<レスリング>【2023年全日本選手権・特集】限界への挑戦! 50代選手3人が奮戦

(撮影=矢吹建夫)

昨年、初めて50代の選手が出場した全日本選手権。最多の470選手がエントリーした今年の大会は、3人の50代選手が出場。「限界を決めない生き様」を見せてくれた。

「59歳7ヶ月1日」で出場し、最年長出場記録を更新した男子グレコローマン55kg級の土屋健(静岡・長泉ファイティングエンジェルス)は、試合に向かう前に両脚がつってしまい、直前で棄権の可能性もあったが、なんとかケアしてマットに上がった。「こんなこと初めてです。緊張からでしょうか。やはり年ですね」と苦笑い。

試合は、自身の約3分の1の年齢の宮原拓海(佐賀・鳥栖工高=国体少年51kg級王者)と対戦。巻き投げで2点を取ったりもしたが、1分42秒、2-11のテクニカルスペリオリティで敗れた。2点を取ったとはいえ、「攻めることができなかったです」と振り返る。

テレビカメラも回る中で試合後の会見に応じた土屋は、「緊張することもなく、普通でしたが…」と話した後、こみあげてくるものがあったのか、しばし絶句。1988年ソウル・オリンピックを目指したときの熱い気持ちが思い出されたのか?

その問いに明確な答えはなかったが、「あのときは(予選で)不運な形で負けてしまった。そのあとの国体にオリンピック代表が出るということで、絶対に勝って、それでレスリングをやめる、と決めました。勝って、そこは納得しましたね」とすらすら。30年以上の時を経ても、心にしっかりと刻まれているのが、オリンピック挑戦なのだろう。

恵まれている現在の選手、世界へ飛躍を

オリンピックを目指す若い選手に接した感想を問われると、「今の選手の方が強いと思います。私たちの時代は、(ほんの一部の選手以外は)海外遠征もなかった。今の選手は国際大会に行けるし、外国選手に対して物おじせず勝ちに行っているでしょ。当時、特にグレコローマンでは『外国選手には勝てない』と思っている部分があったんです。今はそうではないでしょ」と、国際大会を頻繁に経験できる環境がうらやましそう。

ただ、そんな時代でも「江藤さん(正基=1983年世界選手権優勝)、宮原さん(厚次=1984年ロサンゼルス・オリンピック優勝)という選手が生まれたんですよ」と話し、今の選手ならもっとできる、と言わんばかり。

土屋を貴重な練習相手として1988年ソウル・オリンピックを目指した宮原厚次さん(現埼玉栄高校コーチ)は「真面目で強い選手でしたけど、遠慮がちで、おとなしい面があった。そんな性格が裏目に出て、オリンピックに行けなかったですね」と、当時を振り返る。「高校生には勝ってほしかったけど…。よくがんばりました」と、ねぎらった。

社会を取り巻く環境やスポーツ医科学の進歩で、どの競技も選手寿命は昔より伸びている。サッカーの三浦和良選手は今年「56歳」でピッチに立ち、さらに現役続行を表明。格闘技でも、大相撲の華吹が「51歳7ヶ月」まで続けていた記録があり(2022年初場所で引退)、2021年初場所には序の口で116年ぶりの「50代勝ち越し力士」となっている。


■男子グレコローマン60kg級・川口智弘(三重・松坂クラブ=「53歳10ヶ月16日」で4年ぶりの出場。優勝した稲葉海人に2度投げられて完敗。敗者復活戦も勝てず)「今回も(取材で)いじっていただいて、ありがとうございます。あとで映像を見てみますけど、相手は本当にすごかった。全日本のトップ選手と闘うことができて、ありがたい限りです。

年齢をクローズアップしていただくのは、ありがたいことなんですが、自分ではさほど意識していないんです。53歳でやっているだけ。53歳で始めた、というのなら取り上げてもらってもいいんですけどね(笑)。(最年長記録が「59歳」になったが)続けていて、そうなることはあるかもしれませんが、目指すことはないです」


■男子グレコローマン55kg級・浅川享助(山梨・北杜クラブ=昨年、最年長記録を更新。今年も「52歳0ヶ月13日」で出場したが、国体少年55kg級王者に黒星)「スタンドは我慢できましたが、グラウンドでコロコロ返されてしまった。グラウンドが弱いですね、強化してきたのですが、力の差は大きくて、耐えるところまでいかなかった。あきらめられない気持ちがあって、それが自分を動かしています。

周りを盛り上げれば、それが自分のエネルギーになる。ボクを見て、自分も何かやってみよう、と思ってくれる人がいれば、自分の頑張りにつながります。クラブで指導していて去年の全国少年少女選手権で優勝した中上航(現在中学1年)が育つまでやめられない、というのが正直な気持ちです。

(最年長出場記録について)狙っているのは、最年長勝利です。きょう勝てば達成できたんですけど…」

© 公益財団法人日本レスリング協会