新井順子プロデューサー×脚本・奥寺佐渡子、“リアル全員野球”の舞台裏を明かす――「下剋上球児」インタビュー

TBS系では連続ドラマ「下剋上球児」が放送中。鈴木亮平さんが「日曜劇場」枠で約2年ぶり2度目の主演を務め、高校野球を通して、現代社会の教育や地域、家族が抱える問題やさまざまな愛を描くドリームヒューマンエンターテインメントです。

ここでは最終回を目前に、本作を手掛ける新井順子プロデューサーと脚本家・奥寺佐渡子さんにインタビュー。数々のヒット作を一緒に手掛けてきたお二人が、本作ならではのこだわりや最終話前だからこそ語れる制作裏話を明かしてくださいました。

――本作は原案「下剋上球児」(カンゼン/菊地高弘 著)をもとに作られていますが、どういった部分を意識してドラマに反映させましたか?

新井 「先生と生徒たちがどのように下剋上をしていったかは原案ベースにしています。ほかにも球児たちのキャラクターを反映させている部分も多いですよね」

奥寺 「そうですね。高校球児というと“夢に向かって頑張るぞ!”みたいなイメージが強いと思うのですが、原案作品を読むと、彼らにも練習が嫌だからサボったりする人間らしくてかわいい一面があるんです。そのほか、仲間思いで素朴な印象も作品に生かしていきたいなと思いました」

――球児役の皆さんと実際にお会いして会話されたとも伺いましたが、そこから何か台本に落とし込んだことなどはありましたか?

奥寺 「実際にお会いできた時間は少なかったので、現場のスタッフからこの表情がいいとか、こんなお芝居がすてきだよというエピソードもいただいて、脚本に反映していました。顔合わせのタイミングでは台本が第3話まで進んでいたので、あまりにも役のイメージにピッタリな人がきてくださってすごく驚きましたね。特に、よく楡伸次郎(生田俊平)が現実にいたなと(笑)」

新井 「選考時点でどんなセリフを言ってもらうかなどの想定もあり、そこに合う人を選ばせていただいたので、自然と当て書きになっているところもあるかもしれません」

――脚本とキャストがそろい、なんとなくのイメージが出来上がっていたと思いますが、実際に映像で見て想像を超えたシーンはありましたか?

奥寺 「試合の迫力が、想像以上なんてものではない出来上がりでした。プレーのうまさやフォームの美しさに目を奪われてしまって、いつも3回ぐらい見直しています。そして、南雲脩司を演じてくださった鈴木さんのお芝居が本当に素晴らしかったです。いろいろな要素と矛盾を抱えた人物なのですが、南雲が、先生の時も、無職の時も、監督の時も、すべての要素がちゃんと1人の人間の中に入っていました。そして、世間からたたかれている時の南雲の体が小さく見えたことに驚きました。ご本人の大きさは変わらないのに、言葉通りお芝居で魅せてくださっていました」

オーディションから通して感じた球児たちの成長…

――オーディションからここまでを振り返って、球児たちの変化を教えてください。

新井 「本当にすごく成長したと思います。現3年生たちの代は、視聴者の皆さんからも『1年生の時の顔と全然違う』と言っていただけていて、私も実際にそう思いながら見守っています。第8話のセリフにもあるように、『もう終わっちゃうのかな。もうちょっとやれたらいいな』という切なさがお芝居ににじみ出てきています。本人たちも放送を重ねるごとに反響を実感しているようで、『フォロワーが何人になりました!』と報告しにきてくれることもあり、本当に少年のようです(笑)」

――作中で一番変化があったキャラクターはどなただと思いますか?

新井 「椿谷真倫(伊藤あさひ)は本作で一番変化があったキャラクターだと思います。初心者で入部して、全然バットにボールが当たらないキャラクターでしたが、そんな彼がまさかキャプテンになるとは(笑)。現場でも先輩キャプテンたちが卒業した後に、伊藤くんに『君がキャプテンだから、みんなをまとめてね』と声を掛けてから、どんどん表情が変わっていったと思います」

奥寺 「第7話と第8話で顔つきが全然違っていて、私もびっくりしました」

新井「犬塚翔を演じる中沢元紀くんも、オーディションからものすごく成長しています。もともとピッチャーを専門でやっていた方ではないので、エースピッチャーを演じていただくか迷ったのですが、たたずまいが翔そのものだったので、エースピッチャーの風格が出せるようになると信じて中沢くんにお願いしたんです。野球監修の方も『上達するスピードがすさまじい』とおっしゃっていました。毎日10km走ったり、筋力をつけるトレーニングをされたり、努力や成長が伝わりますし、それが画面に表れていて、表情もどんどんよくなっていると思います」

試合シーンは“リアル全員野球”で制作!

――脚本の制作から撮影を通して、一番難しかったところはどこですか?

奥寺 「試合の内容を考えるのがとても難しかったです。野球ってすごく複雑で高度なスポーツなので、一球一球、1打席ごとに勝敗の流れが変わってしまうのですが、それをどうダイジェストしていけばいいのか手探りで。野球経験のあるスタッフさんと話し合いながら細かい設定を詰めていましたが、野球が分からない人にも楽しんでもらうために、気持ちで見られるようにも意識していました」

――奥寺さん以外の方の意見も取り入れながら作られているんですね!

奥寺 「まさに“リアル全員野球”で作っています。初稿から再稿、さらに脚本が現場に至るまでにいろいろな要素が加わるので、どの試合もものすごい人数が関わっています」

新井「奥寺さんが『ここでこういう気持ちになる』とか『試合が逆転する』など、ざっくり書いてくださった状態の台本を見ながら、野球が分かるスタッフと時間をかけて話し合いをしていました。台本には打撃の行方まで書いてあるので、最初の方は台本通りの方向に打てるまで何回もトライしていましたが、後半は打てた打球に合わせて試合の実況を変えていく流れになりました」

――見ているこちらがつい力が入る実況も、本作ならではの見どころですよね。

新井 「ありがとうございます。実は、実況の内容は全く台本には書かれていなくて、アナウンサーの方に当日お越しいただいて『映像を見たまましゃべってください』とお願いしているんです。もちろんベースの原稿は用意していますが、映像を見て自然と出てくる言葉を大事にしています。実況がないと試合がどういう状況なのか分からないので、あるのとないのではかなり違った仕上がりになるんです。第1話と第2話でその差を感じ、以降の試合にはすべて実況を入れることになりました」

新井プロデューサーが語る奥寺脚本の魅力、“何げない一言がグッとくる”

――新井さんはさまざまな作品で奥寺さんとご一緒されてきたと思いますが、あらためて奥寺さんの脚本の魅力はどんなところにあると思われますか?

新井 「やはりセリフが素晴らしいです。塚原あゆ子監督も取材で言っていたように、“優しい”という表現がピッタリで、何げない一言がグッときます。一方で、演出がとても難しい脚本でもあるんです。たった一言のセリフでもその真意を読み解けないと、後からなんでこのセリフをカットしたの?なんてことにもなりかねないので。皆さんいい意味で『奥寺さんの台本は演出が難しい』とよく言っています」

――本作ならではのこだわりはありますか?

新井 「本作では『いかにもドラマらしい劇的な展開は作らないようにしたい』と、奥寺さんがよくおっしゃっていましたね」

奥寺 「そうですね。結果的にドラマっぽくなっていると思いますが、『普通そんなことありえないよね』みたいな展開は入れないようにしました。現実でありそうだけど、ドラマとしてちゃんと見てもらえるラインを狙いたいなと」

新井「実は本作でも、第9話の準決勝に向かっている途中でタイヤが故障してたどり着けないかも…というドラマならではのトラブル展開を入れかけました。実際の白山高校のエピソードをもとに私がお願いして無理に入れてもらったのですが、その後の会議であらためて台本を見て『この展開って必要?』と思い直しました(笑)」

奥寺 「第10話まで書いてみたら、バスのトラブルを書く余裕なんてなかったですしね」

新井「そうそう。そんなことより、将来みんながどうするのかに興味があるだろうなと。部活には終わりがありますが、学校ってそこでは終わりじゃない側面もあると思います。“ザン高”と呼ばれている彼らが、この先どうしていくのか。野球が生きがいだった彼らが、将来何か見つけられるものはあるのかを最終回では描いていきたかったんです」

――では最後に、そんな最終回の見どころをお願いいたします。

新井「本作は高校球児の話ではありますが、勝ち負けメインのお話ではありません。試合の内容だけではなく、最中のやりとりやそこで生まれる感情も見どころなので、野球のその先にあるものを見ていただきたいです。勝っても負けても大会は終わり。その後、彼らがどういう道を歩んでいくのかに注目してください」

奥寺 「南雲は高校時代に決勝戦で負けている苦い思い出があって、今回もう一度、生徒たちにチャンスを与えてもらっています。仙台育英高校の須江航監督もおっしゃっていたように、“人生は敗者復活戦”。それを本作でも見届けてもらえたらと思います。メンバーの顔が全員分かった状態で第1話冒頭を見ると、違った楽しみ方ができると思うので、見返してみてください!」

数々の名作を手掛けるお二人が和気あいあいと振り返ってくださった本作の舞台裏は、どれも想像以上に緻密な準備とインスピレーションであふれていて、一視聴者としても説得力のあるエピソードばかり。話を聞いていた記者たちが納得と共感で終始うなずき続けてしまうほどでした。南雲監督と球児たちがどのような“下剋上”を見せてくれるのか。最終回に向けて、より一層期待が膨らむインタビューとなりました。

【プロフィール】

新井順子(あらい じゅんこ)
TBSスパークル所属。ドラマプロデューサーとして活躍。主な担当作に「石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー」「最愛」「着飾る恋には理由があって」「MIU404」「わたし、定時で帰ります。」「中学聖日記」「アンナチュラル」「リバース」「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」「Nのために」「夜行観覧車」などがある。


奥寺佐渡子(おくでら さとこ)
脚本家。映画「お引越し」で脚本家デビュー。主な担当作は、映画「コーヒーが冷めないうちに」、映画「八日目の蝉」、連続ドラマ「Nのために」「リバース」「わたし、定時で帰ります。」「最愛」(すべてTBS系)など。ほかに、細田守監督作のアニメ映画「時をかける少女」「サマーウォーズ」「バケモノの子」などの人気作も手掛けた。

【番組情報】

「下剋上球児」
TBS系
日曜 午後9:00〜9:54

文/TBS担当 松村有咲

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