唯一無二の広島産フレンチを。食材の個性を輝かせる料理人|フレンチレストラン「NAKADO」オーナーシェフ 中土 征爾

子どものころから料理好きの「料理マニア」

NAKADOの料理はイノベーティブだと言われます。一つひとつのパーツは伝統的なフランス料理ですが、アプローチや組み合わせが革新的なのだと思います。エスプーマ(亜酸化窒素ガスを使って食材を泡状にする調理法)やガストロバック(減圧調理器)、パコジェット(冷凍粉砕調理機)などモダンガストロノミーの手法も取り入れた調理法で、地元広島の食材を生かす料理を伝統的なフランス料理の技法でつくっています。

料理との出会いは、本当に幼いころ。僕の両親は共働きだったので、幼いころは祖父母に預けられて過ごしました。農業の手伝いもして、暇なときは野菜を刻んで遊んだりして。包丁に興味を持ったのはそれがきっかけです。3、4歳ごろには自分で食材を切ってゆでるところまでできるようになっていました。休みの日は遅くまで起きてこない両親のために、見様見真似で覚えたご飯と味噌汁をつくりました。そうしたら「おいしい、おいしい」とものすごく喜んでくれて。僕が料理をすると両親はこんなに笑顔で喜んでくれるんだと、初めて人に料理を振る舞った当時のことが今でも印象に残っています。その後はお菓子作りにも興味を持つようになり、中学時代は友達の誕生日にケーキを焼いてプレゼントしたり、高校時代は深夜までチーズケーキを焼いたりして、いつも料理に没頭していました。

料理への熱意は変わらず、大阪の調理師専門学校をへて、県内の大学で栄養学を学び、東京の白金の料亭で料理人人生をスタートしました。そんな東京での修行中に出会ったのがワインです。学生時代にフランス料理店でバイトをしていた時、お客さまが僕と同い年のワインを開けてくださったんです。そのおいしさに感動して、「ワインに合う料理は何か」と考えるようになりました。そうするうちに、和食から西洋料理へシフトチェンジ。和食、イタリア料理を経て、フランス料理へ。本場フランスのブルゴーニュ地方にある1つ星レストランで修行し、ソムリエ資格を取得してワインの買い付けもするようになりました。

広島でしか体験できない極上の味でまちを盛り上げる

フランス料理レストランNAKADOをオープンしたのは2020年1月のことです。それから間もなく新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行し、飲食業界にも大きな影響を与えました。でも、コロナ禍でいいこともありました。料理人人生で初めて時間に余裕が生まれたんです。コロナ禍で食材が入らないという状況にもなりかねない中、僕は「料理人は結局、食材がなければ料理人たりえない」のだと感じました。その時、生産者さんたちの顔が浮かんできたんです。彼らのおかげで僕は料理人でいられる。

感謝の気持ちを伝えようと生産者さんの元を訪れて会話をする中で、初めて出会う食材がありました。それこそ、現在NAKADOのスペシャリテに使用している安芸高田市産のシカのタンです。フランス料理にジビエが用いられることはありますが、多くはフィレやロースといった主要部位。タンは食肉として出回ることなく廃棄されていました。廃棄寸前のシカのタンを見つけた時は興奮しました。まるで宝くじに当たったような気持ちです。それに、捨てられていたものが1円にでもなるということは、ジビエセンターの人たちにとってもプラスに働くはずです。これで利益を出して雇用を生むことで、広島の山間部の過疎地域が少しでもよくなればいいな、という思いがありました。

コロナ以前は、正直広島の中だけでは食材をそろえることはできないと思っていました。しかし、多くの生産者さんと交流する中で、県内には魅力あふれる食材がたくさんあると気づいたんです。広島にはこんなにおいしいものがあるのに、今までは知らなかった。知ろうとしていなかった。以来NAKADOでは、食材の9割は中国地方産、中でも半分は出身地である北広島町産のものを使用しています。

コロナ以降、広島の恵みの料理を実現できていると実感しています。思えば昔はローカルの食材しか流通しようがなく、その土地のものをその土地でいただくのが当たり前だったのに、この50年ほどで常識は大きく変わってしまいました。飽食により哲学が失われた今の世の中には違和感を持っています。全国均一では面白くありません。広島でしか味わえない極上の食の体験を届けることにこそ意味があるのではないでしょうか。

それに、NAKADOに来られるお客さまの半数以上は県外の方です。そんなお客さまを相手に、あえて他の都道府県の食材を使った料理を提供する必要はありません。それよりも、広島には広島県民すら知らないおいしい食材があること、すばらしい生産者がいるということを伝えたいと考えています。その食材を、うちでしかできない調理法で提供する。家庭で再現できる料理では出す意味がありません。「おいしい」に「驚き」をプラスして「感動」を届けること。ここでしか叶えられない特別な体験ができる場所にしたいと思いながら料理をつくっています。

ひろしま未来区民として

NAKADOでは、お客さまにおいしい料理を提供するだけでなく、食材の魅力や生産者の情報もあわせて発信しています。そんな姿勢が評価され、2023年に第14回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」でブロンズ賞をいただきました。この賞は僕一人がもらった賞ではなく、生産者さんの賞だと思っています。食材あっての料理人で、僕は生産者さんとともに料理をつくり上げているので、食材の魅力を説明し発信することは義務と捉えています。

何年先になるかはわかりませんが、いつかふるさとの北広島町に戻ってオーベルジュ(宿泊施設つきのレストラン)を開くのが目標です。北広島町の山間部には、釣り堀や温泉、農園に牧場、いろんな楽しい施設があります。それら一つひとつの点をつないでいって、まちを複合アミューズメントパークのようにしたい。北広島町を訪れた人にはまち全体の魅力を知って楽しんでいただき、うちで食事をし、宿泊して帰っていただく。それが叶えば、また新たな雇用を生み、地域を盛り上げることにつながると思います。

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