「嫌がらせだ!」50代管理職が異動先の“単純作業”に納得できず提訴も… 裁判所が「慰謝料400万円」認めなかったワケ

実質的な降格&配転命令に社員は会社を訴えたが…(Fast&Slow / PIXTA)

「嫌がらせの異動命令が出されました...」

ーーー と申しますと?

Xさん(社員)
「専門知識が必要な仕事から単純作業の部署に異動しろって」

会社
「そんなことはありません。育成ローテーションの一環です」

Xさんは400万円の慰謝料を求めて提訴。

裁判所
「会社の勝ち! 配転命令は嫌がらせじゃない」
(ジブラルタ生命保険事件:東京地裁 R5.1.13)

以下、詳しく解説します。(弁護士・林 孝匡)

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

▼ 会社

・生命保険業を営む会社

▼ Xさん

・管理職
・56歳くらい
・勤続およそ15年目

どんな事件か

Xさんは、コンプライアンスチームの管理職として内部通報部門の統括責任者を務めていました。8年7か月ほどその職にありました。

▼ 昇格

令和2年1月
XさんはG10からG9に昇格しました。会社はG1〜G18までのジョブグレード制度を採用し、G1〜G10は管理職でした。Xさんはさらに上のG8を目指していました。

が!

▼ 配転命令

配転命令が出されます。以下の就業規則に基づく命令です。

ほとんどの会社にある就業規則
会社は社員に対し、業務の都合により異動(配置転換、職場転換、ジョブグレードの変更、転勤、出向)を命ずることがある

令和2年8月
チームリーダーがXさんに配転命令について伝えました。配転後の仕事は、新契約サービスチームにおける事務ユニットのマネージャーです。ジョブグレードは若干下がってG10相当となります。仕事内容は、電話の取り次ぎ、入力されたデータのチェック、視覚障害者の音声サービスプロジェクトなどです。

ーーー Xさんは、どういう不満が?

Xさん
「この配転命令は嫌がらせです。専門性の高い仕事から誰でもできる単純作業に変えるもので、実質的には降格です。この配転命令で私が成長することはなく、育成ローテーション制度の建前とも合致しません。この配転命令の目的は、勤労意欲をなくさせ自己退職に追い込むなど嫌がらせ目的でなされたものなので違法です」

ーーー と言ってますけど、会社さん、どうですか?

会社
「この配転命令は育成ローテーションの一環です。目的は、縦割り組織の解消、閉塞(へいそく)感の打破、従業員育成および成長機会の提供にあります。Xさんは、8年7か月も現在の部署で勤務していたので、異動することで管理職として一層広い知見のあるシニアマネージャーになってほしいと願い配転命令を出しました」

会社
「あと、配転命令後もXさんの給料は下がっていません」

6か月後にはキチンと昇給しました。

しかし、Xさんはこの配転命令に納得できず、提訴。「嫌がらせだ」と主張して慰謝料400万円を請求しました。

ジャッジ

弁護士JP編集部

Xさんの敗訴です。

裁判所
「この配転命令はOK。権利の濫用といえる場合には違法なんだけど、今回のケースは嫌がらせじゃないと判断しました。理由は以下のとおり」

・G9からG10に落ちてはいるが、管理職にとどまっていた
・配転命令によって給料は減っていない
・その後も昇給している
・配転命令後の業務の内容は、Xさんの能力に対して著しく過小ともいえない
・嫌がらせをする理由となる事情が見当たらない

というわけで、配転命令はOKとなりました。給料が下がらず、そのあと昇給している点は結構大きかったと思います。以下、基礎知識を。

▼ 配転命令がNGとなるケース

以下のケースでは、配転命令がNGとなります。最高裁が言ってます。

・業務上の必要性がない場合
・業務上の必要性があったとしても、不当な動機・目的で転勤命令が発令されたとき
・労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
(東亜ペイント事件:最高裁 S61.7.14)

▼ NG例

よくあるのが嫌がらせの配転命令ですね。会社から追い出したいときに行われます。以下、裁判例を2つ挙げます。

■ ゴリゴリの肉体労働へ vol.1
50代の技術職に、【ゴリゴリの肉体労働】部署への配転命令が出された事件です。(フジシール事件:大阪地裁 H12.8.28)

この方が会社の退職勧奨を断ったところ配転命令が下されたんです。15kgのドラム缶を下ろす作業とか...。裁判所は「嫌がらせだね。この配転命令はダメ!」と判断しました。

■ ゴリゴリの肉体労働へ vol.2
こちらは最近の事件です。新しい無駄なポストを作ってまで異動させるケースもあります。内勤から【肉体労働バッキバキの倉庫業務】へ異動命令を出した事件で、裁判所は「新たに倉庫部門が必要とかウソくさいんだよね〜。権利の濫用なので無効ね」と判断しました。
(安藤運輸事件:名古屋高裁 R3.1.20)

裁判例を見ると、会社が退職勧奨する 社員が応じない こいつを追い詰めてやれ! という流れで嫌がらせの配転命令を出されることが多いです。

■相談するところ

もし会社から嫌がらせの配転命令をチラつかされたり、配転命令を出されたりした方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

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