【中原中也 詩の栞】 No.57 「(なんにも書かなかつたら)」(生前未発表詩)

なんにも書かなかつたら
みんな書いたことになつた

覚悟を定めてみれば、
此の世は平明なものだつた

夕陽に向つて、
野原に立つてゐた。

まぶしくなると、
また歩み出した。

何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……

土手の柳を、
見て暮らせ、よだ

            (一九三四・一二・二九)

【ひとことコラム】詩集『山羊の歌』の刊行を終え帰郷していた頃の詩。高杉晋作や坂本龍馬の作ともいわれる都々逸(どどいつ)が使われていますが、「水の流れを見て暮らす」と伝えられる部分が「土手の柳を」と上向きの視線になっており、〈此の世〉との間になお微妙な距離があることを感じさせます。

中原中也記念館館長 中原 豊

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