新宿 “ハトひき逃げ”事件の加害者「逮捕」「実名報道」に物議も… 愛鳥家の弁護士が語る「妥当性」とは?

人慣れした都心部のハトは車が近づいても動じないことも多い(まんぼう / PIXTA)

12月5日、ハトをひき逃げしたタクシー運転手の男性(50)が逮捕されたという驚きのニュースが流れた。

報道によれば、男性は11月13日午後1時ごろ、東京都新宿区の路上でタクシーを急発進させて、ハトの群れに突っ込み、道路上にいたカワラバト1羽をひき殺したという。今月3日に「鳥獣保護管理法」違反の疑いで逮捕され、5日に送検、6日に釈放された。調べに対して男性は「道路は人間のものだ。よけるのはハトの方だ」などと供述したとされる。

男性を逮捕した警視庁新宿署(Caito / PIXTA)

「鳥獣保護管理法」では、原則として、野生の鳥は捕獲が禁止されている(8条1項本文)。

「捕獲」とは、単に捕まえるだけではなく、殺すことも含まれる。男性の供述から「故意」にハトをひいたことが明らかのため適用されたようだ。起訴され有罪となれば、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられることになる(鳥獣保護管理法83条1項1号)が、SNS上では、そもそも逮捕する必要があったのか議論を呼んだ。

また、この事件をめぐっては、男性が「実名報道」されたことも物議をかもした。

逮捕の必要性、そして「実名報道」に妥当性はあったのか。飼い鳥の保護活動に取り組む「認定NPO法人TSUBASA」の監事などを務め、「動物のための弁護士」としてペット関連の事件を多く手掛ける青木敦子弁護士に話を聞いた。

事件化は避けられなかった

前提として、通常逮捕は「逮捕の理由」(刑事訴訟法199条1項本文)に加え、「逮捕の必要性」(刑事訴訟規則143条の3)がなければ行うことができない。

30万円以下の罰金、拘留または科料にあたる罪、いわば「軽微な犯罪」については住所不定の場合や正当な理由なく出頭要求に応じない場合でなければ逮捕することができないが(刑事訴訟法199条1項但書)、前述の通り鳥獣保護管理法83条1項1号は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が法定刑となっており、軽微な犯罪には当たらない。

青木弁護士は、以上を踏まえ、逮捕された背景について、「目撃者が通報したことが大きかったのではないか」と推測する。

「見かけた人がネットに投稿したくらいでは警察も動きようがありませんが、今回は目撃者が110番通報しています。タクシーなのでドライブレコーダーもあったと思いますし、報道によれば防犯カメラもあったそうなので、物的証拠が多く、逮捕はともかく事件化は避けられなかったと思います」

さらに青木弁護士は、逮捕に異議を唱える人たちの中に「誤解もあるのではないか」として、こう続ける。

「ハトって確かに道路などで“どかない”ですよね。今回の事故も、おとぼけなハトが逃げ遅れて死んだことが原因で男性が逮捕されてしまった、というイメージを持っている方もいるように思いました。

ですが、報道によれば、逮捕された男性は、青信号になった途端に60キロで急発進してハトをひき殺したそうです。私も車の運転をしますが、60キロでの急発進はやろうと思ってもできない。人も多い新宿の路上で、急発進で60キロ。人間にとっても危ない行為に違いありません。警察はその危険性についても問題視しているのではないかなと思います」

実名報道は妥当だったのか?

「実名報道」が議論を呼んだことについて青木弁護士は、まず「実名報道の基準は報道機関によってさじ加減があると思いますが、たとえば、加害者が未成年の場合と、一部性犯罪のうち被害者が特定される危険が高い場合は実名報道しない方がいいとされています」と前提を説明する。成人が犯罪によって捕まった場合は、一般的に実名が報道されることが多い。

その上で、今回の事件で“だけ”実名報道を疑問視する声が上がったことに青木弁護士は違和感があるという。

「すべての事件で実名報道は被疑者にとって不利益となり得ます。実名報道自体を一切止めるべきという主張だったら分かるのですが……。今回の事件でだけ、実名報道による不利益が割に合わないと主張されている方は、どこかで『動物のために人間が不利益を被るなんて』と考えているのではないかなと思います」

近年「動物愛護法」が改正され、殺傷に対する罰則が強化されたものの、動物はいまだに法律上では「物」として扱われている(民法86条)。

青木弁護士は、この民法の考え方が知らず知らずのうちに国民に浸透していることが、今回の炎上の根底にあると見ている。さらに青木弁護士は、「こうした考え方は法律を学んだ法曹の中にこそ根強くあるもの」だとして、「動物虐待などを取り締まる『動物愛護法』が今後どれだけ厳しくなったとしても、どこかでこの民法とのひずみが出てくると考えています」と話した。

解剖は「被疑者のため」でもある

なお、男性に殺されたハトは獣医師により解剖され、死因は「外傷性ショック」と特定された。

このことに対しても、インターネット上には「警察は暇なんじゃないか」「解剖までするなんて違和感」などと声があがったが、青木弁護士は「解剖は当然するもの」と説明する。

「動物の殺傷事件で、死体があれば絶対に解剖します。それが当たり前のことなんです。むしろ解剖もせず、“見た感じ”だけで、被疑者つまり1人の国民を刑罰に処すかどうか決めるわけにはいきませんから」

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