<レスリング>【2023年全日本選手権・特集】65kg級の前現世界チャンピオンの闘いは尾﨑野乃香(慶大)が勝ち、68kg級のパリ代表へ前進!

(文=ジャーナリスト・粟野仁雄 / 撮影=矢吹建夫)

タックル、飛行機投げ…。逆転を期して必死に攻める森川美和(ALSOK)。しかし、尾﨑野乃香(慶大)に冷静にかわされて終了のホイッスル。65kg級で2022年世界一の森川と今年世界一の尾﨑の雌雄決する闘いは、尾﨑が7-0で勝利。パリ・オリンピック68kg級の代表権獲得へ前進した。

▲初めて出場する68kg級で優勝、パリ・オリンピックまで“あと1勝”とした尾﨑野乃香

2023年天皇杯全日本選手権。女子で唯一、パリ・オリンピック代表が内定していない68kg級の決勝は、この大会でも最大の注目だった。

組み手争いで爪が当たったのか、ほほから血を流しながら、涙顔で会見場に現れた森川は「相手が強かった」などと力なく語った。森川は東京オリンピック代表を決める前回のプレーオフでは土性沙羅(2016年リオデジャネイロ金)に敗れて涙をのんだ。

今回、本命だった石井亜海(育英大)が9月の世界選手権(セルビア)でオリンピック切符を決められず、森川や尾﨑、川井友香子(サントリー)らにわずかなチャンスがめぐってきた。石井が1回戦で尾﨑に敗れ、その時点で代表争いはプレーオフにもつれることが決まっていた。

そのプレーオフに届かなかった森川。「東京(オリンピック)の時はプレーオフで負けて、今回も、チャンスが回ってきて…。そういったチャンスをつかみきれなかった。(気持ちを)すぐに切り替えろと言われても…。今後に向けて、相談してやっていければ」と寂しそうだった。

無駄ではなかった非オリンピック階級での世界選手権出場

勝った尾﨑は、前日には1回戦で当たった石井を6-2で破り、準決勝では進藤芽伊(クリナップ)を圧倒。試合ぶりは迫力満点で、凄みすら感じた。だが、決勝の森川戦は極めて冷静だった。マットサイドからも、相手が非常によく見えている様子が伝わってきた。

昨年、オリンピック階級の62kg級で世界選手権を制し、一躍注目された尾﨑。しかし12月の全日本選手権で敗北し、今年6月の明治杯も優勝を逃した。68kg級で2022年世界2位、今年5位の石井亜海に大きく離されてしまった感があり、パリは絶望的に見えていた。

気を取り直して非オリンピック階級の65kg級のプレーオフを勝ち抜き、9月の世界選手権に優勝。それでも、パリにつながらない優勝ということで、あたりはばからずに泣いていた。石井が68kg級で3位以内に入れずに、チャンスが芽生えたのはその直後だった。「世界選手権に出たのがよかった?」と問うと、「そうです。絶対に」と話していた。

▲9月の世界選手権65kg級で優勝し、ウィニングランをした尾﨑の目には、涙があふれていた

重量クラスの日本選手は、男女問わず、「ずんぐり型」が多いが、尾﨑は日本人離れした体型で身長も高い。68kg級の方が向いているだろうと感じる。「68kg級は(相手も)身長が高いので、構えなども62kg級よりやりやすい」と打ち明けていた。それでも、今回の計量では63kgを切っており、パワー的にはかなりのハンディで闘っていた。

笑顔もガッツポーズもない優勝、1月27日に実行する!

慶応応援団などの「いけいけ、野乃香」の大合唱の中、周囲に期待に応えたが、笑顔もガッツポーズは見せなかった。「(勝負は)ここではないと思っていたから。優勝しても、あまりうれしくなかった」と吐露した。それでも練習を受け入れてくれた韮崎工業高校やバックアップしてくれる会社関係者などへの感謝を語る時は涙顔だった。

体重アップについては「こまめに(分けて)食べてきた」などと話したが、今後の方策を問われると、「それはまだ話したくないです」。その質問の直前まで記者にファッションを問われて楽しげに話していた様子だったのが、急に真顔になっていた。

▲1回戦で石井亜海(育英大)を破った尾﨑野乃香。勢いをプレーオフへ持ち込めるか

東京オリンピックへ向けての50kg級は、先行していた入江ゆき(現姓田中=当時自衛隊)が代表権を取れず、結局、須﨑優衣(現キッツ=当時早大)が大逆転で東京オリンピックの切符を手にした。それと同じことが起きるかもしれない。

注目のプレーオフは1月27日に東京で行われる予定だ。

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