エディ・リーダーが歌う「蛍の光」(Auld Lang Syne)を聴きながら1年を締め括り、新しい年を迎える

『Sings the Songs of Robert Burns』(‘03)/Eddi Reader

一年の終わりに聴く歌。…察しのいい方なら、あぁ、あの歌、曲かと分かるかと思う。実際には皆それぞれその場や気分に合わせて選ぶ歌、曲はあるだろうから、“私は今年起こった悲しい出来事が再び繰り返されないように祈りながらベートーベンを聴くことにしてるわ”という人もいれば、“オレは毎年ゴリゴリのメタルで一年を締めるぜ!”という方もいると思う。ともあれ、ここで言う締めの歌というのは「蛍の光」である。その、大晦日から新年へのカウントダウンを中継するテレビなど観ると、英語圏だけでなく、案外この曲は日本を含め、世界各地で歌われている。中でも最も有名なのはニューヨーク・シティのど真ん中、42丁目のタイムズスクエアでのカウントダウン・イベントだろうか。車両通行止めになった一帯に集まった大群衆が紙吹雪の舞う中、「蛍の光」を合唱するシーンを見たことがある方も多いはず。この歌を書いたのは18世紀の英国スコットランドの詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns 1759-1796)という人です。作曲者は不明。今回は彼の詞による歌曲集、エディ・リーダーの『ロバート・バーンズを想う(原題:Sings the Songs of Robert Burns)』(‘03)を紹介したい。

英国の国民的、農民詩人と呼ばれた ロバート・バーンズ

「蛍の光」は原題を“Auld Lang Syne(オールド・ラング・サイン)”といい、元はスコットランドに伝わる、とても古い民謡から来たということはわりとよく知られた話。スコットランドでは今でも国歌のように歌われているそうなのだが、作曲者は分かっていない。現在、一般に知られるものはバーンズが亡くなった後、1799年にジョージ・トムソン (George Thomson )という人が賛美歌を元に作り直したという説があり、バーンズが書いた頃から現在まで、実は随分とメロディーは変遷を重ねているそう。では、バーンズの時代はどんなふうだったのか気になるところ。

バーンズは1759年にスコットランドのエアシャー(Ayrshire )というところにある、アロウェイ村(Alloway)で生まれた。現在でも同地に生家が保存されているが、写真で見たそれは庭師と小作農だった彼の父親が建てたもので、家畜小屋、作業場のほか、居間や寝室が一つ屋根の下にあり、質素そのもの、およそ豊かとは言い難い田舎家だった。

早くから詩作に目覚め(就学はかなわなかったが、教育熱心な父親と家庭教師に教育を受ける)、20代で詩集を出し、世に認められる存在となる。惜しいことに、彼は37歳という若さで亡くなってしまうのだが、生前は地元の人たちや仲間とお酒を飲んだり、気さくに付き合うのが好きだったそう。肖像画を見るとなかなかハンサムで、結婚した夫人との間に5人、その他に私生児が9人もいたといいうから、なかなかのやり手というか、モテ男というか、ウーム…。そんな彼は部屋に閉じこもって詩作に励むという風ではなく、方々に出かけていっては行く先々のパブなどで飲み騒ぐかたわら、農民や老人が歌う民謡を拾い集めて書き留めるなど、スコットランドに昔から歌い継がれていた民謡をせっせと採集していたとも言われている。

彼の詞は現在でもスコットランドのみならず、カナダやアメリカ、世界各地で愛唱されているようだが、読みながらじっくり吟味しなければ理解できないような「詩」ではなく、身辺にころがっている題材を扱い、時には方言も生かし、一読して情景が浮かび、メロディーをつけて口ずさめるような「詞」であるところに、民衆に愛され続けている彼の作品の魅力があるのかもしれない。

「蛍の光」以外にも、代表作としては日本では「故郷の空」の題で知られる「ライ麦畑で出逢うとき」(Comin’ Thru The Rye)の詞も残している(あのドリフターズがヒットさせた♪誰かさんと誰かさんが麦畑〜で知られる歌)。

別れの歌? 再会の歌? 英米、日本で異なる解釈

ちなみに日本でこの曲が歌われるようになったのは、1881年(明治14年)に当時の尋常小学校の唱歌として歌われるようになったのが最初だそう。142年ほど前ということになる。歌詞は本来はバーンズが書いたものがあるのだが、私たちの知る歌詞はそれを下敷きに中国の故事を参考に、稲垣千頴 (いながきちかい/1845-1913)氏が新たに書き起こしたものだとされている。歌詞は本当は4番まであるものの、だいたい2番まで歌われて…ということが多い理由には、3番以降の歌詞には当時の軍国主義を反映した内容のものが書かれているため、第二次世界大戦後は歌われなくなったと言われている。また、日本では大晦日だけでなく、この歌は卒業式や図書館、博物館、百貨店などのお店の閉館・閉店時間を知らせる音楽として使われることも多い。

また、「蛍の光」の歌詞は英米と日本では解釈の大きく異なる点がある。オリジナルのバーンズの歌詞では「再会」がテーマになっていて、懐かしい友達と久しぶりに会い、昔を懐かしみながら乾杯するという内容になっているのに対し、私たちの知る「蛍の光」の日本語の歌詞は「別れ」のニュアンスで書かれているというところが大きく異なる。歌う時の調子も、たとえば動画サイトでこの歌を検索してみると、英国やアメリカなどでは徐々に盛り上げて、陽気な感じになっていく風が見て取れる。どちらが良いというものではなく、一年の終わりというタイミングに対する解釈の違い、感じ方の違いというのが見て取れるのではないだろうか。

スコットランドはもちろんイギリス全土で、毎年1月25日前後にロバート・バーンズの生誕を祝い、バーンズ・ナイト(別の言い方でバーンズ・サパー)という催しがあり、詩の朗読会、コンサートなどが行なわれているそうだ。

フェアグラウンド・アトラクションの リード・シンガーとして鮮烈なデビュー

エディ・リーダー(Eddi Reader)は1959年、スコットランドのグラスゴーで生まれている。18歳頃からストリート・ミュージシャンとして活動していたが、80年代中頃にロンドンに出てバッキングヴォーカリストとしてユーリズミックスをはじめ多くのレコーディングセッションやライヴ、ツアーに参加する。87年にフェアグラウンド・アトラクションの結成に加わり、リードシンガーを務める。1988年リリースのデビューアルバム『ファースト・キッス(原題:The First of a Million Kisses)』からのシングル「パーフェクト」が全英No.1に輝き、日本でもヒットした。バンドはもう1枚アルバムを作り90年に解散し、エディは以降ソロで活動している。中でもアルバム『天使の溜息(原題:Eddi Reader)』(‘94)からシングル「ペイシャンス・オブ・エンジェルズ」が全英5位に入り、翌年のブリットアウォードで彼女はベスト・ブリティッシュ・フィーメイルを受賞する。現在までにコンスタントにアルバムを制作し、日本にもコンサートで度々訪れている。スコットランドやアイルランドの伝統音楽、米国のカントリー音楽などのルーツミュージックの影響を受けた音楽性で知られ、2003年にリリースしたのが、ライフワークのように取り組んでいたバーンズの詞作品を集めた『ロバート・バーンズを想う(原題:Sings The Songs Of Robert Burns)』だった。

この人の歌には気高さ、芯の強さを感じさせながら、どことなく埃っぽさ、土臭さがある。それでいて、決して俗っぽくならず、清々しい。それは英国人(我々はイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドを一括してしまうが)ではなく、スコットランド人なのだという矜持みたいなものから来るのだろうか。そんな彼女がロバート・バーンズを歌う。ケチをつけるところが見つからない出来だ。本作はきっと終生、彼女の代表作として長く位置し続けると思う。

演奏はほぼアコースティックで、ギターのコリン・リードやイアン・カー、アコーディオンのフィル・カニンガム、フィドルのジョン・マッカスカー、他、ケルティック系の手練のミュージシャンが彼女を支える。楽器の音、弦楽器の織りなすアンサンブルの豊かさにも魅了されるだろう。アルバムがニューウェイブ、パブロック系のラフ・トレードからリリースされたのは意外だった。

今年も悲喜こもごもいろいろなことがあった一年でした。別れもあれば再会、出会いもまた…。「蛍の光」を聴きながら、来年が誰にとっても平和で善き年になることを祈らずにはいられません。最後に、今年もこの連載をお読みくださいまして、心よりお礼申し上げます。皆様、どうぞ、よいお年をお迎えください。佳き音楽とともに!

TEXT:片山 明

アルバム『Sings the Songs of Robert Burns』

2003年発表作品

<収録曲>
1. ジェイミー・カム・トライ・ミー/Jamie Come Try Me
2. マイ・ラヴ・イズ・ライク・ア・レッド・レッド・ローズ/My Love Is Like a Red Red Rose
3. ウィリー・スチュワート~モリー・ランキン/Willie Stewart/Molly Rankin
4. イ・フォンド・キス/Ae Fond Kiss
5. ブローズ・アンド・バター/Brose and Butter
6. イ・ジャコバイツ/Ye Jacobites
7. ワイルド・マウンテンサイド/Wild Mountainside
8. チャーリー・イズ・マイ・ダーリング/Charlie Is My Darling
9. ジョン・アンダーソン・マイ・ジョー/John Anderson My Jo
10. ウィンター・イット・イズ・パスト/Winter It Is Past
11. オールド・ラング・ジン/Auld Lang Syne
12. グリーン・グロウ・ザ・ラッシズ・オー/Green Glow The Rashes O

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