブもありません。研究者の研究や自治体・企業のプロジェクトとは大きく異なるところです。意義のあるテーマを設定させるには、やはり外界との接点をどれだけ設けることができるか、にかかっていると考えます。研究テーマに社会的・学術的な価値を持たせるインセンティブは、社会・学会の中でこそ自然に発生するからです。

(3)「総合的な探究の時間」の枠内で実行できるか。

どんなプロジェクトにも時間的、金銭的、能力的、地理的な制約がありますが、高校生の探究活動には制約が非常に多い。活動時間は週1~2時間、予算も少額の場合がほとんどです。授業時間内での実施を前提とすると、フィールドワークや外部機関の訪問は近隣に限られます。これらの制約のもとでできることを考えなくてはいけません。

アイデアを生み出す技術

探究活動のテーマ設定は、上述 (1) 〜 (3) の極めて狭い重なりを見つける作業です。自分たちが本当に知りたいことは何か、取り組みにはどんな価値があるのか。自分たちはどんな状況に置かれているのか。これらを明確に把握し、重なりを見出すのは決して簡単ではありません。研究者にとっても決して簡単ではないのです。図形の問題で一本の補助線を見出すようなひらめきが求められます。

こうして、高校生は初めて、テーマを絞り出すという「産みの苦しみ」に直面します。「何をやったらいいかわからない」「テーマが決まらない」という焦りのもと、時間が過ぎていきます。生徒たちが当惑するのも無理はありません。どうすればよいのでしょうか?

現在では様々な「思考ツール」が知られており、それらを紹介した教材が多数開発されていますが、それらの解説は他の専門家に譲ることにします。ここではもっと素朴に、筆者が研究の現場で実際に有効だと感じた方法を紹介します。

(1) ボードで議論する。

情報を整理し、自分たちの進む道を見出すのに最も有効なのは、ボード(黒板もしくはホワイトボード)を用いた議論です。「研究」というと、ひたすら机に向かって、資料を読んだり計算したり文章を書いたり、そんな様子を想像するのではないでしょうか。もちろんそういった作業は必要です。しかし、私が研究で交流した理論物理学者の印象は「ボードで会話するプロ」です。新しいアイデアがボードを介した議論から生まれます。高校生がこれに取り組むには多少の慣れが必要でしょう。グループのうち一人が発表役になり、言葉、図形、式、あらゆるスタイルでボードに書き込んでいきます。他のメンバーは絶えず意見を提案し、議論を深めていきます。

(2) インフォーマルな雰囲気で会話する。

教室や会議室のような場所だとどうしてもフォーマルな雰囲気になってしまいます。良いアイデアは食堂や休憩室など、リラックスできるインフォーマルな場所での会話から得られることが多いのです。昼の食堂で議論が始まり、紙ナプキンに書いた内容から研究が始まる、そんなことも珍しくありません。

(3)歩く

映画やドラマで科学者や探偵が部屋の中を歩き回りながら考えている場面を見たことはないでしょうか。実際、歩くと様々なアイデアが浮かんできます。部屋の中ではなくて外の景色を見ながらが良いようです。歩きながら自問自答を繰り返すと、ぽっとアイデアが浮かんでくることがあります。

新たな価値の創造

「新たな価値の創造」は総合的な探究の時間の重要な目標です。新しいものって、なんだかワクワクすると思いませんか?好きなバンド、youtuber、作家の新作、Appleの新製品。私たちがワクワクするのは、これらが新しい価値を届けてくれるからです。自分がそのような新しい価値の創造者、発信者となったときのワクワク感、楽しさ、充実感は前者とは比べものにならないくらい素敵なものです。探究活動のテーマ設定は、「新たな価値の創造」の入り口です。一人でも多くの高校生が、そして教員も地域もいっしょに、楽しんでほしいと思います。

秋田県立横手高等学校 教諭

瀬々 将吏さん

広島大学理学部物理学科卒業。大阪市立大学大学院理学研究科前期博士課程修了、後期博士課程単位取得退学、博士(理学)。京都大学、慶應義塾大学、台湾大学などの研究員を経て2008年から秋田県の博士号教諭。2020年から秋田県立横手高等学校。専門は素粒子論、超ひも理論。兵庫県立芦屋高等学校出身。

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