社会保障が負担と給付の分水嶺になる【2024年を占う!】経済:社会保障

渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)

渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」

【まとめ】

・2024年は団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」の前年。

・少子化対策は待ったなし。医療、介護保険の報酬改定アップと連動する負担増は避けられない。

・国民負担率50%に近づく。2024年は分水嶺。税と保険料の一体的見直しに与野党挙げて取り組む時期。

2024年は団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」の前年に当たる。社会保障費は新年度予算歳出の3割を占め、アップし続けている。さらにその先には団塊ジュニアが高齢者になる「2040年問題」が控える。一方で少子化対策は待ったなしの状態だ。給付と負担を根底から見直さざるを得ない。

社会保障は主に税金が財源の扶助(生活保護)、児童・障害者福祉など社会福祉制度と、保険料を支払いリスクに備える医療、介護、年金、雇用保険など社会保険がある。

■ ダブル改定で保険料アップ

2024年は社会保障の大きな柱である2年ごとの医療保険の診療報酬改定と、3年改定の介護保険報酬6年に一度の同時改定を迎える。税金が財源の障害者福祉報酬を加えるとトリプル改定になる。さらに2025年は年金の財政再計算が控えている。

与党は年末の時点で診療報酬本体、介護報酬とも引き上げの方向で固まった。診療報酬は薬価をマイナスとして全体ではマイナス改定だが、医師や看護師らの人件費にあたる本体部分は0.88%引き上げ、介護報酬は1.59%のアップで、ホームヘルパーやケアマネジャーら介護職らに充てる。厳しい医療、介護職の処遇改善や人材流出を防ぐ。それはもちろんOKだが、保険料アップ、サービス削減とも連動する。

■ 待ったなしの少子化対策

今年1年、政府では防衛費増額、少子化対策、万博経費など大型支出が計画された。今年の世相を表す漢字は「税」。物価高が生活を直撃し、増税批判が起きた。税制改正大綱で一人4万円の定額減税を打ち出した。富裕層の金融所得課税は見送っている。防衛増税も先送りされた。しかし少子化対策は待ったなし、喫緊の課題だ。

少子化対策加速化プランは対象者の所得制限など議論の余地は残されているが、政策の実施は切迫している。2024年度から3年間、3.6兆円の予算で児童手当や育児休業給付、多子世帯の大学授業料の無償化などが盛り込まれている。

岸田政権は「増税メガネ」批判で支持率が急落した。消費増税、法人増税、赤字国債が困難なのは目に見えている。しかし少子化対策費として、その財源は、どこかで予算の辻褄を合わせなければならない。そこで社会保険料の負担増にレンズの焦点を向けたのだ。

財源は①医療保険料と併せて徴収する支援金(1兆円程度)、②医療や介護の削減・歳出改革(1.1兆円)③規定予算の活用(1.5兆円)などを組み合わせる。

平たく言えば①と②は医療保険に上乗せして、医療や介護のサービスを削減するということだ。育児休業給付に充てる雇用保険の料率を微増する。歳出改革で実質負担はない、との説明だが、医療、介護保険の報酬改定アップと連動する負担増は避けられない。

■ 高齢者の負担増はさらに広がる

2022年10月、75歳以上の後期高齢者医療保険窓口負担は、単身で年金収入など200万円以上など一定所得以上の20%が1割から2割にアップした。財務当局からは原則2割の提案もある。医療費が高額になった場合に払い戻される高額療養費制度は17年度に低所得者を除く70歳以上の自己負担上限額を引き上げた。これも歳出改革の対象になる可能性がある。

介護保険も原則1割負担だが、所得によって1〜3割へ。単身世帯で年金収入と併せて年収280万円以上340万円未満は2割へ。340万円以上の65歳以上は自己負担を3割に引き上げている。2割負担アップ対象者のさらなる所得水準引き下げも検討されているが、対象者が多く、さすがに与党内では当面、見送る方針だ。

介護保険のサービスについてはすでに要支援が地方自治体の総合支援に移管されている。財務当局は軽度の介護保険適用要介護1、2についても訪問介護やデイサービスを、介護保険と切り離す移管を提案している。医療、介護保険の負担増やサービス削減は世論や与党内でも反対論が根強い。一気に進むことは難しいだろうが、これまでの議論の経過を見る限り、これからも段階的に検討が進むだろう。

■ 令和の五公五民

企業や国民が所得の中から払っている税や社会保険料の国民負担率は50%に近づいている。江戸時代に領民が領主に納める年貢の割合から令和の「五公五民」とも評される。「保険は受益給付がある」と、返されるが、それも近年は怪しくなりつつある。サービスの削減が進んでいるからだ。国民所得が上がれば負担率を下げられる。賃上げが進まず、高物価で消費が伸びないと、マイナス要因になる。

税は国家や地方財政の財源となる。社会保険料は将来のリスクに備えるためのセーフティネット。保険料の使い道は特定されているはずだが、少子化対策で、あいまいになっている。介護保険、後期高齢者医療保険は財政の半分が税金だ。現役世代も健保組合、40歳以上の介護保険料、雇用保険料率負担が増える。税も保険料も国民のサイフから出るお金は同じだ。

高齢者には特に厳しい。副収入が少なく、マクロ経済スライドで目減りする年金収入など低い所得層にまで年々、負担の網を広げられて保険料負担増、サービス削減がずるずる続いている。

岸田政権は自民党派閥の政治資金パーティ券裏金疑惑問題で政権運営が不安定になっている。「増税メガネ」の批判は厳しいが、増税を避けても、メガネを保険料負担増にかけ替えても、裏金を持たない被保険者の財布からは税も保険料もきっちり徴収される。苦境に陥るばかりだ。検察の疑惑捜査で窮地の政権の先行きが見通せない。

団塊の世代が全員75歳以上になる2025年、さらに高齢人口の急増で2040年ごろは医療や介護の在宅・施設適用者も増え続け、費用もピーク状態になる。

年金も定年延長や高齢者雇用の義務化などで国民年金(基礎年金)の保険料納付期間の延長案(60歳から65歳まで)や、厚生年金との完全支給時期も65歳(繰り上げ、繰り下げも可)からさらに延長する案も検討されている。2024年は社会保障の負担と給付をどのように見直していくのか、省庁のタテ割りを廃し、税と保険料の一体的見直しを与野党挙げて取り組む時期だ。将来の安定化に向けての分水嶺となろう。

トップ写真:高齢の母親と息子たちと孫(イメージ/本文とは関係ありません)出典:Crezalyn Nerona Uratsuji /Getty Images

© 株式会社安倍宏行