茨城のNPO「キドックス」…保護犬の世話を通じてひきこもり等の若者の社会復帰を支援

穏やかな時間が流れる、HACCキドックスのドッグラン

「さあ、さすけ。お散歩だよ」

「ほら、どうした? オヤツが欲しいのかい」ーー

鼻先にフードを差し出されても頑として、おすわりのままだ。茨城県つくば市にあるNPO法人「キドックス」では、さすけはじめ“チノ”や“しらたま”など6頭の保護犬たちを対象に、人に慣れるためのトレーニングが行われていた。秋晴れのこの日、最初のメニューは、リードをつけて歩く訓練だ。

キドックスは、若者の自立を目指す「動物介在活動(ドッグプログラム)」と、保護犬の里親探しなどを組み合わせた独自のユニークな取り組みで注目されている。

ドッグプログラムとは、犬を介して行う教育や支援活動のこと。過去のいじめ体験や虐待、ひきこもりなどで対人不安が強い若者たちが「犬」という安心できる存在を通じて、他者との信頼関係を築く過程をサポートする。現在は、10名の若者とスタッフにより、15頭の犬たちの世話や人慣れのトレーニングが行われている。

代表理事の上山琴美さんがこうした活動を始めるきっかけとなったのは、幼少期の体験がきっかけだ。小学校に入学してすぐに、図書館で偶然、犬の殺処分や動物実験に関する本を手にする。

「とてもショックで、そのころから、いつか犬の命を救う場所を作りたいなぁと、アニマルシェルターの完成予想図を描いたりしていました。まあ、子供ならではの妄想なんですが」

小1での転校でいじめに悩むこともあったが、それよりつらかったのは、親友の突然の変化だった。

「互いの自宅に泊まったりするほど仲のよかった子が、中学に入ると非行に走り始めたんです。当時の私には思い当たることもなく、なぜ人は悪いほうへ導かれていくのだろうという疑問が、常につきまとうようになりました」

また、高校1年生のときには、まだ9歳だった愛犬を心臓病で亡くし、「何かしてあげられることがあったのでは。私はいい飼い主だったろうか……」と、自問自答するようにもなった。

アメリカの少年院でのドッグプログラムについて書かれたノンフィクション『ドッグ・シェルター 犬と少年たちの再出航』(金の星社)と出合ったのは、そんなときだった。

「オレゴン州のNPO『プロジェクト・プーチ』が主人公の本でした。当時、犬や非行に走る若者たちのために何かできないかといつも考えていた私にとって、その本で『犬も人もどちらも救うことができるんだ!』と知り、まさにバイブルとなりました。やがて、日本で同様の活動をするにはどうすればいいかを考えるようになり、高校卒業後、最初に目指したのは少年院や鑑別所で働く法務教官になる道でした」

筑波大学人間学群に進むと同時に、非行少年を支援する活動などにも積極的に参加した上山さん。しかし、彼女を待っていたのは、思いがけない挫折体験だった。

「現実は甘くなかった。ときには死とも隣り合わせのような環境にいた非行少年たちとの交流は私が考えるほど生易しいものではなかったんです。20歳そこそこの女子学生の自分には、とても真っ向から向き合えるものではなく、怖さも感じて、身を引きました」

しかし、彼女は、まだすべてを諦めたわけではなかった。

「動物愛護団体でボランティアを続けながら、いずれ少年や動物の施設を運営していくときに役立つだろうと、卒業後の就職先には、組織運営などについて学べる一般企業をあえて選びました」

アミューズメント系企業の営業職として働きながら、2年ほどが過ぎたときだった。

「会社員生活は充実しながらも、社会で働くことによって、自分の思いをきちんと形にしたいという考えが強くなっていきました」

改めて児童福祉施設や若者自立支援機関にも関わっていくと同時に、自ら子供と犬に関する社会問題の調査も始めた。

人もお金もコネもないところから、自らプレゼン資料を作り、関心のありそうな人や場所を訪ねて歩き続けた。犬や少年たちに対する思いをひたすら伝えることを続け、土地を貸してくれる大家さん、ドッグラン用の竹を提供してくれる人など、賛同者に出会うことができた。

’11年、任意団体「キドックス」を立ち上げ、翌年9月にNPO法人化して代表に就任。早速、保護犬を介した青少年の自立プログラムをスタートさせ、ひきこもりや不登校の子供たちを募る告知をすると、すぐに参加希望者も出たが、

「『今日は4人来る予定です』というので準備万端で待っていても、時間になっても誰も顔を見せない。そのうち『体調不良で全員欠席』と連絡が入る。やっぱり簡単じゃないな、と。そんな手探りの状況が3年近く続きました」

’13年春には、スタッフとアメリカ視察を実現。あの、プロジェクト・プーチでドッグプログラムを創設したジョアン・ドルトンさんとも対面することができた。

ジョアンさんによる「犬は道具じゃない。子供たちのパートナーとして、犬もまた幸せになることが絶対条件よ─」という教えを胸に、次々と支援プログラムを立ち上げ、’18年4月には、保護犬と出合える「キドックスカフェ」をオープン。トレーニングを完了した犬と、新しい飼い主とのマッチングの場ともなっている。

スタッフ、ボランティア、家族、支援者らに支えられていくと同時に、キドックスはコロナ禍のなかで10周年を迎え、’22年4月には、現在の地にドッグランやカフェ、ペットホテルなども併設した「ヒューマンアニマルコミュニケーションセンター(HACC)キドックス」を開設。今日までに、約400人以上の若者が関わり、90頭以上の犬たちが里親にもらわれていった。

「ゆくゆくは、この活動を日本中に広げていきたい。人が人らしく、犬が犬らしく生きられる社会づくりの後方支援をするのが私たちの夢です」

人も犬も、ありのままの自分を取り戻せる居場所・キドックスを経て、今日もそれぞれが次のステージへのワンステップを踏み出してゆく。

【後編】犬と一緒に「人生のワンステップ」踏み出す――茨城のNPO「キドックス」の取り組みへ続く

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