“糸引きマフィン”騒動で多発したSNS「店主は発達障害」投稿 他人を障害認定する行為は“誹謗中傷”に当たらない?

デザフェスでも販売されたマフィン(ハニーハニーキス公式サイトより)

「糸引きマフィン」と呼ばれる食中毒騒動がデザインフェスタ(通称:デザフェス)で発生してから約1か月。当時は大きな話題になったが、12月に入った今では人々の関心も薄れつつある。

12月18日には、マフィンを製造・販売した菓子店を所管する東京都の目黒区保健所が、店に対する行政処分を見送ったことがわかった。マフィンを食べて体調不良を訴えた7人の便やマフィン15個の成分を分析したが、食中毒の原因となる細菌が検出されなかったためだ。

筆者はこの事件について、騒動の初期から動向を追っていた。特に注目していたのは、マフィンを売った店主に対する「誹謗中傷」行為だ。店主の見た目や店のチラシをもとに「精神疾患や発達障害があるのではないか」と発言するSNSユーザーが続出したのだ。そのほとんどが、「自分は正しい意見・批判を言っている」と思っているようだった。

事態発覚後の店主の対応は食品業者として不適切であり、批判されるべきだったのは間違いない。だが、本題とは関係ない部分を取り上げ、病気や障害だと“意見”するのは度を越していなかったか。

そこで筆者は、糸引きマフィンの店主に対する「病気・障害」発言を収集、分類。どのような文脈での発言や表現が誹謗中傷になるのか、あるいは「意見」の範囲として認められるのか、SNSでの誹謗中傷などの対応に注力する木津葵弁護士に解説してもらった。

“意見論評”型の名誉毀損(きそん)にあたる

今回のマフィン事件に対するSNSユーザーの投稿を整理したところ、5つの型に分類できた。以下がその5類型だ。

① 「ヤバイ」「おかしい人」「明らかに普通じゃない」といった投稿
② 「物事を客観視できないところが発達障害やグレーゾーン、軽度知的障害に似ている」など、投稿主が自分の経験に基づいて判断
③ 「この人は完全に病気」「発達障害持ちだからわかるけど、この人は絶対に発達」など、障害・病気と断定
④ 「店主はおそらく何かの病気や障害だろう」「生まれつき何か持っているだろう」と、推測の形を取りつつ可能性を示唆しているパターン
⑤ 「脳の病気やその他の病気の可能性があるから病院に行ったほうがいい」など、投稿者が真剣に考察・意見していると思われるパターン

以上のうち、①②④は「意見評論型の名誉毀損」にあたると木津弁護士は話す。

「意見論評型の名誉毀損とは、前後の文脈や読み手の知識、経験などから『間接的ないし婉曲に事実を適示し、人の社会的評価を貶めるもの』です。これは民事上の名誉毀損にあたり、今回の場合、実際には病気や障害がなかったとしても成立します」

一見、個人の感想に思える「ヤバイ」などの投稿は、他人の人間性や性格を誇張して主張していると捉えることもできる。そのため木津弁護士は「意見評論型の名誉毀損にあたる可能性もある」と見解を示す。

「ヤバイ、おかしい人、明らかに普通じゃないという表現は、文脈や会話の流れなどによって変化しうるものです。しかし、個人の創作物や外見を指してそういった発言をすると、『社会的な受忍限度の範囲を超えて、その人の名誉感情や社会的評価を傷つけた』として、侮辱罪や民事上の不法行為に該当する可能性も考えられます」(木津弁護士)

②の「発達障害やグレーゾーン、軽度知的障害に似ている」という内容も、比喩的に誰かの人間性について主張しているといえるため、意見論評型の名誉毀損にあたるという。

「④の『障害や病気だろう』といった投稿も、遠回しにその人の内面について主張しているといえるので、意見論評型の名誉毀損にあたるでしょう。名誉毀損や侮辱罪が成立する条件として、個人の経験則に基づいて判断しているか、それが一般的に正しいものであるかは求められていません」(同前)

なお、③の「この人は完全に病気」などの断定した表現や、⑤の真剣に考察しているパターンは、シンプルに名誉毀損にあたるそうだ。

「何らかの病気や発達障害であることは、医師や専門家の診断という客観的な証拠をもって判断できる事実です。なので、悪意のないアドバイスのような文脈で投稿していても『公然と事実を摘示して人の社会的評価を貶める』と判断され、名誉毀損に該当する可能性が高いでしょう」(同前)

同店で販売されていた「シナモンアップルクランブルマフィン」(画像提供:marika(@osusitabemasu)さん)

障害を「誹謗中傷」とするのは、障害を持つ人への配慮に欠けている?

ちなみに、糸引きマフィンの店主に対する病気・障害発言をめぐっては、「誹謗中傷ではないか」と非難するSNSユーザーも多くいた。しかし、さらに彼らを批判する人たちも現れた。いわく、「障害や病気かもしれないという意見を誹謗中傷だと捉えるのは、実際にそういった診断を受けている人に失礼だ」と。

筆者自身、その意見には一瞬考えさせられてしまった。精神疾患や発達障害に無意識の差別心を持っているからこそ、「他人から言われると傷つく言葉(誹謗中傷)」と捉えてしまうのではないか。

そうした考えを木津弁護士に投げかけてみたところ、「『病気だという意見を誹謗中傷と捉える』のが悪いのではなく、『誹謗中傷の手段として病気や障害を使うこと』が悪いのです」と返してくれた。

「確かに、一理ある意見だとは思います。しかし、心身に医学的な異常がないのに精神疾患や発達障害だと指摘されると、『自分はそうなんだ』と思い込んでしまったり、自尊心が傷ついてしまいます。また、一般的に疾患の有無はプライバシー性が高いと考えられています。もし本当に疾患があり、それを暴露するような投稿であれば、プライバシー権の侵害として民事上の責任を追及されるおそれもあります」(木津弁護士)

過度な“晒し上げ”は責任を追及される

違法行為や問題行動をとった人物に対し、晒し上げて袋だたきにするユーザーは後を絶たない。そうしたネット社会の風潮に対し、木津弁護士は苦言を呈する。

「違法行為や、他人を傷つけるようなことをした人が、何らかの責任を追及されるべきなのは間違いありません。しかし、投稿内容が真実であっても、原則として名誉毀損は成立します。正義感からくる言動であっても、過度な晒し上げは法的な責任を追及されてしまいかねません。画面の向こうにいるのは同じ人間です。投稿を見た人がどう思う、どう感じるか。投稿ボタンを押す前に、その言動に出る前に、一瞬でも考えられるようになってほしいと心から願っています」

今回のマフィン事件では、マフィンの購入者ではないにもかかわらず正義感に駆られ、店主のプライバシーを晒す人間が続出した。「許せない!」と義憤に駆られる前に、行動した先で背負う責任について考えてみてほしい。

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