<レスリング>【特集】コロナ収束で積極的な国際交流が再開、パリへ向けてドイツとノルウェーが至学館大で練習

世界の女子レスリングを席巻し続けている日本。外国から常に標的とされる一方、日本のレスリングを学びたいという国も多い。

11月28日、ドイツでの単独修行を終えて帰国した男子グレコローマン77kg級の日下尚(三恵海運)と同じフライトに、ドイツとノルウェーの女子選手の姿があった。行き先は愛知県の至学館大。12月半ばまでの約2週間、アジア・チャンピオンや全日本チャンピオンがそろっているチームに加わって強化をはかった。

▲至学館大で約2週間にわたって練習を積んだドイツ女子チーム

ドイツは、9月の世界選手権(セルビア)で62kg級のルイサ・ニーメシュのみがパリ・オリンピックの出場枠を獲得。残る5階級は来春の欧州予選と世界最終予選にかける(非オリンピック階級では55kg級に銅メダリスト1人)。

ノルウェーは、やはり62kg級でグレース・ブレンが出場枠を取っているが、フランス在住でカザフスタンのコーチの下で練習している選手。ノルウェーで練習している選手でパリ行きを決めている選手はいない。

今回来日したのは、日本人の米岡優利恵コーチが59kg級で世界3位に育てたオテリエ・ホイエ関連記事)。来春は57kg級に落としてオリンピック出場を目指す選手。母で世界V4のグドルン・ホイエも来日し、最初だけ愛娘の練習を見学し、日本のレスリングを視察した。

▲59kg級で世界3位のオテリエ・ホイエ(ノルウェー)。57kg級でパリ・オリンピックを目指す

初の女子オリンピック・チャンピオンが誕生したドイツ

ドイツのパトリック・ロエス・ヘッドコーチは「ドイツは、2021年の東京オリンピックでアライン・フォッケン(76kg級)が女子で初めて金メダルを取り、パリに向けても燃えています。まだ1階級しか出場を決めていませんが、今のチームは少しずつよくなっています」と話し、強化の一環で日本を訪れたことを説明した。

ヘッドコーチに就任してから4回目の至学館修行とのことで、今年は2回目。「日本は、いいコーチがいて、いいトレーニングをしています。ここで学んだことを来年春につなげたい」と言う。年が明けたあとは、クロアチアで行われる世界レスリング連盟(UWW)のランキング大会「ザグレブ・オープン」に出場し、実戦練習を経て予選に挑む予定。

▲学んだことを、すぐに復習。指導するのがパトリック・ロエス・ヘッドコーチ

アルメニア人のアルメン・マクルチャン・アシスタントコーチは、1996年アトランタ・オリンピックのフリースタイル48kg級銀メダリスト。「残る5階級でオリンピックを目指しますが、53kg級と57kg級に特に有望な選手がいます。軽量級の強い日本での練習は、とても役に立ちます」と言う。また「選手だけではなく、私たちコーチにとっても日本のコーチの指導から学ぶことが多いです」と話した。

ノルウェーからの単独参加のホイエは、世界を4度制した偉大な母を持ってプレッシャーもあると思われるが、「考えないようにしています。楽しむことを第一に考えています」と言う。

米岡コーチの指導で、ノルウェー在住の選手としては18年ぶりの世界選手権のメダルを手にした。米岡コーチの母国である日本のレスリングの素晴らしさは身をもって感じている。「ここで学んだことを、戻ってからしっかり復習したい。予選までの間、大会出場(ザグレブ・オープン)と外国での合同練習で鍛えたい」と話した。

▲日本女子期待の吉元玲美那(左)と勝目結羽(神奈川・NEXUS TEAM YOKOSUKA)のスパーリングを見つめるアルメン・マクルチャン・アシスタントコーチ

1990年代から積極的な国際交流をやってきた至学館大

至学館大は、創始者の杉山三郎・前部長が監督だった時代(1990年代前半=当時は中京女大)から積極的に外国との交流を行っていた。中国が脅威と分かれば、あえて中国へ遠征。女子の先駆国であるスウェーデンへ留学した選手もいて、他チームにはない積極的な海外交流で強化をはかった。

栄和人監督になってからもその伝統を引き継ぎ、世界一の選手を多数輩出。同監督は、今も「来る者は拒まず」の姿勢を崩さない。外国からの渡航が自由になった今年だけでも、今回の両国のほか、ウクライナ、韓国、モンゴル、グアム、オーストラリアの選手が同大学のマットで汗を流した。米国、カナダ、インドからも要望があるようで、「来年には実現したい」と言う。

「手の内を盗まれる心配は?」との問いに、同監督は「考えたこともない」と一笑。その表情には、世界中から標的にされても、それをはねのけてきた自信が満ちあふれている。外国選手との練習では、日本選手との練習にはない緊張感がただよう。「その練習が大事」とのことで、マンネリ防止のために必要なことだと説明する。

▲外国選手の姿があれば、嫌でも緊張感が増す練習。2週間にわたって続けられた

世界で通じる選手育成のため国際交流は不可欠

2016年リオデジャネイロ・オリンピックでは、6階級すべてを至学館大のOG・学生選手で固めた最強チームも、今は低迷期。68kg級に可能性が残っているが、パリには選手を送れない可能性もある。再起のために必要なことは外国選手との練習。国内チャンピオンではなく、世界で通じる選手の育成が目標だからだ。今後も外国との交流に積極的に取り組む予定で、「若い選手は、積極的に外国選手と練習してほしい」と話す。

その呼びかけに応じたのは、11月の東京都知事杯全国中学選抜選手権で女子3選手、男子1選手の計4選手がチャンピオンに輝いた神奈川・NEXUS TEAM YOKOSUKA(勝目力也代表)。12月9・10日、同選手権3連覇で2年連続U15アジア・チャンピオンの勝目結羽を含む男女8選手が練習に参加し、中学生にして外国のレスリングに接した。若い時期から外国のレスリングを学ぶことが、将来、必ず役に立つだろう。

▲ドイツとノルウェーが参加の国際練習に、神奈川・NEXUS TEAM YOKOSUKAが男女8選手を参加させた。写真は全国選抜チャンピオンの女子3選手

陸続きの欧州各国が、日常茶飯事のように複数国による合同練習をやっているのとは対照的に、極東にあって島国の日本の立地条件はよくない。それであっても、1990年代から国際交流を手がけてきたからこそ、名だたる女子レスリング王国に成長したと言えよう。

ここ数年はコロナのためやむをえなかったが、2028年ロサンゼルス・オリンピックへ向け、さらなる国際交流が望まれる。

▲山梨学院大~自衛隊仕込みの技術を伝授するNEXSUS TEAM YOKOSUKAの勝目力也代表。外国選手もしっかり耳を傾けている

▲日本での生活で、箸もうまくこなすようになっている選手とコーチ

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