ばん馬がひく馬車に乗り、夜の帯広を眺める。この街だからこそ実現したプログラム『馬車BAR』

世界唯一の『ばんえい競馬』が行われる都市で、ばん馬がひく馬車に乗り街を一周する。そんな素敵な夜の過ごし方が、帯広で叶います。街の中心地に位置するHOTEL NUPKA発着の馬車ツアー『馬車BAR』は、2019年4月に始まりました。「BAR」という名前からも想像できるように、馬車ではクラフトビールや地元の食材を使ったおいしいおつまみも楽しめます。

このプログラムを発案したのが、永田剛さん。「帯広、ひいては十勝に人を呼びたい」という思いを形にした永田さんに、馬車BAR実現までの経緯と、これからの夢について聞きました。

観光客のように遊んで暮らすには、どうしたらいいか?

永田さんは北九州市で生まれ、大阪で育ち、社会人になってから上京しました。しかし東京に住みながら、薄々「都会よりも田舎の方が性に合う」と感じていたといいます。

「北海道にでも移住できたらいいな、と漠然と思っていたのですが、いまと違って1990年代の後半、田舎への移住については大きなハードルがありました。でも縁あって帯広空港に降り立ったとき、ここなら引っ越してみたい、と強く思えたんです」

家族もあるため、仕事や住むところはどうするのか、といったいくつもの問題がありましたが、東京で新聞を読んでいて偶然目に入ったのが、十勝毎日新聞の求人。インターネット黎明期だった時代、デジタル部署を作るために人材を募集していたのです。

「帯広にはなかなか人材がいなくて、東京で募集をしていたのかな。私はちょうどそのころ、インターネットに関わる仕事をしていたので、これは面白いかもしれない、と応募したところ、採用に至り、安心して家族で移住することができたんです」

それが、90年代の後半のこと。永田さんは新聞社のデジタル部署に数年勤務した後、モータースポーツのイベント関係の仕事に転職し、帯広で開催される世界大会の自動車競争レースなどに携わるようになりました。しかし、リーマンショックの煽りを受けて仕事が頓挫。さてどうしようか、とまた別の仕事についたものの「これがやりたくて十勝に来たわけじゃない」と、初心を思い出すようになったといいます。

「この地域が好きで、毎日ここで遊んで暮らしたい。じゃあ、観光客のように遊んで暮らすために、観光の仕事をしよう、と思い立ったんです。子どもたちも独立したので、ちょうど好きなことをやろうと思っていたタイミングだったんですね」

世界で唯一の、ばん馬が馬車をひくプログラムを考案

そこで思いついたのが、日本や世界から帯広、ひいては十勝に人が集まるようなプログラムの立案です。帯広の街で、オンリーワンの観光資源といえば、帯広競馬場でおこなわれるばんえい競馬。北海道開拓時代に農耕場として活躍したばん馬たちが、重いソリをひきながら、そのパワーや速さを競う競技です。

現在馬車BARをひいているムサシコマの現役時代。とても勇ましいです。

「ばんえい競馬で活躍するばん馬が馬車をひき、観光客が乗れるようにしたらどうだろう?と思いついたのが、いまから8〜9年前のことです。ちょうどそのタイミングで、帯広市長が『とかちイノベーションプログラム』という地方創生人材育成プログラムの勉強会を立ち上げたので、馬車で十勝の観光事業をやりたいということで私も参加しました。自分の描いた青写真を事業計画書に落とす方法を学び、仲間と共に、どうすればお客さんが来てくれるのかを考えていったのです」

そこで出たのが、「夜の街を巡りながらお酒を飲めるバースタイルの馬車」というアイデア。名前を『馬車BAR』と決め、そこから、ルートは、料金設定は…と計画を練り込んでいきました。

馬の速度を考えると、2kmのコースを1時間弱で周るのがベスト。時間が短いと遊園地のアミューズメントのようですし、長いと飽きてしまいます。札幌や大分県の湯布院でおこなわれる馬車ツアーもそのくらいの長さで、参考のため実際に体験した永田さんも「必ず一旦止まって、お客さんが降りて過ごす時間があり、それが面白さを加速させている」と感じたそうです。永田さん自身も、「途中でお客さまに降りてもらい馬にニンジンをあげる時間も設けたい」という思いを最初から持っていました。

「そして当時は札幌でも馬車で街を周るプログラムがありましたが、既存の施設と組んでおこなっていたわけではないので、お客さんの待機場所がないんです。風が吹けば寒いし、トイレもない。さらに馬車BARはアルコールを出すプログラムなので、飲食物の提供の仕方についても当然考えなければなりません。そうすると、どこかのレストランやカフェと組むのがいいだろう、と」

そこで白羽の矢が立ったのが、帯広の中心地にあるHOTEL NUPKAです。永田さんはクラフトビール事業や短編映画制作など、ホテル事業以外にも街に面白い仕掛けをしているNUPKAについて、前々から興味深く見ていたといいます。

「アルコールがケータリングでき、おつまみも厨房でつくることができて、待合の空間もトイレもあり、問い合わせもフロントが受けてくれる。かつ、乗客のワクワク感を高めるために北の屋台や有名スイーツの六花亭などを通りたいと思っていましたが、NUPKAは繁華街の近くにあるのでそれも叶います。そして、交通の支障にならない程度の道幅もある。諸々加味すると、NUPKAというホテルは馬車BARを計画するにあたり、奇跡のようにベストな出発場所でした」

帯広の名所である屋台村『北の屋台』の前も通過。

そこで永田さんは、馬車BARの事業計画書を持って、NUPKAを運営する十勝シティデザインの柏尾哲哉さんと坂口琴美さんにプレゼンテーションしました。すると予想以上に「これは面白い、ぜひ実現しましょう」という反応が返ってきたのです。

「十勝シティデザインは、地域のいろいろな人がNUPKAという街の拠点を作っていけば、そこでの出会いが地域活性の次のステージにつながるという目論見を持っていたんですね。私も、まんまとその策にハマっていたというわけです(笑)」

ビジネス客を、ホテルから街に引っ張り出そう

帯広の人口も減り、閉店するお店も増えてきているいま、「街のアイデンティティはなんだろう」「他所に誇れる帯広の魅力はなんだろう」と考えて実行に移している十勝シティデザインと、永田さんの思いは一致しています。

「私にとって、帯広、ひいては十勝という街はとても魅力的なのですが、その魅力を改めて因数分解したうえで私が選んだ手段が『馬文化』というキーワードだったんです。ばん馬という大きな馬が日本のなかで唯一ここにたくさんいて、ばんえい競馬というスタイルで残っている。私は競馬が趣味なわけではありませんが、山岸伸さんというカメラマンの撮るばん馬が素晴らしく、そこから注目するようになったんです」

競馬ではなく馬そのものにフォーカスした力強い写真に魅了され、競馬場のバックヤードツアーにも参加し、「ばん馬は十勝を日本一の観光地にする宝物だ」と実感した永田さん。そして2019年4月に馬車BARが運行スタートとなり、ようやくプログラムの実現に至ったのです。その年末には新型コロナウイルスの感染拡大などにより、長い準備期間を強いられるなど苦悩もありましたが、さまざまな困難を経てようやく、多くの利用者に楽しんでいただける環境が整いました。

運行スケジュールは月・火・金・土の週4日。18時発、19時発、20時発の一日3便がNUPKAを起点に発着します。もちろん、NUPKAの宿泊者以外も利用可能。馬車BARを目的に十勝を訪れる人が増えれば、自然と帯広市内に泊まったり飲食したりする人も増え、経済効果もあるでしょう。

「観光客誘致だけでなく『ビジネスで来られるお客さまをホテルから街に引っ張り出そう』という狙いもあります。帯広の駅前にはホテルがたくさんありますが、ビジネス客も多いんです。昼に仕事をして夜フリーになる人たちが、『街のことをよく知らないからホテルにこもっていた』という状況に陥るのを避けたい。馬車BARをきっかけに、夜の帯広を楽しんでほしいんですよね。国土交通省の観光政策『ナイトタイムエコノミー』も、夜の時間を有意義に過ごすことが消費拡大につながるとしています」

夜風にあたりながら屋外で街を眺めたり、1階で気の置けない仲間とビール&おつまみを楽しんだりと、いろいろな使い方ができます。

旅の醍醐味「地元の人とのふれあい」で、十勝ファンを増やしたい

さらに馬車BARは、そういった外からの利用客だけでなく、地元の人にも目を向けているのが特徴。

「結局、地元の人が一番乗りやすいじゃないですか。頻繁に乗るのは難しくても、試しに乗ってみようという人はいらっしゃいます。乗ってみて楽しければ、たとえば道外から親戚が来たり、取引先の人が来たりしたときに、馬車BARに乗ろうよと言ってくれるかもしれない。人付き合いの多い人が、それで年に2〜3回利用してくれたらうれしいですよね」

もちろん、競馬ファンも訪れます。いま馬車BARをひいているのは、かつてばんえい十勝で活躍したばん馬・ムサシコマ。「コマちゃんに会いたくて北海道に来ました」と言ってくれる人も多いそうです。そういう人は、定期的に帯広を訪れるリピーターにもなってくれます。

「コマちゃん」こと、ムサシコマ。とてもやさしい表情をしています。

「おいしいクラフトビールと地元食材で作ったおつまみを楽しみながら、馬車に乗って街を眺めるプログラムですが、見方を変えると、乗客が街の人から眺められる側になっているともいえます。街中を馬車が通るとみんなカメラを向けますし、歩きながら手を振ってくださる人もいるんです。地方都市で楽しいことのひとつである『地元の人とのふれあい』が生まれることでこの街が好きになり、また十勝へ来ます、とおっしゃる人もいます」

HOTEL NUPKAのゲストのために作られた『旅のはじまりのビール』は、北海道産大麦100%。十勝のチーズ2種と、十勝産じゃがいものセットのおつまみも、馬車BARで楽しめます。

お客さまに喜んでもらえているという手応えから、今後も馬車BARを継続していく、と語る永田さん。馬車一台、馬一頭、スタッフもミニマムで週4日の運営ですが、お客さまが増えれば馬車と馬を増やして、毎日運行することも可能です。「そうなれば、帯広の夜はいつ行っても馬車が巡っている街になる。そんな特別な世界を実現できれば」と永田さんは話します。

「ばんえい十勝やばん馬や馬車BARが広まって『帯広の街中は馬車でいっぱいなんだ』とみなさんが認めてくださったら、たくさん観光客が来て賑わうでしょうし、地域の子どもが大人になって外へ出たときに『自分の育った街には馬車が走っているんだよ』と自慢してもらえる。それが私の夢ですね」

2023年10月、ムサシコマはとかち観光大使に就任しました。

地域活性は、観光客誘致はもちろん、地元の人たちが受け入れてこそ形になる。住む人も訪れる人も楽しめる馬車BARが、やがて街の顔になる日を夢見て、永田さんはこれからも奔走します。

馬車BAR(HOTEL NUPKA)

■発着場所:帯広市西2条南10丁目20-3
■電話番号:0155-20-2600
■運行日時:毎週月・火・金・土曜日
第1便18:00発、第2便19:00発、第3便20:00発 ※季節により変更あり
「馬車BAR」の詳細や地図情報はこちら

ライタープロフィール

仲野聡子

生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に喜茂別町に家族と移住しました。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れています。

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