伝説のフェイク予告から16年、殺人感謝祭ついに開幕!『サンクスギビング』誕生秘話から名匠ボブ・クラークの影響まで徹底解説【前編】

『サンクスギビング』イーライ・ロス監督

あの「フェイク予告編」から16年、ついに……

待ってました! フェイク予告編から16年。遂にイーライ・ロス監督作『サンクスギビング』が映画になった。

嬉しいのはそれだけじゃない。イーライ・ロスといえば、(狂喜するファンもかなりいるが)観客が劇場から途中退場したくなるようなスリリングかつ絶体絶命な状況、(こちらも狂喜するファンもかなりいるが)観た者をドン引きさせる気合の入った人体破壊シーンを豪快に盛り込んだホラー映画を監督させたら、ワン・アンド・オンリーな存在感を発揮する異才。そんな偉大な御方なのに、近年の監督作は『狼よさらば』(1974年)のリブート作『デス・ウィッシュ』(2018年)、子供向けホラー映画『ルイスと不思議の時計』(2018年)と、主戦場から遠ざかっていた。

そんなロスが、イイ意味で「観客を怖がらすためなら1ミリも遠慮しない」姿勢で監督していただけるのは、『グリーン・インフェルノ』(2013年)以来、10年ぶり。まあ、みんなが大好きな聖人キアヌ・リーヴスが、僕の口からはとても言えないような悲惨な目に遭い続ける『ノック・ノック』(2015年)もホラー映画を超える恐怖度だったが。

本作の原点であるフェイク予告編版『サンクスギビング』は2007年、ロバート・ロドリゲスとクエンティン・タランティーノが、70~80年代のB級映画に敬意を表して監督した2本立て興行『グラインドハウス』の『プラネット・テラー』と『デス・プルーフ』の間に挟まれるフェイク予告編として制作された。そもそも、なぜイーライ・ロスはフェイク予告編『サンクスギビング』を制作したのか?

なぜ「感謝祭」をテーマにしたスラッシャー映画が存在しないのか?

子供の頃からゴリゴリのホラー映画ファンだったロスは、幼馴染みのジェフ・レンデルとホラー映画を観まくった。

僕たちは80年代初頭、ホリデー・スラッシャー映画の黄金時代に育ったんだ。

そう語るロスは、『暗闇にベルが鳴る』(1974年)、『ハロウィン』(1978年)、『血のバレンタイン』(1981年)、『エイプリル・フール』(1986年)、『狙われた夜/血に染まる大晦日のロックパーティ』(1980年)、『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』(1984年)などのホリデー・スラッシャー映画を、ジェフ・レンデルと共に楽しんだ。そんな彼らだが、12歳の頃からある不満を抱きはじめた。サンクスギビング(感謝祭)をテーマにしたスラッシャー映画が存在しないのである。

ただ「感謝祭」といわれても、日本では多くの方がTBSの特番「オールスター感謝祭」を思い浮かべてしまうぐらい馴染みのない祝日なので、ここで軽く説明します。

1960年、イギリスから米マサチューセッツ州のプリマス植民地に移住した清教徒たちの、最初の収穫を記念する行事であると一般的に言われている。アメリカでは毎年11月の第4木曜日、カナダでは毎年10月の第2月曜日に開催され、その日の晩は、家族で七面鳥の丸焼きやマッシュポテト、コーンブレッドなどの感謝祭メニューを食べるのが定例。ちなみに日本でもお馴染みになったブラックフライデーは、もともとアメリカで感謝祭の翌日に行われるセールとしてはじまっている。

感謝祭発祥の地であるマサチューセッツ州で育ち、毎年のように感謝祭を祝う二人にとっては、感謝祭を題材にしたホリデー・スラッシャー映画が作られないことが不満だった。

ハロウィンが過ぎると、その年の残りはクリスマス映画とファミリー映画ばかりになってしまう……。ユダヤ人の僕にとってクリスマス映画はあまり重要ではない。新作のホラー映画を観るためには、翌年の1月か2月まで待たなければいけない。僕たちは12歳の頃から、ホラー映画が公開されない11月を感謝祭のスラッシャー映画で埋めたかった。

だからロスは2007年、『グラインドハウス』のためにフェイク予告編を作る依頼が来た時、1ミリも迷うことなく『サンクスギビング』を監督した。フェイク予告編の脚本は、少年時代からロスと友情を育み、彼の監督作『キャビン・フィーバー』(2002年)にも出演したジェフ・レンデルと共に執筆した。彼は共同脚本だけでなく殺人鬼ピルグリム(巡礼者)役でも出演している。

フェイク予告編の中には、感謝祭パレード中の着ぐるみマスコットキャラの生首切断、人間を食材にした感謝祭ディナーの定番メニューが並ぶディナー・シーンなど、彼らが子どもの頃から空想し続けた“夢の殺人感謝祭ムービー”の見せ場を再現しただけでなく、トランポリンを堪能中のチアガールがハードコアに破廉恥な状態で殺される等の80年代スラッシャー映画のパロディも盛り込んだ。

フェイク予告編を監督したのは楽しかった。スラッシャー映画の見せ場だけを撮影すれば良くて、脚本を書く必要がなかったから(笑)。

あるYouTube動画がストーリー考案の糸口に!

この『サンクスギビング』フェイク予告編を作ったことで、ロスとジェフの長年の夢は叶った。しかし、ホラー映画ファンたちはそうではなかった。彼らは『グラインドハウス』公開以来、『サンクスギビング』の映画化を猛烈に願い、「いつになったら映画は完成するんだ!?」とロスに問い続けた。

そんな嬉しいリクエストをしてくれるのならば、いっちょ映画にしますか! と景気よく応えたいロスたちだったが、それには映画を作るための最も基本的な問題をクリアしなければならなかった。ストーリーを考えなければいけないのだ。

僕たちは『サンクスギビング』をホラー映画ファンに満足してもらえる映画にしたかった。でも、フェイク予告編を作った時は、ストーリーを考えずにスラッシャー映画のバカバカしい見せ場ばかり作っていたから、なぜ感謝祭に連続殺人が起きたのか? なぜ殺人鬼がなぜピルグリムの格好をしているのか? を考えていなかったんだ……(笑)。

この問題はロスとジェフを何年もの間、悩ませ続けた。ちなみにフェイク予告編を発表した翌年、『ThanksKilling』(2008年)という七面鳥のクリーチャーが感謝祭に大量殺戮を繰り広げるコメディホラー映画が作られている。

『サンクスギビング』映画化のプロット作りに苦慮した末にロスたちは、ストーリー作りの糸口を見つける。それはYouTubeにアップされた、ブラックフライデーの大型量販店に大勢の人々が押し寄せて暴動状態になる動画だった。

フェイク予告編を撮影した2006年には、こんなことは起きていなかった。感謝祭は、家族全員が夕食のテーブルを囲んで感謝の気持ちを表すものだった。それが感謝祭の直後、深夜0時になった途端、人々は大型量販店に押しかけてセール品を手に入れるために争っている……。

ブラックフライデーの動画を見て、これが連続殺人事件のキッカケ、つまり殺人鬼に人を殺し続ける理由を与えることができるのでは? と思ったんだ。『プロムナイト』(1980年)や他のスラッシャー映画でも物語は、いつも悲劇からはじまる。そして何年か経ち、同じ日が来ると悲劇に関係した人たちが次々と殺されていくんだ!

さらにロスは、こんなアイデアも思いつく。

フェイク予告編版の『サンクスギビング』は、1980年に制作された映画という設定にしたんだ。映画が公開された時、あまりに残酷な内容だったため、すべてのプリントが映画館から回収され廃棄処分になってしまった。現存したのは予告編のフィルムだけ。だから、僕らが作るのは“『サンクスギビング』を2023年にリブートした映画”なんだ。

そうなれば、物語がブラックフライデーからはじまることも辻褄が合う。ロスはジェフと共にストーリーを練った。二人は映画を『スクリーム』(1996年)や『ミュート・ウィットネス』(1995年)のような犯人探しミステリーの要素もあるスラッシャー映画にしようと考案。脚本はジェフが執筆し、フェイク予告編でファンたちが熱狂したシーン――感謝祭パレード中の殺人、トランポリン殺人、人間を食材にした感謝祭ディナー、そして監禁された犠牲者たちと催す恐怖の感謝祭ディナーなど――を盛り込んでいった。

『暗闇にベルが鳴る』のボブ・クラークに学んだエッセンスを投入

そして完成した『サンクスギビング』は、フェイク予告編のようなグラインドハウス風味あふれる粒子の粗い画質やフィルムの傷はなくなり、現代的な映像スタイルの映画になった。それでも、感謝祭発祥の地であるマサチューセッツ州プリマスを舞台にした映画は、フェイク予告編と同じように不穏な主観映像から幕開けする。これはロスが敬愛する、スラッシャー映画のルーツといわれる『暗闇にベルが鳴る』のオープニングにオマージュを捧げたものだ。

『暗闇にベルが鳴る』の原題は『Black Christmas』で、クリスマスを舞台にしたホリデー・スラッシャー映画でもあり、ロスは本作を監督したボブ・クラークの熱狂的なファン。フェイク予告編版『サンクスギビング』にナレーションを入れたのは、彼が10代の時に観た、ボブ・クラーク製作のホラー映画『ポップコーン』(1991年)のTVスポットの影響だった。彼は『死体と遊ぶな子どもたち』(1972年)の監督としても知られるボブ・クラークについて、こう語っている。

ボブ・クラークは過小評価されているけど、3つのジャンルを監督できる人なんだ。『暗闇にベルが鳴る』でホリデー・スラッシャー映画、『ポーキーズ』(1981年)は青春セックス・コメディ。そしてファミリー向けのホリデー映画の『クリスマス・ストーリー』(1983年)も監督した素晴らしい人だよ!

ロスは『サンクスギビング』にボブ・クラーク作品から学んだエッセンスを注ぎ込んだ。冒頭は『暗闇にベルが鳴る』のように不穏なムードで、家族が集まって平和に過ごす感謝祭のディナー・シーンは『クリスマス・ストーリー』のようなファミリー向けホリデー映画調に、殺人鬼のターゲットとなる高校生たちの学園生活シーンは『ポーキーズ』の高校のシーンを参考にした。

それだけではない。映画の前半で描かれる平和な感謝祭ディナーの出席者の一人に、『暗闇にベルが鳴る』の出演者であるリン・グリフィンを招聘。『暗闇にベルが鳴る』を心酔するロスのオファーを受けたリン・グリフォンは「自分の役は確実に残酷に殺される」と思っていたが、自分の出番は安穏ムード満載のディナー・シーンのみで、おおいに困惑したという。

後編はこちら!👉

文:ギンティ小林

『サンクスギビング』は2023年12月29日(金)より全国公開

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