技能実習生“失踪後”に手取り給与額「5万8000円」アップ!? 偽造在留カード(2万円)で一変した“懐事情”とは

技能実習生の“失踪後”の生活はよく知られていない(たけぽん / PIXTA)

出入国在留管理庁によれば、昨年失踪した外国人技能実習生は9006人と過去2番目に多かったといいます。日本には約32万人の技能実習生がおり、“失踪率”でいえば約2.8%。これを多いと見るか少ないと見るかは、人ぞれぞれかもしれません。

失踪の原因はさまざま考えられますが、その原因は必ずしも、一般的にイメージされる「劣悪な労働環境」ではなく、「思うように稼げない」状況も大きく影響していると言われています。

技能実習をきっかけに祖国で“勝ち組”の人生を手に入れた人、失踪せざるを得ない状況におちいった人、“技能実習マネー”に群がる有象無象…。多様な立場から見つめると、日本が生み出したこの制度がいかに“複雑怪奇”であるか分かります。

第6回目(最終回)は、失踪を経験したベトナム人技能実習生・トゥイさん(男性、30歳)の話から、失踪の流れと、その後どこでどのような生活を送ることになるのかを探ります。

※この記事はジャーナリスト・澤田晃宏氏による書籍『ルポ 技能実習生』(筑摩書房)より一部抜粋・構成しています。

技能実習生は「転職」できない

実習生は母国の発展のために知識と技能を習得するという目的で来日しているため、転職の権利はない。資格外活動となるため、自分の自由な時間を使ってアルバイトをすることも許されない。許されるのは、受け入れ企業が作成し、外国人技能実習機構が認定した「技能実習計画」で認定された実習先での作業のみだ。

ただ、受け入れ企業の問題で実習の継続が困難となり、なおかつ実習生が技能実習の継続を希望する場合は、ほかの企業に「転籍」して実習を継続することはできる。監理団体、元の受入れ企業は、「引き続き技能実習を行うことを希望するものが技能実習を行うことができるよう、他の実習実施者又は監理団体その他関係者との連絡調整その他の必要な措置を講じなければならない」(技能実習法51条)。外国人技能実習機構も転籍を支援する専用ページを設けている。

この転籍がどの程度行われているのか。筆者が出入国在留管理庁に問い合わせると、「集計していません」という回答があった。転籍にはそれなりの事情があるわけで、それを集計していないとはどういうわけなのか。

ただ、転籍がスムーズに行われているとは言えないだろう。2017年11月に技能実習法が施行されて以降、外国人技能実習機構には実習生の一時避難のためのシェルター確保が求められている。シェルターと言っても実態はホテルで、全国370以上のホテルと契約をしているようだ。その宿泊支援での利用実績は、2017年11月から筆者が出入国在留管理庁に確認した時点(2019年12月)で、60人に過ぎない。現在、1万人近い失踪技能実習生がいることを考えると、シェルターの利用や転籍がうまくいっているとは決して言えないだろう。

実習生が継続できる職種、作業が決まっているため、転籍先を探すのも困難だ。実習生自身が違った職種にチャレンジしたいと思っても、叶わない。転籍について、技能実習制度運用要領にはこうある。

「技能実習生の都合によるものは認められません」(※)

先出の日新窟(編注:東京・港区にある浄土宗寺院。外国人技能実習生の“駆け込み寺”となっている)では転籍の支援にあたる場面も多いが、吉水慈豊さん(編注:日新窟僧侶、寺務長)はこんな現実も話した。

「失踪した理由がどうであっても、元失踪技能実習生というレッテルが一度つくと、それを積極的に引き受けようとする企業はなかなかいないのです」

※ 失踪問題を受け、政府の有識者会議は現在「転籍」制限の緩和を検討している

技能検定試験に受からずに強制帰国

実習先の環境が劣悪で、転職もできないとなったら、残る選択肢は失踪しかない。その後の生活はよく知られてはいないが、先出の法務省の失踪技能実習生の調査結果(編注:抜粋箇所外)に、興味深い数字がある。技能実習時の手取り給与と失踪後の手取り給与額を比較できた77人の調査結果(失踪後の就労状況に関する調査)があり、失踪後の給与額の平均額は技能実習時代より約5万8000円高いのだ。

働いた分の給与が支払われずに困っている、失踪した技能実習生の話を聞いて欲しい ――。2019年11月、支援団体を介して出会った失踪技能実習生を取材する機会があった。実習生が失踪後に見る世界を覗くことになる。

ベトナム北部・紅河デルタ地方に位置するナムディン省出身のグエン・ヴァン・トゥイさん(30歳)は、2016年に実習生として日本にやってきた。高校卒業後は地元の電力会社で働いていたが、職場の友人の紹介で出会ったブローカーから「日本に行けば月に15万〜20万円を稼げる」と言われ、興味を持った。約300万円で買った家のローンが負担になっており、それを一気に返せると考えた。

2012年に結婚した奥さんの親族からもお金を借り、送り出し機関に約75万円を支払った。送り出し機関のスタッフからも「日本に行けば15万円は稼げる」と聞いていたが、日本企業との面接の際に求人票を確認し、それが手取り金額ではないと初めて知った。

実習先は、千葉県内の建設会社だった。仕事は8時から17時。土砂を運ぶ作業や、コンクリートを流し込む作業など、毎日やることは違った。残業はときどきあったが、家賃と光熱費を引いて、手取り額は毎月12万円程度だった。

「朝早いのがつらい。帰りも遅かった。毎日、千葉の会社から、東京や埼玉など、いろんな職場に行きました。職場の人はみんないい人でした」

そんなトゥイさんが、どうして失踪を決意したのか。技能検定に受からず、在留資格の変更ができなかったからだ。すでに述べたように(編注:抜粋箇所外)、技能実習生には「技能実習1号」から「技能実習3号」までの区分がある。技能実習1号は1年目の12か月、技能実習2号は2年目、3年目の24か月、技能実習3号は4年目、5年目の24か月の期間を指す。技能実習で上の号に移行するためには技能検定試験を受験し、合格する必要がある。不合格の場合、在留資格の変更が認められず、帰国しなければならない。

「普段やっていた仕事とは関係のない問題ばかりでわかりませんでした。自分と同時期に入社した実習生も試験に落ちました。社長はとても悲しそうでした」

実習実施者である受け入れ企業が実習計画通りにトゥイさんたちを働かせておけば、こうした悲劇も生まれなかっただろう。

フェイスブックが失踪を支える

日本にくるための借金すら返せないまま、帰国するわけにはいかない。トゥイさんが向かった先は、SNSサイトのフェイスブックだった。フェイスブック内の検索窓に「Bô. Đô. i」(ボドイ)と打ち込んだ。

SNSで簡単に失踪の“段取り”ができるという(Graphs / PIXTA)

Bô. Đô. i とは、ベトナム語で軍や部隊を意味する言葉だ。Bô. Đô. i という言葉に続き「Japan」や「Nagoya」などの地名が入ったフェイスブックグループを見つけることができる。日本各地に潜伏するベトナムのゲリラ部隊といった感じだろうか。トゥイさんは、「Bô.Đô. i Tokyo」をクリックした。

「地域別にグループがあり、失踪者向けの仕事の情報や、偽造の在留カードの作成を請け負う会社の情報などを見ることができます」

そこでトゥイさんが見つけたのが、太陽光パネル設置の仕事だった。勤務地は富山県で、日給1万円。男性を3人から5人、募集していた。フェイスブックを通じて連絡をとると、ベトナム人ブローカーから連絡があった。偽造の在留カードを作るように指示を受けた。偽造カードの作成業者も「Bô. Đô. i Tokyo」で簡単に見つけることができる。在留資格「定住」の偽造在留カードの作成費用は、2万円だった。

2017年9月12日、トゥイさんは会社の誰にも何も伝えずに失踪した。父親には話したが、奥さんには伝えなかった。

待ち合わせ場所に指定された石動(いするぎ)駅(富山県小矢部市)に向かうと、派遣会社の社長だという韓国人にアパートに連れて行かれた。そこには自分と同じ、11人のベトナム人失踪者が二つに家に分かれて住んでいた。トゥイさんが住むアパートには、トゥイさんを入れて8人の失踪者が住んでいた。部屋が二つあり、一つは太陽光パネル会社の社長の部屋で、普段は誰も使わなかった。失踪者8人は、もう一つの部屋に住んだ。

アパートに案内された後は、太陽光パネル設置現場に連れて行かれた。そこで初めて社長に会い、本当に働けると確信した。実習先の千葉から富山までの移動にかかった交通費の領収書を渡すと、すぐに清算してくれた。トゥイさんは指定されたベトナム人ブローカーのゆうちょ口座に、紹介料として2万円を振り込んだ。

失踪してから土地を買い増した

朝8時から夕方5時まで、太陽光パネルを設置する日々が始まった。休みはなく、仕事は毎日ある。日給は1万円で、初めての給料は30万円だった。アパート代、光熱費はタダで、生活費は3万円程度。27万円をたったひと月で貯金できた。まだまだ借金は残っていたが、トゥイさんは実家の土地を400万円分買い増した。地元の地価が高騰しており、お金があるだけ土地が欲しかったのだ。

富山で2か月間働いた後は、失踪仲間から紹介された埼玉県の会社に移った。そこからトゥイさんは日本全国を転々とした。いずれも、太陽光パネル設置の仕事だ。

給料の未払いが発生したのは、北海道で働いているときだった。3か月働いたが、30万円しかもらえなかった。そのことを社長に問うと、

「お前たちは失踪者だから、上が払えないと言っている」

その時のお金を交渉して取り戻して欲しいというのが、トゥイさんがインタビューを受けた意図だった。トゥイさんは未払いをキッカケに退社、しばらくは別の会社で働いていたが、自ら入管に出頭した。

「1回目は写真をとられ、手の指の指紋をとられました。2回目は面接でした。『不法就労をしたか』と聞かれ、はいと答えると、今度は『なんで帰る』と聞かれました。『仕事がなくなった』と答えると、オーケーという返事でした」

トゥイさんに違法に働いたあなた自身の罪はないかと尋ねると、こう答えた。

「違法だとわかっていましたが、泥棒など、悪いことをしたわけではありません」

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