「昭和喪失」 ~あと数年も経つと「遺産」となる~ そのような時代を迎える前に 第12章(最終章) 東京都墨田区東向島~鳩の街通り商店街~

墨堤通りから鳩の街へ歩みを進めると、高低差1メートルほどを一気に下る。ここは、墨田区向島と東向島の境界、かつての赤線地帯だ。

墨東、隅田川の東側に集まる赤線地帯

近くには玉の井の歓楽街。東京大空襲で焼け出されたものたちがこの地に移転・開業したのがその始まりと言われている。米軍兵士の慰安施設から戦後、日本人相手の特殊飲食店街(赤線)として発展した。警察からの指導で、東京の赤線はタイル張りのカフェー風に作られた。1952年頃、100軒を超える娼館300人ほどの接客する女性がいたという。

しかし、1958年に売春防止法が施行されるとすべての業者が廃業、跡地は商店街やアパートなどに変貌していった。

吉行淳之介や永井荷風がこの地を舞台とした小説や戯曲を発表。また、昭和の女優・歌手である木の実ナナの生まれ育った場所としても有名である。

夕方から車両通行止めになる商店街

現在の商店街は、その多くがシャッター店舗になっているものも多い。一方、現役で営業している店舗やスーパーなどもある。毎日16時から19時までは車両通行止めになる。

そして、裏手の通りには、当時のタイル張りの建物も残っており、往時を彷彿させてくれる。しかし、老朽化による建て替えが進み、巨大なマンションも建築中だ。

新旧の建物が混沌とした中に存在している。あと少しすると昭和は喪失していくだろう。

組合主導の未来につながる取り組み

商店街には、古民家を活用した食事施設(こぐま)や共同住宅(鈴木荘)にて新規事業を進める施設もできあがっている。朽ちていくモノとリスタートをするコトが共存する「鳩の街通り商店街振興組合」。

生まれ変わる姿を見てみたいと思う場所だ。

2023年6月から撮り始めた「昭和喪失」、歴史は、時を経て進化するもの。その進化は令和につながり、その土地で生きるものに引き継がれていく。まだまだ見ていない景色は、たくさんあるが、ここで終章。

来年は、「東京再発見」、未来につながる風景を撮り、みなさまに伝えていこうと思う。

寄稿者 観光情報総合研究所 夢雨/代表

(これまでの寄稿は、こちらから)

(次ページ以降は、鳩の街通り商店街の今を!)

撮影・取材 2023年11月27日

鳩の街通りの一本裏通りを歩く!

お寿司屋さんの裏側には、路地に面した長屋が!

商店街の裏側に朽ちそうな長屋が!

裏路地から見える商店街の様子

営業を止めたと思われるお店## ここからがメインストリート、今の様子

まだまだ現役の文房具店

終焉を迎えたお店、シャッターは閉まったまま

開いているのだろうか、通り沿いの病院

大正から明治、壁一面が銅板、緑青色に!

いつから営業が始まったのであろう、通り沿いのスーパーマーケット

おでん屋さんの先に見えるメインストリート

花屋の女将さんの定位置はこちら

未来につなげる、古民家カフェこぐま

振興組合が直営するチャレンジングスポット「鈴木荘」## 赤線時代の名残を探して・・・

手前の木枠の窓が艶めかしく、軒のタイル張りも往時を彷彿させる

赤線を彷彿させるタイル張りの柱、不思議な出窓も!

裏木戸のような赤線家屋への入り口

タイル張りの家屋から商店街を覗き見

カフェーの時代、タイル張りの柱が象徴的

赤線の名残の建物、古き時代のまま

出入口が二つある家屋、少し不思議

外階段が二階につながる不思議な家屋

手前の更地には何が建っていたのか、蔦の絡まる家屋

一軒だけ平屋の住宅、往時のまま

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