ひとりでいられない人へ。誰かを求めるより心が落ち着く「ひとり時間」の過ごし方

休日に予定が入っていないと焦る、誰かといないと落ち着かないなど、「ひとりで過ごす」ことに不安を覚える人はいないでしょうか。

「自分だけの時間をどう潰せばいいかわからない」という声もありますが、ひとりでいることは「他人をむやみに必要としない」自分を作ります。

ひとりでいることを「周囲に寂しい人と思われたくない」と気に病むことは、かえって孤独が深まる原因にもなりかねません。

誰かを求めるより心が落ち着ける「ひとり時間」はどうやって持てばいいか、お伝えします。

「ひとり=孤独」ではない

自由な時間が多く友人や恋人と約束もしやすかった若い頃に比べ、30代以降は仕事などに追われプライベートな時間が減り、休日に誰とも約束しないときも出てきますよね。

「ひとりで過ごす休日が苦痛」と話す人に事情を聞くと、「誰からも声がかからないし誰も誘えない自分を知ると孤独を感じる」と返ってきて、「ひとり=孤独」と思いこんでいることがわかります。

「部屋でぼーっと過ごして気がつけばもう夕方」のような休日に身を置くと、誰からも必要とされていないような焦りを感じますが、では「誰かと遊びに行く休日」に負担はないのでしょうか。

買い物や食事は確かに楽しいけれど、他人と一緒なら自分の思い通りにいかない場面もあるわけで、そもそもその「他人」とどれくらい仲がいいかでも気持ちのリラックス度は変わってきます。

孤独は嫌だからと無理に誰かと約束をして外に出ても、心が疲れてしまうような時間なら「ひとりのほうがマシ」ですよね。

ひとりを孤独だと捉えると不安や焦りが前に出ますが、ひとりで過ごす時間は「自分を慈しむ機会」、心と体のリフレッシュを目的に考えると意識がガラッと変わります。

人とコミュニケーションを取りたい、人の間にいたいと強く思うと「ひとりで過ごす」ことに不安を覚えやすいですが、誰かと楽しむには「それができる自分」が必要で、エネルギーをチャージする時間も重要。

「ひとり時間」は、自分と向き合う唯一無二の機会なのだと考えたいですね。

「自分のために過ごす休日」がやる気を養う

何も予定がない休日は、裏を返せば「何でもできる」ということです。

ソファでダラダラしながら映画を見てもいいし、部屋の片付けに精を出してもいいし、作りおきのお惣菜を作るのも自由です。

誰かと会う、友人や恋人を自宅に招いておしゃべりを楽しむような過ごし方ももちろんアリなのですが、「孤独の解消」が目的になると必ず無理が出ます。

「来てもらったからには楽しませなければ」、「来てもらえば後はこの人が話題を提供してくれるだろう」、その人の存在に自分の在り方を左右されると、一緒にいてテンションが上がるはずが逆に苦痛を覚えることだってありますよね。

人といる時間は、「孤独の解消」ではなく互いの好意や信頼を深める過ごし方が正解で、無理のある関わり方はかえって「人といても楽しめない自分」の実感を強くします。

ひとりでいるのが嫌だからと無理やり誰かに相手をしてもらうより、「今日は自分のために過ごそう」とひとり時間を充実させるほうが、緊張から解放された心と体を受け止めることができて良い休息になると筆者は考えます。

仕事も、友人や恋人と過ごすのも、「その自分」にやる気がなければ楽しめないですよね。

心と体を十分に休ませる機会が「次」の充実度を左右するので、「自分のために過ごす休日」がやる気を養うと考えましょう。

人と楽しく過ごしたいからこそひとり時間を大切にするのが、忙しい毎日をやる気を持って乗り切るコツではないでしょうか。

では、「ひとり時間」には具体的に何をするのがいいのか、次にお伝えします。

「ひとり時間」で意識したいこと

「後回し」にしていた楽しみを持ってくる

気になるけれど見る時間がないままのドラマや映画、読みたいと思うけれど買いに行くのが億劫だった小説や漫画など、「後回しにしている楽しみ」はないでしょうか。

時間に追われるとどうしても目の前のことをこなすので精一杯になりますが、それがない休日は、自分だけで完結する楽しみに没頭すると気分がリフレッシュできます。

楽しみたいと思っているものをそのままにしておくことにもストレスはあり、気になっていたものを「ちゃんと受け止めてみる」のも、新しい感動や別の価値観を知る大切な機会です。

筆者の友人で手帳好きなある女性は、「来年使おうと思って買ったまま開封していなかった手帳を開いて準備する」時間を作り、それができたことで「心に引っかかっていたものが一つ解決できてスッキリした」と話していました。

それをする気があるのに置いたままになっているものは、「やっていないこと」で焦りが消えません。

ひとりだからこそ集中できる時間は、後回しにしていた楽しみに心を浸すのに最適です。

普段と違う「体の使い方」

これも筆者の友人ですが、「休日に部屋の模様替えをする」のを楽しむ人もいます。

「目にする景色に飽きてくると気分が上がらない」ため定期的に模様替えをするそうで、テレビやソファの位置から変えるので意外と重労働で、それが頭をスッキリさせるといいます。

普段と違う体の使い方は、それが自分のためなら、疲れるけれど充実感があるのですね。

時間がかかるため会社と家の往復が中心の平日にはなかなかできないことで、「隙間時間に家具のレイアウトを考えるのもいい息抜き」と話すのは、実行する休日に向けてやる気を育てるような楽しみがあると感じました。

家具の移動のような大きな作業ではなくても、玄関のディスプレイを変えてみたりいつもはする気の起こらない箇所の掃除をしてみたり、過ごす環境を整える時間はその後の気分を穏やかにしてくれます。

家のなかでなくても、いつもは歩かない近所を散策する、ウェアを着てウォーキングに出るなど、目にする景色を変える体の使い方はリフレッシュに向いています。

意識して体を動かすことは、運動不足の解消にもつながりますよね。

一方で、普段は忙しいからこそ休日はゆっくりと横になって過ごす、「動かない日」にするのも自分をいたわる時間。

疲れていると実感できるときは、手足を投げ出してリラックスする、あたたかい飲み物を楽しむ穏やかさも、次の日から動く体力を取り戻してくれます。

新しい楽しみを見つける

文章を作ったり絵を描いたり、写真を撮ったりするのが楽しいという人は、ひとり時間にもっと突き詰めてみるのもおすすめです。

小説を書いてみる、撮った写真をアルバムにするなど、「好き」をさらに深くする時間は心に良い刺激を与えてくれます。

SNSを開けば同じ趣味の人はたくさんいて、自分とは別の「好き」を楽しんでいる人を知ることができるのも、現代の良さだなと感じます。

料理であれ陶芸であれ、自分の作ったものを愛する姿勢は「新しい楽しみ」を見つける目を養います。

どんな分野でも表現にはいろいろなやり方があり、より自分に合ったもの、自分の気持ちを伝えられる手段を知ると、「好き」がさらに大きくなりますよね。

集中するには邪魔されない環境が必要で、ひとり時間こそ自分の「好き」と向き合う貴重な機会です。

やってはいけないのは自分の実力と他人をむやみに比較することで、誰かを置いて自分の価値を考えるのではなく、それ自体を楽しむ気持ちを忘れないこと。

好きで続けているものは、人の目に触れる機会があればそれが新しい出会いを呼ぶこともあります。

ひとり時間は、これまでの趣味や好きなものをさらに充実させるだけでなく、新しい世界を知るきっかけとして考えると、孤独とはまったく違う過ごし方ができます。

心が自立しているからひとりで過ごせる

「ひとりで過ごすことで周りに寂しい人と思われそうで怖い」と話す人がいますが、「ひとり=寂しい人」と安易に決めつける人は他人の存在も軽く見ている、と筆者は感じます。

「誰かと一緒に過ごせる自分にこそ価値がある」と思ってしまうと、自分の満足のために他人を利用するのが当たり前になり、また自分も等しく「他人の寂しさを紛らわせるための道具」となっても文句が言えません。

自立した心があれば「ひとりの時間でも充実を実感できる」ことに自信を持てるため、人との関わりに無理がなくなります。

「寂しい人と思われたくないから誰かとの約束が常に必要な人」が孤独なのであり、自分の在り方に安心するために他人が必要となるのは、いつまで経っても自分の足では立てないことと同じです。

「孤独」とは他人との共存を拒否して常にひとりぼっちで生きていくことであり、周囲から取り残されるような暗さが付きまといます。

心が自立しているからひとりで過ごせる人とは、他人と交わることを忘れず「次」のエネルギーをしっかりと蓄えている状態です。

寂しさは他人と関わらないことで生まれますが、「ひとりだから寂しいとはならない」ことを、忘れてはいけません。

「ひとりでいること」への不安は、他人と過ごせないことではなく「その時間でいかに自分を慈しめるか」で解決できます。

そして、自分を大切にできるからこそ他人とも楽しく過ごせるのがコミュニケーションの本質であり、ひとり時間の充実が孤独を遠ざけることを、意識したいですね。

(mimot.(ミモット)/ 弘田 香)

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