J1に「強度時代」到来か。ヴィッセル神戸と町田ゼルビア、歴史的優勝がもたらした“転換期”。

2023シーズンの明治安田生命J1およびJ2リーグは、歴史的だった。

J1は堅守が光りスタートダッシュに成功したヴィッセル神戸が、最後まで勢いを持続させて悲願のリーグ初制覇を達成。J2は黒田剛監督を招聘したFC町田ゼルビアが、圧倒的な強さを見せて独走優勝。第10節以降は最後まで首位の座をキープしてみせた。

神戸と町田の両クラブは、志向する戦術・カリスマオーナー・的確なチームづくりなど共通項が多数ある。特に「ロングボール&ハードプレス」のスタイルでリーグを制した点は、戦術的に大きな意味を持つ。

両クラブの共通項を考察しながら、「ポゼッション&ハイプレス」から「ロングボール&ハードプレス」へ戦術トレンドが変化しつつあるJ1の様相に迫った。

神戸と町田の様々な共通項

ともに悲願のリーグ戦初優勝を飾ったヴィッセル神戸とFC町田ゼルビアには、多くの共通項がある。

まずは、2022シーズンの低迷を脱して、今季に栄光をつかんだという点。

昨季は残留争いに巻き込まれた神戸は、昨年6月に就任した吉田孝行監督(自身3度目の指揮)がチームを立て直し、13位でJ1残留を実現。今季は開幕から堅守が光ってスタートダッシュに成功し、最後まで勢いを持続させてJ1を制した。

昨季を15位で終えた町田は、リーグ戦ラスト10試合未勝利(2分8敗)と大いに苦しんだ。状況を打破すべく、高校サッカー界で辣腕を振るっていた黒田剛監督を招聘すると、チームは一変。今季は圧倒的な強さでJ2優勝を達成した。

吉田監督および黒田監督が志向するスタイルもまた、共通点が多い。強度の高い連動したプレスでボールを奪い、奪った後はシンプルに前線へ展開して一気に打開する。

ともにロングボールとセットプレーを有効活用するのも特徴で、町田はロングスローで押し込む形が効果的に機能。したたかにリードを逃げ切る試合巧者ぶりも見事だった。

また、両クラブともカリスマ経営者がオーナーである点も同じだ。神戸は三木谷浩史会長(楽天グループの創業者)、町田は藤田晋社長兼CEO(サイバーエージェントの創業者)が全面的に支援し、豊富な資金力をバックに積極的な補強を展開している。

的確なチームづくりと補強が今季の戴冠につながっており、詳しくは次のセクションで述べていきたい。

「タイトル獲得のお手本」と呼ぶべき動きとは?

神戸と町田の優勝を支えたのは、複数の得点源を用意するチームづくりの妙だ。

両チームともリーグMVPに輝いた大迫勇也(神戸/22ゴール)、エリキ(町田/18ゴール)が絶対的エースとして君臨したが、神戸は武藤嘉紀(10ゴール)と佐々木大樹(7ゴール)、町田はミッチェル・デューク(10ゴール)と藤尾翔太(8ゴール)が随所で活躍。

絶対的エースに「頼り切り」の状況を避け、複数の得点源がネットを揺らしたことが、相手に的を絞らせない多彩な攻撃につながり、それがタイトル獲得をもたらした。

また、ケガ人というアクシデントにもたくましさを見せたのが、今季の神戸と町田だ。

神戸は第3節のガンバ大阪戦でDF菊池流帆が全治約8ヶ月の負傷、第24節の柏レイソル戦でMF齊藤未月が全治約1年の負傷とショックが大きい長期離脱があった。

町田も第31節の清水エスパルス戦でFWエリキが全治約8ヶ月の重傷を負い、こちらもダメージは大きかった。

ケガ人に関して、両クラブのフロントは迅速な動きを見せる。神戸は町田からDF高橋祥平を期限付き移籍で獲得し、町田もFWアデミウソンを補強。齊藤の穴は扇原貴宏が埋めてみせ、来日後は苦しんだアデミウソンも、最終節のベガルタ仙台戦で加入後初ゴール。

現有戦力の奮闘で危機を乗り越えた神戸、辛抱強い起用で結果につなげた町田と指揮官のマネジメントも冴えた。

そして、両クラブはシーズン途中の積極的な補強にも動いた。

神戸はリンコン&日髙光揮の復帰に加えて、8月に新井瑞希を期限付き移籍で獲得。セルジ・サンペールとアンドレス・イニエスタの退団後には、バーリント・ヴェーチェイとフアン・マタを迎え入れた。

一方の町田も、前述したアデミウソンのほか、バスケス・バイロン、鈴木準弥、松本大輔と各ポジションに実力者を獲得。バスケスに関しては、青森山田高時代に指導した黒田監督の存在がアドバンテージとなり、東京ヴェルディから異例の“引き抜き”に成功した。

こうした積極的な補強を実現できたのも、豊富な資金力があってこそ。だが、志向するスタイルが明確だったことも、補強に際して非常に大きかったはずだ。

強度の高いプレスとロングボールでの打開。フロントがスタイルに合致する特長を持つ選手たちを集めて、指揮官含む現場スタッフがマネジメントしていく――。

単に選手を“乱獲”するのではなく、戦術に合った選手を第一に獲得し、マタのようなオプションも周到に用意しておく。今季の神戸と町田が見せたのは、「タイトル獲得のお手本」と呼ぶべき動きだった。

「強度重視」により、大きな転換期を迎えたJ1

戦術的な観点から見ても、神戸と町田の戴冠は大きな意味を持つ。

さかのぼること2年前。2021シーズンのJ1は、「ポゼッション&ハイプレス」が戦術のトレンドだった。

優勝した川崎フロンターレ、2位の横浜F・マリノス(以下横浜FM)が完成度の高いポゼッションスタイルを披露し、3位の神戸も2シーズン前はポゼッションを志向。7位・サガン鳥栖までの上位陣は、(5位・名古屋グランパスを除いて)基本的にボール保持を重視していた。

しかし、2022シーズンに変化の兆しが見られた。きっかけとなったのは、3位・サンフレッチェ広島と5位・セレッソ大阪の躍進だった。

ミヒャエル・スキッべ監督を招聘した広島、小菊昭雄監督2年目のC大阪がアグレッシブなプレスと縦に速い攻撃で新風を吹かせる。攻守に高い機能性を見せた両クラブの躍進により、「強度」が頻出ワードとなった。

昨季を経て、これまでよりも「強度」が重視された2023シーズンのJ1において、序盤戦をリードしたのが神戸と名古屋だった。

両チームともボール保持にこだわりを見せず、縦に速い攻撃で打開する形を志向。神戸は圧巻のポストプレーで起点となった大迫勇也が、名古屋はマテウス・カストロ(8月にサウジアラビアへ移籍)と永井謙佑、キャスパー・ユンカーという個の力が突出した3トップがそれぞれ攻撃のキーマンだった。

終盤戦まで勢いを持続させた神戸が悲願のリーグ戦初優勝を飾り、過去6シーズンにわたり続いた川崎と横浜FMの2強時代(川崎が優勝4回、横浜FMが優勝2回)は終焉した。

J1の覇権は、「ポゼッション&ハイプレス」の川崎&横浜FMから「ロングボール&ハードプレス」の神戸へ。J2でも神戸と基本コンセプトを同じくする町田が圧倒的な強さで優勝し、J1への切符をつかんだ。

加えて、ソリッドな堅守速攻でルヴァンカップを制したアビスパ福岡も飛躍の時を迎えている。リーグ戦をクラブ過去最高となる7位でフィニッシュし、ルヴァンカップは優勝、天皇杯もベスト4まで勝ち進んだ。

就任4年目の長谷部茂利監督が率いる福岡は、スキのないコンパクトな守備ブロックと推進力のある攻撃を武器とする。「強度」が重視された今季のJ1において、結果と内容の両方でインパクトを残したチームだった。

神戸と町田のリーグ優勝、そして福岡の躍進により、2024シーズンのJ1は今季以上に「強度」が重視される、極めてタフなリーグとなる可能性を秘める。

それはつまり、J1が大きな転換期を迎えていることを意味する。

本格的な「強度時代」の到来も?

J1が「強度重視のタフなリーグ」となれば、これまでよりもアスリート能力の高さが求められる時代になるかもしれない。

スプリントを繰り返すことができる走力、球際のバトルで屈しないフィジカル、逆境でも折れないメンタル――。例えば、今季の神戸を支えた酒井高徳・山口蛍・大迫勇也・武藤嘉紀は、これらの特長を備え持つハイレベルなフットボーラーだ。

彼らは元々こうした素質があったが、海外でのプレーおよび日本代表経験を積み重ねる中で、成長を遂げたと推察できる。アスリート能力に加えて、自らを律する強烈なプロ意識の高さが周囲に良い影響を与え、神戸を「勝つ集団」へと変えていったはずだ。

国内の若手では、FC東京の松木玖生が酒井らと同じ強みを持つ。松木は近い将来に海を渡るだろうが、松木のような選手を発掘・育成していくことが、より求められるかもしれない。

なお、松木は青森山田高時代に黒田剛監督の薫陶を受けており、来季は黒田監督率いる町田ゼルビアがJ1の舞台を戦う。この巡り合わせは示唆に富むだろう。

その町田が武器とするのは、ロングスローで押し込む攻撃だ。フィジカルに重きが置かれるJ2では、町田を筆頭にV・ファーレン長崎、ブラウブリッツ秋田が複数のロングスロワーを用意している。

ここで重要なのは、「あらかじめ複数のロングスロワーを用意する」ということ。「ロングスローを投げられる選手が出場している時だけ投げる」のではなく、ひとつのチーム戦術としてロングスローを仕込んでおくのだ。

J1では、柏レイソルが複数のロングスロワーを用意し、チーム戦術として大々的に活用している。来季に町田がロングスローを披露すれば、これまで以上に話題を集めるはず。来シーズン以降のJ1で、ロングスローがトレンドになっても不思議はない。

一方、「強度」が重視されるであろうJ1において、ポゼッション型のチームがどのように対抗するか。この問いもまた、2024シーズンの興味深いテーマとなるはずだ。

ポゼッション型の代表格と言えば、横浜F・マリノス(以下横浜FM)と川崎フロンターレである。

横浜FMはケヴィン・マスカット監督の今季限りでの退任がアナウンスされている。後任は本稿執筆時点で未定だが、新体制でも引き続き“アタッキングフットボール”を貫いて、2年ぶりのリーグ優勝を狙うだろう。

2023シーズンのリーグ戦を8位で終えた川崎は、就任8年目を迎える鬼木達監督のもとで捲土重来を期す。

リーグ戦で苦しみながらも天皇杯を勝ち取るなど、底力はやはり国内随一。だが、レアンドロ・ダミアンとジョアン・シミッチの退団が決定し、山根視来と脇坂泰斗も海外移籍の可能性が報じられている。仮に山根と脇坂が海を渡れば、チームに与える影響は非常に大きい。

ポゼッションのキーマンを失った場合、即戦力の獲得と現有戦力の成長が肝要となる。フロントの働きおよび鬼木監督のマネジメントが、クラブの命運を左右するだろう。

2024シーズンに神戸がリーグ連覇を達成し、広島・名古屋・福岡・C大阪・町田ら堅守速攻型が軒並み上位に食い込めば、J1に本格的な「強度時代」が到来する。対する横浜FM・川崎らポゼッション型は、負けじと意地を見せられるか。

MVPの大迫だけじゃない!神戸を「Jリーグ初制覇」に導いた実力者5選手

転換期となった2023シーズンを経て、来季のJ1はどのような様相を呈するのか。今から楽しみは尽きない。

© 株式会社ファッションニュース通信社