サンタさんのプレゼントより「手芸店」に通いたい 6歳児の願いが「教室」に 世代問わず手作りの喜びを 神戸

「クリスマス手しごと市」で自身が作った作品を眺める坂井洋子さん(右から2人目)と見守る平岡千里さん(右端)=神戸市灘区曽和町2

 「サンタさんのプレゼントは、なしでいい」。昨年のクリスマス前、6歳の女の子が母に言った。その代わりにねだったのが、近所にある小さな手芸店に通うこと。思いを伝え聞いた店主は即決する。既に始めていたお年寄りの手芸デイサービスに加えて、子ども向けの教室も開こう-。たいていの物がインターネットで手に入る時代。薄れつつある手作りの喜びが、神戸の街の片隅で、世代を超えて紡がれていく。

 ある平日の昼下がり、阪急六甲駅近くの住宅街。幹線道路沿いにある集合住宅の1階部分に、ランドセルを背負った子どもたちが入っていく。

 木枠の開き戸の横には「メゾンミル」のプレート。店主の平岡千里さん(51)が、「家」と自分の名前の「千」をフランス語に読み替えて付けたという手芸店だ。

 部屋に入った子どもたちは、ランドセルを置くと、4人掛けのテーブルを囲んで手縫いを始めた。波縫い、かがり縫い、玉留め。学校であったその日の出来事を話しながら、慣れた手つきで、白地の布をすくっていく。

 5分ほどで、等間隔の縫い目ができあがった。1時間のレッスンで残りの時間は、子どもたちが、今作りたいものを好きな材料を選んで仕上げる。

 小学4年の後藤駿人君(10)が挑戦しているのは、惑星を並べ、宇宙をイメージした柄の布製の筆箱作り。友達にあげるのだという。「工夫できるのが面白い。縫い方とかボタンをどこに付けるとか。達成感がある」

 平岡さんは子どもたちを見守りながら、一緒に材料を選び、縫い方やミシンの使い方を教える。

 後藤君の向かいでは、小学2年生の女の子が、フォークやナイフが刺しゅうされたランチョンマットを仕上げていた。平岡さんが、このレッスンを始めるきっかけとなった川本彩絵さん(8)だ。

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 昨年11月、メゾンミルで開かれた一般向けのワークショップ。当時6歳だった彩絵さんは友達と参加し、小さいマフィン型の針山を手作りした。

 帰宅後、母の恭子さん(37)に「プレゼントはなしでいいから、ここ(メゾンミル)に通いたい」と話した。もともと手先の器用な娘。楽しんで手芸をしてほしいが、手芸を教える自信はない。恭子さんは娘の一言を平岡さんに伝えた。

 自分自身も、幼稚園児のころから手芸が大好きだった平岡さん。リカちゃん人形の服から始まり、自身のウエディングドレスを手作りするほどのめり込んだ。

 作る楽しさを、他の人にも伝えたい。「六甲のみなさーん、手芸をしませんか」と拡声器で叫びたい。そんな平岡さんにとって、彩絵さんのリクエストは泣きそうなぐらいうれしかった。

 すぐに、子ども向けの教室を開講。集中力や計画力を学べる「縫育」としての魅力もアピールし、今では約20人が通う。

 もちろん、彩絵さんもその一人。1年ほど通い続けて手作りした愛用かばんの価値を、はにかみながら表現した。

 「んー…。世界に一つだけだから」

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 そんなメゾンミルの歴史は、まだ浅い。

 平岡さんはもともと、国際線の客室乗務員だった。20年ほど前、福祉法人に入り両親の跡を継いだ。「フライトの刹那的な出会いも好きだったのですが、福祉ならではの濃い付き合いも大好きになりました」

 仕事にも慣れたころ、ふと趣味と組み合わせた事業ができないかと考えるようになった。アイデアを形にしたのが、昨年9月。子ども向けの教室を始める2カ月ほど前のことだ。

 1階の店舗でマリメッコやヌビをはじめとした生地やハンドメードのかばんなどを販売。2階の一室でお年寄り向けの「手しごとデイサービス タブリエ」を始めた。

 最高齢は96歳というお年寄りたちが、1日に4時間、手芸だけに打ち込む。手芸好きの看護師や介護士の資格を持つスタッフが先生役を務める。サーモンピンクの座布団カバー、ふわふわした白のチョッキ、パッチワークのかばん。今のはやりは、編み物のようだ。

 「ええ、もうできたん」。お隣さん同士、作品をのぞき合っては、会話と笑顔が広がる。と思いきや、すーっと自分の世界に入り、もくもくと編み続ける。すくっては返し、しなやかに手首が動く。

 「テレビがなければ、この世は闇だわ」。極細の糸でかばんを編んでいた坂井洋子さん(90)が、冗談を飛ばした。

 笑い声が広がる。参加者の中でもひときわ明るい坂井さんだが、1人暮らしの自宅に戻ると、途端にしょんぼり、寂しくなるらしい。

 「1人きりの生活は、無言の難行苦行。ここはね、みなさんの声がするからいいわあ」。好きな手芸をするだけでなく、たわいない話をできる誰かがいてくれる、そんな居心地の良さも大切なようだ。

 その傍らで、山中裕子さん(65)がティッシュ箱のカバーを編んでいる。48歳で右半身不随になり、5年後にはがんを患った。大好きだった手芸を再開したのは、医師の「リハビリになりますよ」という一言だった。

 編み物は右手を使うのが基本だが、左手でできるやり方を教わった。練習、また練習。「編み物は、頭も使うんです。比例式を解くとかね」。こつこつと続けてきて、だらりとしていた右腕が少しずつ動くようになった。基本的なリハビリも重ね、今は右手で編めるようにもなったという。

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 火、木、金、土曜に店を開き、火、水、木、金曜は午前11時から午後3時までデイサービス。火、木、金曜は、その後に子ども向けのレッスン-。

 オープンから1年ほどで急成長したメゾンミル。平岡さんは「何でもすぐに手に入る時代に逆行している手芸だが、大量生産じゃない良さがあると心から思えた。可能性を感じた1年だった」と笑う。

 目下の願望は、デイサービスのお年寄りと教室に通う子どもたちの交流だ。一般向けの体験教室なども定期的に開催し、世代を問わず、さらにハンドメードの魅力を広めたい。

 「手芸は、人生を豊かにしてくれると思うんです」

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 メゾンミルの店舗(神戸市灘区曽和町2)では、「クリスマス手しごと市」でデイサービスのお年寄りや作家のハンドメード作品を販売する。12月19、20日の午前11時~午後5時を予定している。問い合わせは、インスタグラムのDM(ダイレクトメッセージ)などで受ける。(劉 楓音)

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