「全校生徒の投票先、実は〝筒抜け〟になってます」生徒会選挙で驚きの事実 「投票の秘密」の侵害、教育デジタル化が招く

イメージ写真(本文の内容と関係ありません)

 8月下旬、大分市で教員限定の会合が開かれた。会合は、教員らが所属する市内の各学校での先進的な取り組み事例を検討する協議会。そこで、ある情報通信技術(ICT)の活用例が報告された。
 内容は、公立中学で実施された生徒会の選挙に、授業などで使う「教育支援アプリ」を利用して投票や集計をした、というもの。出席していたある公立中学の教員は、詳細な報告を聞いて耳を疑った。
 このアプリを使えば、それぞれの候補者にどの生徒が投票したかが全て分かるというのだ。学校の生徒会選挙は、単なる人気投票ではない。専門家も「本物の民主主義を学ぶ場で、主権者教育の一環」と指摘する。いずれ成人になり、投票権を行使する予行演習的な意味合いも含まれている。
 それなのに、選挙の基本中の基本と言える「投票の秘密」が守られていない。しかも、同じことをしている学校は、ほかにもあるという。
 この教員は驚きを隠せなかった。複数の学校で実施されているから、だけではない。「投票の秘密を守らないことについて、誰もその場で異議を唱えなかったことにも違和感があった」。教育現場で何が起きているのか。(共同通信=大日方航、森本愛、滝田汐里)

教育支援アプリを使った生徒会選挙のイメージ

 ▽全国に広がる教育支援アプリ
 教育支援アプリは全国的に普及している。新型コロナウイルスの流行でオンライン学習が広まったことや、全国の小中学生にデジタル端末を配る国の「GIGAスクール構想」が推進されたためだ。
 スマートフォンやタブレットなどのデジタル端末に入り、授業や家庭学習で使われる。同じ画面を共有して書き込んだり、資料や写真を送り合う機能があるほか、テストを実施することもできる。保護者と教員の連絡にも活用できる利点がある。
 今回の生徒会選挙に使われたアプリを導入していた学校は、全国で約1万2千校。一部の学校は、アプリに搭載されていた「アンケート機能」を応用し、生徒会選挙に使っていた。

高校のイメージ(本文の内容と関係ありません)

 ▽「認識不足だった」と悔やむ学校も
 大分市のある公立中学では、2022年からタブレット端末を利用し、投票結果を教員側が把握できる形で選挙をしていた。この学校のICT担当教員は取材にこう答えた。
 「教員側が(各生徒の投票内容を)確認できる状態になっていたことは事実」
 大分市の別の学校の教員は、アプリを使うようになった理由を明かす。「作業を楽にして教員の負担を減らすことが目的だった」。投票用紙を使うこれまでの方法では、開票作業に手間がかかるから、とも説明している。
 宮崎市の公立中学でも、少なくとも2校が同じ教育支援アプリを使って生徒会選挙をしていたと明らかにした。うち1校は今年初めて利用したものの、来年度からは従来通りの「紙方式」に戻すという。この学校の担当者は「秘密選挙の原則を教える立場なのに、認識不足だった」と話した。
 福岡市のある私立高校は、このアプリを7~8年前に導入した。その後、新型コロナウイルス禍を受けて、生徒会選挙でも数年前から使うようになった。「開票作業が迅速化した」ため、今後もアプリを使うという。学校側によると「誰が誰に投票したかは、システム担当の教員以外は把握しないようにしている」
 一方で、別のシステムを使っていた大分市のある学校の担当者は、生徒の投票内容を把握していたと明かした。目的は「二重投票を防ぐためだった」。

生徒会活動支援協会の高橋亮平理事長

 ∇背景に「生徒会の軽視」

 秘密投票の原則は、憲法に規定されている。生徒会選挙でも投票の秘密を守る大切さはどこにあるのか。生徒会活動支援協会の高橋亮平理事長はこう説明し、憤った。 「学校内という限定的空間とはいえ、本物の民主主義を学ぶ場なのに」教員側が意識せず、「悪気なく」続けている点も問題視。その理由の一つとして「教員が、生徒会を軽視している」ことを挙げた。

 一方で、生徒会選挙が「選挙の体をなしていない」という面もあるのは否めない。
 高橋氏と千葉市教育委員会が2015年以降、千葉市内の全市立中55校に実施した調査によると、生徒会長を選ぶため競争選挙が実際に行われていたのは4校だけ。大多数は信任投票で、選挙と銘打っていても実質的には形骸化していた。
 2016年に選挙権年齢が18歳以上へ引き下げられ、一層生徒会選挙の「主権者教育」の重要性は高まっている。高橋理事長は現状を改善する必要があると考えている。
 「本来、生徒会選挙は教員ではなく生徒が管理するべきものだ」
 生徒会は、中学校や高校に置かれる生徒による自治的な組織。学校生活の改善や社会参画活動に取り組む。学習指導要領によると、学校生活の充実と向上を図るための諸問題の解決に向け「自主的、実践的」に取り組み、資質を育むことなどが目的とされている。
 会長ら役員は原則として全校生徒による投票で決定する。軍国主義的な教育に対する反省と民主的な市民育成のため、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の関与の下、各地で活動が盛んになったが、その後は低迷しているのが現状だ。

日本大の岩崎正洋教授(政治学)

 ∇生徒会選挙は「民主主義の疑似体験」
 専門家は現状をどう見ているのか。
 日本大の岩崎正洋教授(政治学)は、手軽に投票できるICT選挙自体は好ましいと指摘する一方で懸念もあるとみている。
 「誰が誰に投票したか分かる状態では『選挙』ではない。学校の現場で民主主義に対する感覚が薄まっているのでは。問題を放置すれば、電子投票を国政選挙に導入する際、政府が国民を秘密裏に監視しているのではという疑念を生む」
 鹿児島大の小林元気准教授(教育社会学)は、生徒会選挙が生徒にとっての「民主主義の疑似体験」と説明する。

鹿児島大の小林元気准教授

 「自ら選挙のプロセスを経験することが大事で、主権者教育と密接につながっている」と指摘。「新たな情報技術を用いた教員業務の効率化は検討されるべきだが、アプリの利用に伴い、投票先を教員側が把握できる事態を招いたことは残念。放置すれば、民主主義下での選挙の原則である『秘密選挙』は大して重要ではないと、誤って生徒に理解、学習されてしまう恐れがある」

大分市役所

 ∇投票の秘密、どう守るか
 生徒会選挙で使われたアプリを開発した企業の担当者は、誰が誰に投票したかを匿名化する機能はないと説明する。アプリの機能は「教員と生徒が使い方を探っていくことが前提だ」。
 一方でアプリには教員らの負担を減らす効果もある。利用しながら投票の秘密を守れればいいという指摘もある。
 自治体などでのインターネット投票の普及に向け、投票システムの研究開発に取り組む「スパイラル」(東京)の事業責任者市ノ沢充氏は、生徒会選挙といえども投票内容を匿名化する機能を実装するのが望ましいとの立場。実装するまでの次善策としてこんな形式を提案している。
 「生徒でつくる選挙管理委員会や第三者がアプリの開票に立ち会うなどし、教員による操作を監視すれば、『投票の秘密』を守れるのでは」
 盛山正仁・文部科学相はこの問題について、10月の記者会見でこんな見解を示した。「選挙は公平性や生徒のプライバシーに配慮して実施されることが重要だ」
 大分市の足立信也市長も問題発覚を受け「あってはならないこと。教員は選挙の意義や公正性を教える立場なのに残念だ」などと批判。「投票行動まで分かってしまうとなると、そこに引っ張られて公正な選挙にならない」
 問題発覚を受け、大分市教育委員会は「投票の秘密」が守られる形で選挙を行うよう、市内各校を指導している。

© 一般社団法人共同通信社