推し活で“ママ以外”の自分になれた――主婦がオタクのための託児所を開設したワケ

親になったら自分が好きなことは我慢しなきゃ――。

子どもはもちろん可愛いけれど、「私の居場所」がない。育児中のママ・パパの多くが共感する悩みではないでしょうか。

とくに “同人活動”という趣味は一般的に理解されにくいもの。家族に理解してもらっても同人イベントに参加できるまでのハードルは高く、子供を預ける場所がない……。“同人活動”を優先することへの罪悪感もある。

そんな悩みを解決すべく、2016年に設立されたのが、同人イベント専門の託児サービス「にじいろポッケ」です。設立者の四辻さつきさん自身も2児のオタクママであり、「同人イベントに行きたい!」という思いから、にじいろポッケを立ち上げました。

数々の困難を乗り越え、託児所を開設するまでの過程を描いた四辻さんのエッセイ『同人イベントに行きたすぎて託児所を作りました』がコミカライズ。 12月11日に発売された本書の原作者である四辻さんに、推しへの愛で「ママ以外」になれる場所を切り開いていった過程や、子育てとオタ活の両立についてお話を伺いました。

『同人イベントに行きたすぎて託児所を作りました』より/以下同

オタク気質な自分、“ママ友”作りはハードルが高かった…!

──本書では二人の子育てに疲弊しているママ(四辻さん)が、推しと出会い、二次創作に目覚め、キラキラと輝いていく姿が印象的でした。もともと四辻さんは、結婚・出産前にもオタ活経験はあったのでしょうか?

中学・高校くらいまではオタクの友達がいて、オリジナルの漫画を描いたり本を作ったりしていました。大学からは「私も一般人になれるんじゃないか」と脱オタを目指していたので、オタクらしいオタ活をするのは久しぶりでした。

なので、出産当時はオタ活との両立について考えておらず、子育てを真面目に頑張ろうとひたすら育児書を読み込んで勉強していました。でも、それが全然うまくいかなくて。

二人目を産んでから実感したのですが、子供って本当に一人ひとり違うので、育児書に書かれていた「こういうときはこうする」や「子供ってこういうもの」が、全然通じないんですよ。我が家はそれが顕著だったのでとても大変だったし、「私にはできない」と、自己肯定感がものすごく下がってしまいました。

──ママ友を作るのも大変だったそうですね。

「ママ」や「近所」といった接点しかないところから、どうやって仲良くなっていくのかが本当にわからなくて苦労しました(笑)。オタクが定義する友達と、一般の人が定義する友達って違うと思うんです。オタクって、表面的な話しかしない相手を友達認定しない風潮がありませんか?

──確かにその傾向が強い印象があります。

もしかしたら相手は友達だと思ってくれていたかもしれないけれど、私は「相手のことを何も知らないのに友達と言うのか?」と思ってしまって。近所の人たちはよくしてくださったのですが、私は常に気を遣っている状態で、自分の居場所を感じられなかったんですよね。

学生時代は趣味が合う友達と漫画の話で盛り上がることが多かったんですが、それがなくなると「自分じゃなくてもいいんじゃないのかな」という感覚に陥ってしまいました。

推しとの出会いで自己肯定感が回復。好きなものが支えに

──そんな孤独を抱えているときに出会ったのが、推しジャンルだったそうですね。

『おそ松さん』に出会って一気に沼に落ちました。ハマったときの記憶は曖昧で、気が付いたらTwitter(現X)のアカウントを作っていたくらいです(笑)。

──『おそ松さん』のどんなところに魅力を感じたのでしょうか。

ギャグアニメとして単純に面白かったですし、頭を空っぽにして何も考えずに観ることができるところですね。日常の辛さを忘れさせてくれて、子育てに疲弊していた当時の私の心を救ってくれました。

それと当時、社会現象を起こすほど盛り上がっていたので、コミュニティが活発だったんですよ。SNS上でみんなが好きなものを語ったり、二次創作を投稿したりして、自分もそこに入って楽しむことができた。一緒に盛り上がれる仲間がいることが、私の中ではすごく大きかったですね。

──子育てで下がってしまった自己肯定感も、オタ活を通して回復されましたか?

自己肯定感はかなり回復しましたね。子育てって、「子供のために」と思って一生懸命やっても、なかなか思うようにはいかないじゃないですか。とくにイヤイヤ期なんて、ずっと否定されている状態になって、私は自信をなくしたし、「こんなままでは子供も嫌だろうな」なんて考えちゃっていたんですよ。

でも、オタ活をすることで、自分が自分としてやりたいことをやって、書きたいものを書いて、それを読んでもらったり、喜んでもらえたりする。それで自己肯定感が回復するにつれて、「私は私でいいんだ」と思えるようになりましたね。一番つらいときは一番好きなものが支えになるんだということを実感しました。

──オタクに限らず、自分の「好き」に共感してもらえるって素敵ですものね。二次創作を始めたのは、その「好き」や熱量が抑えきれなくて?

もちろんそれもありますが、溜まっていたストレスをぶつけていた面もありますね。当時はストレスを燃料にして書くタイプの人間でした(笑)。ストレスを作品に昇華するみたいな。

書くためにはネタや構成などいろいろ考えることがあるのですが、それを子育て中の「自分のやりたいことができない時間」でやるんですよ。例えば、公園で遊ぶ子供を見守りながら、頭の中ではプロットを立てるみたいな(笑)。それが楽しかったし、ちゃんと自分のために充実した時間を過ごしている感覚を持てるようになるので、ストレスが解消されていきました。

イベント参加への罪悪感も…。友人の手厚いサポートに感謝

──ネット上での活動を経て、実際に同人イベントに参加しようと思ったときの心境をお聞かせください。

最初は記念として本にして残したかっただけなんですよ。オタ活で自己肯定感が回復しつつも、やはり活動することにちょっと罪悪感と言いますか、専業主婦で子育て中&妊娠中の私がそこまでやっていいのか……といった気持ちもあって。だからちょっと刷って、本として形にするくらいなら、バチも当たらないんじゃないかなくらいの気持ちでした。同人イベントに参加することは全然考えていませんでしたね。

そんなときに夫から「同人活動をしている人に話だけでも聞いてみたら?」と紹介してもらったのが、横嶋じゃのめさん(※)という方で。そのじゃのめさんがものすごく強火の方だったんですよね(笑)。
※雑誌の広告営業をしながら同人、商業作品を執筆している漫画家。代表作に「合理的な婚活」シリーズ(集英社)など。

──本書からもその強火具合が伝わってきました(笑)。

普通、初対面の人に「絶対イベントに出た方がいいですよ!」なんて言わないですよね(笑)。でも、そこでじゃのめさんが全力で背中を押してくれたからこそ、一歩踏み出すことができたんだと思います。

──実際に同人イベントに参加されていかがでしたか?

皆さん、本当に温かったです。大きなお腹で参加したら、ビックリされて引かれるかなとも思ったのですが、スタイとかプレゼントしてくださる方もいらっしゃって。じゃのめさんが気遣って万全なサポートをしてくださったので、私は本当に座ってお礼を言うだけで体の負担もありませんでしたし。妊婦でイベント参加って人によりけりだと思いますが、私の場合は素敵な初参加を経験できてすごくラッキーでした。

子どもを預ける場所がない→ないならみんなで作ろう!

──本書を読んでいて一番驚いたのは、「子供を預けられる場所がないからどうしよう」となったときに、「じゃあ作ろう!」という考えに至るまでの速さでした。

私も自分で読みながら、「ここで『ないなら作る』とはならないだろ!」とツッコミを入れたくなりました(笑)。

──同人イベント専門の託児サービス「にじいろポッケ」の設立にあたって、何が四辻さんをそこまで突き動かしたのでしょうか?

当時は「イベントに気兼ねなく行きたい!」という思いが強かったのと、とにかく理不尽さを感じていたんですよね。365日ほぼ毎日、一人で子育てを頑張っているのに、たった一日のイベントに出かけるために、一か月前から夫やお姑さんに頼まないといけない。そしてその日のために、普段は預けるのを控えたり気を遣ったりするけれど、そうやって頑張れば頑張るほど、普段預けていないから、他の人に預けるのが大変になっちゃって……。

その理不尽さが許せなかったんだと思います。もっと普段から気軽に人に預けられていたら、きっとそこまでのエネルギーは生まれなかったかもしれません。

今は風潮が少し変わってきたと思いますが、当時は今よりも「ママがやるのが当たり前」みたいな感じがあったと思うし、自分もそう思っていたんですよね。だからこそ、「もう私が自分で託児所を作るしかない!」という考えになったんだと思います。

──託児所を作ることで、同じような悩みを抱えているママたちに同人イベントを楽しんでほしいという思いもありましたか?

「困っているママを助けたい」というよりも、「困っているならみんなで助け合いましょう」という感覚でしたね。「みんなイベント行きたいですよね? じゃあお金を出し合って託児所作って子供を預けましょう。その取りまとめ、私がやります!」みたいな、助け合いサークルの主催をやるようなイメージ。ちょっとアンソロを作る感覚に似ているかもしれません(笑)。

──オタクならではの例えですが、わかりやすいです!

伝わってよかったです(笑)。「自分が読みたいから、みんなも読みたいでしょ?」で、みんなに書いてもらってアンソロを出す……みたいな感じでやったところがあったと思います。

──もともと起業自体には興味があったのですか?

そうですね。学生の頃にベンチャー経営論やNPO経営論などを学べる学部にいましたし、何か新しいことを自分で始めたいと思って学んでいました。普通は託児所がないなら、夫に子供を安心して預けられるようにするとか、お姑さんの予定を何とか抑えようとするという手もあったかもしれませんが、何か新しいことをやってみたいという思いも根本にはあったのだと思います。

──だからこその行動力だったのですね。

子育てに使うエネルギーとは別の、謎のエネルギーが多分あり余っていたんでしょうね(笑)。子育てが嫌というわけではないのですが、子育てって大半がルーティンワークですよね。毎日子供を遊ばせて、ご飯を食べさせて、歯磨きさせて、寝かせて……といった同じ生活を繰り返すのが、個人的にはあまり得意じゃなくて。刺激を求めるタイプだったからこそ、新しいことに挑戦する方へ思考が向かったのだと思います。

──実際ににじいろポッケを立ち上げた当初は、どんな反応がありましたか?

共感してくださる方が多かった印象があります。もちろん「私はこんなところに預けてまでイベントに行きたくない」というママさんもいましたが、それはその人の価値観ですからね。違う価値観の人を否定するのではなく、新しい選択肢を用意して、その選択肢を取りたい人が来てくれればいいと考えていました。

──「法的に大丈夫なのか?」といった引用RTに対して、個別に返信するのではなく、HPのQ&Aできちんと回答するという対応が上手いなと思いました。

いろいろな炎上騒ぎを見てきたからこその対応ですね(苦笑)。SNS上でのやり取りは文字数が限られるので、こちらの真意を伝えきれないこともありますから。より多くの方にきちんと伝わるように、Q&A方式にして本当によかったと思います。

“オタ活”には人生を豊かにする力がある

──作中にあった野梨原花南さん(※)の「同人は素晴らしい文化だと思ってる。だから胸張っていい」という言葉が、とても印象的でした。

今は「オタク」という言葉も肯定的に使われるようになってきましたが、当時は「オタク」というと、少し卑下する感じのニュアンスがあったじゃないですか。その中で「文化だ」という花南さんの考え方はとても素敵ですよね。

自分だけの趣味ではなく、みんなが共有しているもので、みんなで盛り上がっているもので、受け継がれていくもの──まさに「文化」そのもの。コロナ渦のときに文化は不要不急のものだとされがちだと痛感はしましたが、やっぱりあることで人生を豊かにできる力があると思います。
※少女小説やライトノベルなどで活躍する小説家。代表作に『ちょー東ゥ京』シリーズ、『ちょー美女と野獣』シリーズ(ともに集英社)などがある。

──四辻さんにとって、推しや同人活動はどのような存在ですか?

自分らしくいさせてくれるもの、です。仕事や家事など、生活していく上でやらないといけないことってたくさんあって、さらに子育てとなると、一日の大半が埋まってしまうじゃないですか。そんな中で、好きなものや楽しいなと思えること・時間が毎日少しずつでもあった方が、自分らしく生きられると思いますね。

──子育てをしながら同人活動をする方、同じような悩みを抱えている方に向けて、伝えたいことをお聞かせください。

子育てをしながら趣味を楽しむことに批判的な人が周りにいると、罪悪感を持ってしまったり、悪いことだと思ってしまったりする人もいるかもしれません。でも、自分が自分らしくいることは、けっして否定されるべきものではないですし、自分らしい時間の使い方は絶対にあった方がいいです。

子育てだけ頑張っていると、思うようにいかなかったときに「私はこんなに頑張ってるのに」という思考になってしまいがち。でも、自分の楽しみや自分らしさを持てる時間があれば、「私も好きなことをさせてもらってから、まあいいか」と、いい意味で子供に期待し過ぎないことにも繋がると思います。

「力を入れすぎず、自分を生きることも大事にしていいんだよ」と伝えたいですし、そのささやかなお手伝いをにじいろポッケができればいいなと思います。そして、この漫画を読むことによって「自分らしく楽しむのは、肯定されていいことなんだ」と感じていただければ、嬉しいです。

──最後に、現在の推しを教えてください!

もちろん『おそ松さん』です。最近、6つ子とどことなく似ている犬のキャラクター「まついぬ」のアニメが始まったんですよ。『おそ松さん』は子供と一緒に観るにはエピソードを選ばないと少し刺激が強かったので(笑)、安心して一緒に観られるコンテンツができてすごく嬉しいです。

また、つい最近では某因習村が舞台の映画にドハマりしてしまいまして……。ここにきて新規沼に落ちるとは思ってなかったので、自分でもびっくりです。

人生で何かにハマるタイミングって、本当にわからない。だからこそ、にじいろポッケはいつでも沼ったママ・パパをお迎えできるよう、これからも続けていきたいです!

(執筆:新庄圭)

⇒プロローグと第1話を出張掲載!
【漫画】同人イベントに行きたすぎて託児所を作りました〈プロローグ&第1話〉https://numan.tokyo/feature/g5348qdb/

四辻さつきプロフィール

男児二人の子育てに奮闘中のママ。第一子のイヤイヤ期と第二子の妊娠が重なる中、推しと出会い、勢いで同人活動を開始。第二子出産後、子供が増えて託児の難易度が上がったことから、自身で同人イベント専門の託児サービス「にじいろポッケ」を設立する。

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