女子サッカーを“見る”文化をつくる。WEリーグ・髙田春奈チェアが仕掛ける“攻めの施策”

2021年9月、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が開幕した。1年後の2022年9月、初代チェアの岡島喜久子氏からバトンを引き継いだのが、V・ファーレン長崎元代表取締役の髙田春奈氏だ。新チェアは、WEリーグカップでの多彩な演出、公式マスコット「ウィーナ」の誕生、渋谷へのオフィス移転など、WEリーグの認知を拡大するべく“攻めの施策”を次々に打ち出している。「世界一の女子サッカーを。世界一アクティブな女性コミュニティへ」というビジョンを推進し、新たな舞台で挑戦を続ける髙田氏に話を聞いた。

(インタビュー=北健一郎、構成=青木ひかる、写真=©WE LEAGUE)

「WEリーガーになりたい」の夢を広げる

――WEリーグが始まって丸2年が経ちましたが、髙田チェアは“WE効果”をどのように感じていますか?

髙田:女子サッカーが盛んな地域では、小学生でも「将来サッカー選手になりたい」と話す子が増えてきていると聞いています。

「WEリーガーになりたい」という言葉はまだ少ないかもしれませんが、目指す場所ができたことで、女の子でも将来の夢に「プロサッカー選手」と掲げられることは、WEリーグができたからだと思います。

今回の女子ワールドカップ(オーストラリア&ニュージーランド 2023)や、今度のオリンピック(パリ大会 2024)で選手たちが活躍する姿を見てもらって、もっと「WEリーガーになる」という選択肢があることを認知してもらって、私たちもその夢を後押ししていきたいですね。

――WEリーグができる前は、現場でプレーする選手から「このままでもよかった」という声もあったそうです。プロ選手になることのメリットや変化は具体的にどんなことがあると思いますか?

髙田:たしかに、始まる前まではそういった意見もありましたが、今は100%時間をサッカーに注ぐことができ、より体が絞れた、パフォーマンスの向上につながったという声を、選手本人からもスタッフからもよく聞きます。

WEリーグでもアマチュアとしてのプレーを選択する選手もまだ一定数はいますが、競争力が激しくなれば、上を目指す選手は必然的にプロの環境を求めるようになるはずです。そうやって、女子サッカーの価値、プロ選手の価値が向上していくのではないかなと考えています。

――一方で、プロ化によってクラブの運営費が膨らんでいく可能性もあります。

髙田:リーグとしては、各クラブに対して「プロ契約は15名以上(うち5人以上が年俸460万円以上のA契約)」、「最低年俸270万円」という2つの基準を設定しています。私たちとしては「全員プロ」を望んでますが、スポンサー収入やチケット収入でなかなかコスト分を回収しきれないという声が多いことも、事実としてある。このままの状態が続くと、選手の年俸もなかなか上がらないし、それだと夢が広がりません。

私たち、リーグがやらなければならないのはWEリーグの理念に協賛してくれるパートナーを増やしていくことです。クラブに還元できるものも増えていくので、そこに注力しなければなりません。「リーグの認知度が上がれば営業がやりやすくなる」とクラブからも言われています。なので、直接的に資金を集めるということと同時並行で、露出できる機会や場所を探すこと、価値を向上させるために何ができるかを考えて、実行していく必要があると感じています。

――WEリーグが開幕時から行っている「WE ACTICON」は、どんな位置付けのものかを教えていただけないでしょうか。

髙田:私たちは、「世界一アクティブな女性コミュニティへ」というビジョンを掲げていて、競技面だけでなく「WE ACTION」という社会貢献活動に取り組んでいます。もともとは、2021年のリーグ開幕初年度に加盟クラブが11クラブと奇数だったこともあり、シーズン中の試合がない日を「WE ACTION DAY」としました。

Jリーグの「シャレン!」に近いようなものですが、ピッチ外でのサブ的な活動というよりも、競技と同じくらい、重要視されている活動です。選手自身も、どんなことが自分たちにできるか、どんな価値を地域にもたらすことができるかを積極的に考えて行動してくれています。

リーグを盛り上げる、新たな仕掛け

――公式マスコット「ウィーナ」が誕生したことも話題になり、メディアやSNSにもたくさん取り上げられていました。これは、髙田チェアのアイデアですか?

髙田:私自身がV・ファーレン長崎という、マスコット(ヴィヴィくん)の恩恵をかなり受けていたクラブにいたこともあり、このWEリーグでもそのノウハウを生かして、進めたプロジェクトです。

ファン層を広げられることもそうですが、リーグとして各クラブの選手に稼働を依頼できる時間も限られるため、“顔”になる存在を1つ作っておくことは重要なことです。

あとは、クラブもマスコットをつくったものの、有効活用できないという話も聞くので、ぜひ私たちの取り組みも参考にしていただきながら、全体を盛り上げていければいいなと思っています。

――WEリーグ公式マスコット「ウィーナ」のコンセプトは?

髙田:WEリーグは多様性を大事にしているので、誰とも仲良くなれる存在にしたいということが一つ。ただ、それだけだと“ただのいいこ”になりがちなので、「自分らしく、自由で気まぐれなままでいい」というメッセージも込めました。幸運を呼び込むような、みんなから愛される要素を詰め込んでみました。

マスコットはただかわいい、親しみやすいだけではなく、クラブの理念や性質を象徴して具現化した存在だと思っています。実際に、公式マスコット「ウィーナ」を作る過程で「WEリーグらしさ」ってなんだろうと、あらためて考えるきっかけになったので、それを広げていくためにも頑張っていきたいですね。

――今年6月に渋谷にWEリーグの事務所を移転しました。

髙田:きっかけとしてはJFAハウスの移転です。新しいJFAハウスで働いている部署もあって、もちろん連携はしているのですが、また違うところで「WEリーグらしさ」を発揮できる場所がほしいなと思って新しく場所を作ることを決めました。

どこで働くかは、その組織のマインドにつながりますし、世間からのイメージも大きく変わると思っています。渋谷の多様性のある空気感が、WEリーグが目指すものに似ているなと感じて、すぐに各所に相談をさせていただきました。

――10月には渋谷駅から数分の場所に情報発信拠点「Home of .WE」を設立しました。

髙田:女子サッカーファンにもたくさん来てほしいですが、街を歩いている人がふらっと入って、女子サッカーやWEリーグに興味をもつきっかけになったらいいなと。カラフルで派手な入り口にはなっているので、「何だろう?」と思って目に留めてくれる人も多いと思いますし、ビジネス面でも新しい出会いが生まれるんじゃないかという期待感も持っています。

「フットボールのすごさ」を最大限に引き出すために

――今シーズンのキックオフカンファレンスは、各クラブから1人ずつ参加していましたが、若い選手が多かったのが印象的でした。

髙田:こちらから誰を呼んでほしいということはなく、基本的にはチームに任せていたので、私も「この選手をクラブが押し出したいんだな」と。実際に開幕してみると、キックオフカンファレンスに登壇した選手の活躍が目立っていて、うれしく思っています。

――2011年のなでしこジャパンの世界一から10年以上が経って、女子サッカー界として新たなスター選手を生み出すために仕掛けたいことなどはありますか?

髙田:各選手のブランディングはクラブの意思を尊重しているので、リーグとしてできることでいうと、活躍した選手をどう打ち出すか、輝かせるか。

特にこだわっているのは、“フットボールのすごさ”を伝えることです。

昨シーズンは試合配信のカメラ台数を減らしていて、試合中の撮影はもちろん試合後のインタビューが撮れないということがありました。見せ方を考える以前に、本来、一番見せたいものの予算を削って満足に発信できないのはあってはならないことです。

ですので、今年はもう一度台数を増やして、実況も解説をつけて2人体制にしました。サッカーファミリーを巻き込んでいきたいという思いもあり、男性も活躍していただいているところも、昨シーズンからの変更点です。

――6,200人の観客を集めたWEリーグカップ決勝も、マスコットイベントやミニ運動会をしたり、ハロウィンの企画をしたりと“お祭り”感がすごく出ていました。

髙田:WEリーグカップはリーグが主催する唯一の大会なので、「WEリーグの楽しみを全て詰め込む」をコンセプトに置きました。老若男女楽しめる要素、選手との親近感、理念推進活動……。それらを全部、スタジアムやタイムテーブルにちりばめました。

なかなか点が入らない堅い試合でしたが、YouTubeでの試合配信の視聴数も15万回再生を超えていて、「すごく面白かった」と言ってもらえて、手応えを感じた試合にはなりましたね。

ピッチ外でも世界レベルに追随を

――「女子サッカーは次のフェーズに入っている」とキックオフカンファレンスで話をしていましたが、日本女子サッカーの今後の展望を教えてください。

髙田:今年は女子ワールドカップも視察し、競技面での発展をすごく感じました。優勝したスペインも、日本と同じようにここ数年でプロ化した国でもありますし、あらためて各国の代表チームを見ても、日本の戦いぶりを見ても、レベルの高さや成長が感じられた大会になったのではないかなと思います。男子サッカーを普段見ている方からもすごく面白かったと言われたので。

スペイン、イングランド、アメリカなどは商業的な価値をつくることで、競技にも投資ができて、選手の環境もよくなっています。一方で、競技面で日本は劣っていませんが、商業的な価値の向上も進んでいるので、「世界レベルについていかなければいけないな」という健全な危機感を抱いています。

――髙田さんはスポーツ庁主催の「SPORTS INNOVATION STUDIOコンテスト」の審査員を務めています。12月22日が応募締切となっていますが、応募を検討している方々へメッセージをいただけますか?

髙田:スポーツの力を信じて多くの方が様々な形で活動をされていると思います。ぜひその活動をご応募いただき、より多くの人に新しい可能性を広げていきませんか?

<了>

■「SPORTS INNOVATION STUDIO コンテスト」
産業拡張につながるイノベーティブな取り組みや経済成長・社会変革を今まさに起こそうとする取り組みをたたえ、広く世の中に届ける、日本最大級のスポーツのコンテスト。最もイノベーティブな取り組みをたたえる「スポーツオープンイノベーション大賞」をはじめ「ビジネス・グロース賞」「ソーシャル・インパクト賞」「パイオニア賞」と4つの賞区分がある。国内に拠点を置く企業、競技団体・チーム・NPO・NGO地方自治体など、スポーツに関わる、あらゆる団体・個人が応募可能。

応募期間:2023年7月3日(月)~12月22日(金)23:59
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髙田春奈(たかた・はるな)
1977年5月17日生まれ。長崎県出身。国際基督教大学卒業後、ソニーに入社。秘書、人事を経て、2005年独立。主にジャパネットグループにおける人事コンサルティング、広告代理店業を経て、2020年にJリーグの V・ファーレン長崎の代表取締役社長に。2022年3月にはJリーグ常勤理事となり、同年9月より公益社団法人日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)のチェア(理事長)に就任。

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