駐中国大使が離任…「残した言葉」を東アジアウォッチャーが読み解く

飯田和郎・元RKB解説委員長

2023年も、日本と中国の間にはいろいろなことがあった。そういう中で、日本の垂秀夫・駐中国大使が12月、離任した。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が14日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、垂氏の「残した言葉」を読み解いた。

言うべきことは言うタイプ

年の瀬に、3年間の北京での勤務を終え、帰国した日本大使について話していきたい。垂(たるみ)秀夫さん、62歳。外務省で、中国語を学び、中国を専門に担当してきた、いわゆる「チャイナ・スクール」の外交官だ。

日中関係は今年1年に限っても、さまざまな出来事があった。東京電力福島第一原発から処理水の海洋放出が始まると、中国はこれを「核汚染水」と表現して猛反発。日本を原産地とする水産物の輸入を全面的に停止した。

また、スパイ行為に関わったとして日本人男性が中国で裁判にかけられ、懲役12年の実刑判決が確定した。これは11月のことだ。製薬会社の別の男性社員も、3月からスパイ容疑で拘束されたままだ。日本と中国の間は、あまり「よくない」話題ばかりが続く。

世界どこでもそうだと思うが、このような問題が発生すると、日本の大使は、その国との折衝の前線に立つ。大使館の大きな仕事の一つは、邦人保護。その国に、仕事や学問のために滞在する自国の国民を保護することだ。また、2国間関係において問題が起きた時、大使はその国の外務省から呼び出され、抗議を受けることもある。

日中の場合、これだけ問題が山積していると、垂大使も、何度も呼び出しを受けた。ただ、垂大使の場合は、言うべきことは言うタイプだった。5月のG7広島サミットでは、首脳宣言に「『法の支配』に基づき、国際秩序を維持するため結束を強める」と明記された。明らかに中国やロシアを念頭に入れている。中国は抗議したのだが、呼び出された垂大使は中国外務省の高官にこのように反論している。

「中国が行動を改めない限り、これまで同様、G7として、共通の懸念事項に言及するのは当然。将来も変わらないだろう。こうした懸念事項に、言及しないことを求めるのであれば、まずは中国側が、前向きな対応を行うべきだ」

北京の日本大使館の発表に基づいて紹介した。いまからちょうど2年前の2021年12月、首相を退任した後の安倍晋三氏が「台湾有事は日本、日米同盟の有事だ」と発言した。この時も、垂大使は中国外務省から呼び出され、抗議を受けた。垂大使はこう述べている。

「台湾を巡る状況について、日本国内に、こうした考え方があることは、中国として理解すべきだ。一方的な主張は受け入れられない」

異色のチャイナ・スクール

先ほど、垂大使を「チャイナ・スクール」と紹介したが「異色のチャイナ・スクール」でもある。というのも、赴任地は中国、香港、台湾と中華圏のみ、合わせて7回目。ふつう、外務省のキャリア官僚なら、チャイナ・スクールであっても、欧米などで勤務する。だが、垂氏は中華圏一本だ。

そういう異色の経歴に加え、自ら動いて、赴任先で人脈を築き上げるタイプだ。時として、中国側からは警戒もされてきた。本人も「中国を、中国人を誰よりも知っている」という自負を持っているはずだ。だから、従来の大使にはあまり見られなかった発言も飛び出すのだろう。

それを証明するように、垂大使は北京に赴任する直前、2020年10月に、経済専門誌の『東洋経済』のインタビューを受けている。一部を紹介したい。

「例えば香港問題、南シナ海問題、ウイグル問題などについて、われわれは主張すべき点ははっきり主張していく。そのためには安定した、率直に話し合える関係を構築しておかないと相手にメッセージが届かない。言うべきことは主張する、譲歩できないところは絶対譲歩しない。一方で協力できるところがあれば、協力していく」

「中国共産党が政権党であるとしても、それに批判的な大学教授や弁護士などもいるわけで、そうした意見もしっかり聞いたうえで、中国社会がどの方向に進もうとしているかを理解するのがとても大事だ。そういう人たちに『日本はこういう国だったのか』と再発見してもらう、手伝いをしていくことも必要だろう」

垂大使が北京での在任中の2022年は「日中国交正常化50周年」だったが、やはり日中関係は低空飛行だった。しかし日中間には「戦略的互恵関係」を築いていくという、大きな約束ごとがあるはずだ。

2006年10月、首相に就任したばかりの安倍晋三氏が中国を訪問し、当時の胡錦涛主席との間で決めた、会談後の共同文書の中には「日本と中国がアジアや世界に対して責任を負い、国際社会に一緒に貢献していこう」「共通の利益を拡大し、日中関係を発展させよう」という言葉がある。

実は、垂氏はこの安倍訪中の事務方として、この「戦略的互恵関係」というワードをつくったメンバーの中心にいた。日中関係は政治的な問題が起きると、ほかの分野の交流や協力にまで影響が及んでしまう。それだけに、冷え切った今こそ、この「戦略的互恵関係」の意味を、お互いかみしめるべきだと考えているのではないか。

ジェットコースターではなく普通列車のように

その垂秀夫大使は、北京を離れる前に、記者会見を行っている。

「摩擦や意見の相違は恐れる必要はない。国が違う以上、時には立場の相違や摩擦があるのは自然だ。恐れなければいけないのは、日中間の意思疎通がなくなることだ」

「日中関係は上がったり、下がったりのジェットコースターであるべきではない。普通列車のように、しっかりと安定的な関係を構築すべきだ」

「国が違う以上、立場の相違や摩擦があるのは自然だ」。これで思い出すのは、1972年の国交正常化の時のこと。中国首相の周恩来は、基本原則として「小異を残しつつ、大同に就く」という言葉を残している。

「大同小異」。日本では「小異を捨てて大同に就く」というニュアンスで使われることが多い。だが、中国では少し違う。周恩来が言いたかったのは、「小異」(=小さな相違)は捨ててしまうのではない。ちゃんと違いを理解する。そのことを常に頭に置きながら、乗り越えて「大同」、つまり友好と協力を築こうということだ。垂大使が退任前に残した言葉と、同じではないか。

北京在任3年間を終え、垂氏は、やり残したこともあるはずだが、日本人、それに中国人に伝言を置いていったような気がする。「日中関係を上がったり、下がったりのジェットコースターにしないためにも」だ。今回は、一人の異色の中国大使の離任から、日中関係を考えた。

__◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。__

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田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

出演者:田畑竜介、田中みずき

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